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第20巻「真実の窓の戦い」

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第7章 屯所(とんしょ)

19.屯所

 フルートたちが竜子帝やリンメイや術師のラクと話していると、突然屯所の壁が崩れ落ちたので、一同はびっくりしてしまいました。後に人が一人くぐれるほどの穴が現れます。

「屯所に穴が開いた!?」

 とフルートたちは顔を見合わせてしまいました。老人に頼んで見せてもらおうとしていた場所が、偶然彼らの前で入口を開けたのです。

 すると、ラクが真っ先にそちらへ進んで言いました。

「今、何か術が動いた気配がしました。ひょっとすると、高師のしわざかもしれません」

「おじいさんの!?」

 とフルートはラクを追い抜いて屯所の穴へ走りました。ゼンたちがその後を追いかけます。

 けれども、屯所の中にあの老人はいませんでした。暗くて湿った空間が、穴の向こうにひんやりと横たわっているだけです。

「誰もいねえな」

 とゼンは中を見回して言いました。ポチも、くんくんと匂いをかいで言います。

「ワン、人の気配がありませんよ。もう、かなり長い間、誰も使ってなかった場所みたいだ」

「当然です。ここは二千年前に封印された後、一度も開けられたことがなかった場所ですから」

 とラクが話しながら近づいてきました。

 え、でも、とフルートがとまどいます。

「あのおじいさんは、ここに住んでいるんですよ。ぼくたちにここを見せてくれると約束したときに、客が来るとは思わなかったから散らかし放題だ、って言ったんです」

「でも、この中は綺麗よね。というか、何もないわ」

 とルルが言いました。屯所の中は四メートル四方ほどの四角い部屋になっていましたが、家具も道具も、およそ人が暮らすのに必要と思われるものは、何ひとつ置いてなかったのです。

 

 一行はフルートを先頭にして、そっと穴をくぐりました。とたんにひんやりと湿った空気が彼らを包みます。

 ロウガがランプと一緒に入ってくると、屯所の中が明るくなりました。外壁と同じ石積みの壁、むき出しになった土の床、奥には上に続く木の階段がありますが、長い年月の間に朽ち果ててぼろぼろになっていました。これを昇って上の階に行くのは不可能です。

「人が住んでたって感じじゃねえよなぁ。あのじいさん、下は使わねえで上の階だけを使っていたのか?」

 とゼンが首をひねると、ポポロが遠い目で上を見てから言いました。

「上にも何もないわよ……。ただ通路みたいな細長い部屋になっているだけ」

「ワン、本当に通路ですよ。門の上を通る道になっているんだ。門を挟んで反対側にも、ここと同じような部屋があるはずだけれど、おじいさんはそこにいるのかな?」

 とポチが言ったので、ポポロはさらに遠いまなざしになり、間もなく首を振りました。

「向こうの部屋もここと同じよ。四角い部屋になっているだけ……。おじいさんはいないし、物も何もないわ」

 一同はとまどいました。何がどうなっているのか、さっぱりわけがわかりません。

 その時、フルートは部屋の真ん中の床に丸い大きな石が置かれていることに気がつきました。床の土が塚のように盛り上げられ、その上に石が据えられていたのです。フルートはどきりとしました。屯所には大切な宝が埋められているんじゃ、と言っていた老人のことばを思い出します。ここにあの竜の宝が隠されているのでしょうか――。

 

 ところが、そんなフルートの視線にラクが気がついて言いました。

「その塚の下に紅門高師がいらっしゃるのですよ、勇者殿」

 えっ? とフルートたちは思わず聞き返してしまいました。

「下って、どう見ても、ここはただの土じゃねえか! こんな軟弱なところに地下通路なんか作れねえぞ!」

 とゼンが言うと、ラクは頭を振りました。黄色い帽子と布の間からのぞく目で彼らを見ながら話し出します。

「今から二千年前、西から闇の敵が襲ってくると知らせを受けた琥珀帝は、国中の術師を総動員して、国を守る長壁を作りました。全長二千キロあまりもある壮大な壁ですが、四千人あまりの術師で、わずか一ヵ月で作り上げたと伝えられております。外と通じる門はたったの五つ。北から黒門、青門、黄門、白門、紅門と名前がつけられましたが、それぞれの場所で、門と壁を守るために、選び抜かれた五人の術師が人柱になったのです」

 フルートたちは背筋に冷たいものを感じました。この話を以前にも聞いていたことを、唐突に思い出します。闇の国へ通じる井戸を目ざして長壁の上空を飛んだときに、やはり、ラクが話してくれたのです。人柱というのは、橋や建物を壊されないために、人が生きながら埋められて生贄(いけにえ)になることだ、と教えられました。あの老人はその人柱になった術師なのだ、とラクは言っています――。

「んな馬鹿な!」

「そんなはずないよ!」

「ワン、あのおじいさんはちゃんと生きてましたよ!」

「怪我をして痛そうにしていたし……!」

 と一同は口々に反論しました。ラクの言うとおりだとしたら、彼らが会ったのは幽霊だったことになります。けれども、あの老人にはしっかりとした実在感があったのです。

 すると、ラクは話し続けました。

「五人の術師は人柱になってもなお門の下で生き続け、門と壁を守り続けていると言い伝えられております。それぞれが、門の名前を冠した高師と呼ばれるので、この門にいるのは紅門高師になります。皆様方はこの門と壁を守りにおいでになった。それで、高師も皆様方の前に姿を現したのでしょう」

 フルートは思わず自分のペンダントを見つめました。金の石の光が老人の傷を癒すことができなかったのは、老人が人柱の術師だったからでしょうか……。

 

 すると、石の塚のまわりで匂いをかいでいたルルが、あらっと言って身を乗り出しました。

「なんだかポポロやメールの匂いがすると思ったら」

 と石の下から二枚の布を引っ張り出します。それを見たとたん、ポポロとメールは息を呑みました。先ほど、負傷した老人の手首に彼女たちが巻いてやった布だったのです。

 それじゃあ、やっぱり、と彼らが考えていると、いきなり部屋の中に風が巻き起こりました。石の下から出てきた布を巻き上げ、部屋の片隅へ吹き飛ばしてしまいます。

「なんだ、どこから風が入ってきたんだ?」

 屯所の外は静かだったので、ロウガが首をひねりながら布を拾いにいきました。片手には太陽石のランプを提げたままだったので、ロウガが行った先で部屋の片隅が明るくなります。

 とたんに、ロウガはランプを掲げました。壁を照らして声を上げます。

「おい、見ろよ! こいつは……壁画じゃないのか?」

 壁画!? と一同はまた驚き、いっせいにロウガの元に駆け寄りました――。

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