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第20巻「真実の窓の戦い」

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第6章 逆襲

16.扉

 紅門の前は静かになりました。

 あれほどたくさんいた食魔は、ポポロが魔法で強めた月の光に消滅し、かろうじて残ったものは、大あわてで森の奥へと逃げていきました。もう食魔は一匹も残っていません。

 と、ポポロの魔法が切れました。月の光が急に弱まったと思うと、分厚い雲が周囲から押し寄せてきて、また月を隠してしまいます。

 あたりが暗くなったので、術師の老人が呪符を投げました。とたんに、門の上に大きなかがり火が現れます。その光の中で、勇者の一行は互いに手をたたき合って喜びました。

「やったな! 食魔どもが全部いなくなったぞ!」

「やっぱりポポロの魔法はすごいよねぇ!」

「ううん、あたしじゃないわ。フルートの作戦が良かったのよ!」

「ワン、そうですね。月が太陽の光を反射してるのはぼくも知っていたけど、それを使って食魔を退治するなんてこと、全然思いつきませんでしたよ!」

「白い石の丘で月を見ていたときに、エルフが月について教えてくれたんだよ。あの人は賢者だから、こうなることを予想して話してくれたのかもしれないな!」

 笑いながら賑やかに話し合います。

 

 そこへ老人が近づいてきました。ポポロの前に立ち、片方のお下げが消えた頭を見て言います。

「大切な髪の毛に申し訳ないことをしてしまったの。どれ、元に戻してやろう」

 老人が呪符を読んでポポロの髪に触れたとたん、呪符は消えて、代わりにポポロのお下げが現れました。また左右同じ長さの髪型になります。

 ポポロは戦いの間中、髪のことなど忘れていましたが、お下げが戻ってきたので、嬉しそうににっこりしました。

「ありがとうございます」

「いやいや、こちらこそありがとうじゃ。白門の仲間が言っていたとおりだった。おまえさんたちは、見た目に寄らず本当に頼りになる。二千年前の金の石の勇者にまさるとも劣らぬ実力じゃわい」

 それを聞いてメールが首をかしげました。

「え、なにさ、それ? まるで初代の金の石の勇者を知ってるような言い方してさ」

 フルートも、はっとしました。先ほど老人に聞こうとして、中断させられた疑問を思い出します。

「おじいさんはさっき、この国のことはなんでも知っているっておっしゃいましたよね? おじいさんはセイロスをご存じなんですね? ひょっとして、二千年前の戦いそのものを、よく知っているんじゃないですか?」

 うん? と今度は老人のほうが首をひねりました。

「西から来た闇の敵を防いだ戦いのことか? むろん、よう知っとる。戦いは、ここよりもっと北の白門とユウライ砦のあたりが最も激しかったが、そこから伸びた戦線が、このあたりでも激戦を繰り広げたんじゃ。わしも壁と門を守って必死で戦ったぞ」

 それを聞いてゼンやメールたちはびっくりしました。

「戦ったって――二千年も前のことだろ!?」

「ワン、本当に一緒に戦ったんですか!?」

「じいさん、いったい何歳だよ!?」

 仲間たちが口々に言う中、フルートだけは、やっぱり、と思います。この老人は光と闇の第二次戦争に立ち会っていたのではないか、と考えていたのです。

 老人は、ふふん、と笑いました。

「術師に歳など聞くもんじゃないわい。だが、おまえさんたちは、あの戦いのことにかなり興味があるらしいな。食魔を追い払ったら屯所を見せてやる、というのも約束じゃった。よかろう、来なさい。特別に、おまえさんたち全員を屯所に入れてやろう」

「そこに竜の宝が隠されているかもしれないんだ――」

 とフルートが仲間たちにささやいたので、全員が一気に興奮します。

 

 老人は先頭に立って壁の内側に作られた階段へ向かいました。屯所は彼らの足元にあったし、屯所へ入る入口も哨戒路にあったので、ゼンが尋ねます。

「ここから入るんじゃねえのかよ?」

「そっちの入口は閉じてあるんじゃ。屯所の中に大事な宝が埋められとるからな。下にも入口はないんだが、そっちからなら、わしの術でおまえさんたちを中に入れてやれるんじゃ」

 と老人が話しながら階段を下りていきます。フルートたちはまた顔を見合わせました。

「ねえさぁ、今、地面に埋められてる宝って言ったよね」

「ワン、もしかして、ユラサイの竜王によって暗き大地の奥に封印された宝のことですか?」

「こりゃぁ本当に、ひょっとしたらひょっとするのか?」

「だから、戦いが終わったら屯所の中を見せてもらうように頼んでおいたんだよ」

 そんなことを小声で話し合います。

 ポポロは遠い目になって足元の建物を眺め、すぐに困惑した表情になりました。彼女の魔法使いの目では、屯所の中を透視することはできなかったのです。

「どうした? 何をぐずぐずしとる。中が見てみたかったんじゃないのか?」

 と老人から呼ばれて、彼らはあわてて階段を下り始めました――。

 

 一行は地上に下りて、屯所の前に立ちました。白い石積みでできた四角い建物で、左右は長壁につながっています。中央には分厚い木の扉があって、今は開放されています。扉を囲む門自体が屯所の建物になっているのです。入口はどこにも見当たりません。

「なにしろ大事な場所だからな。絶対に誰も侵入できんように、入口や窓をすべてふさいでしまったんじゃ」

 と老人は言い、門の扉を眺めました。開きっぱなしになった扉の向こうには、かがり火や壁際の炎に照らされて、森や空き地が見えています。やはりもう食魔は見当たりません。

「どれ、この門もまた閉じておかなくちゃならんな。ここを開けたのは百五十年ぶりのことだったわい」

 と老人が言ったので、ポチが聞き返しました。

「ワン、その時にもおじいさんが門を開けたんですか?」

「いいや、あの時は確か、当時の帝の命令を受けた術師が来たんだったな。わしが自分で開けたのは、もう百年くらい前のことじゃ」

 フルートたちは思わずあきれてしまいました。二百五十年前の出来事ををついこの間のことのように言う老人に、いったい何歳なんだろう? とまた考えてしまいます。

 老人はすたすたと門に近づいていきました。赤い衣の懐から呪符を取り出し、呪文を唱えて投げます。すると、老人の背丈の何倍もある巨大な門が、音を立てて動き出しました。内側に向かって開いていた扉が、左右の壁から離れて、ゆっくり閉じ始めます。

 同時に扉の陰から暗がりが現れました。外からの光が扉と建物にさえぎられて、影ができていたのです。そこにはたくさんの赤い目が光っていました。金属をひっかくような笑い声が、いっせいに湧き起こります――。

 

「食魔だ!!」

 と全員は仰天しました。魔法で強めた月の光を避けて、扉の後ろの影に逃げ込んだ連中が、まだ残っていたのです。老人があわてて後ろへ飛び下がりますが、そこへ食魔が襲いかかりました。影の中から頭だけを伸ばし、大口を開けて食いつきます。

 とたんに老人が悲鳴を上げました。術を使おうと呪符を握っていた手を、食魔に食われてしまったのです。血は噴き出しませんが、両手が手首から消えたようになくなっています。

「おじいさん!!」

 フルートたちはいっせいに動き出しました。フルートが炎の剣を振って影へ撃ち込み、メールは芳枝の花鳥を呼び、ゼンやポポロは芳枝の小枝を取り出し、ポチは変身しようとします。

 フルートの撃った炎の弾が扉の影に炸裂しました。中に潜んでいた食魔たちが、いっせいに飛び出して散りぢりになります。

 ところが、ここは長壁の内側でした。外側のように火を焚いているわけでも、森の木々を払って空き地を作っているわけでもなかったので、いたるところに影があります。食魔たちはその影の中に飛び込んでいきました。フルートたちを取り囲むように、赤い目が光り、笑い声が響きます。

 と、いきなり雪まじりの風が、空から吹きつけてきました。まったく唐突に吹雪が始まったのです。ポチは変身できなくなって立ちすくみました。吹雪はみるみる強まり、芳枝でできた花鳥を地面にたたき落としてしまいます。

「花鳥!」

 とメールが駆けつけようとすると、鳥が青白い光に包まれました。同時に、フルートたち全員の胸や手でも同じ光が湧き起こります。彼らが持っていた芳枝の小枝が光り出したのです。次の瞬間には、燃え尽きるように消えてしまいます。

 花鳥も光の中に消滅していきました。後には何も残りません。

「芳枝が消えた! デビルドラゴンに見つかったんだ!」

 とフルートは叫びました――。

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