フルートとポポロは門へ走る食魔に行く手をさえぎられて、森の中で立ち往生していました。金の石の光や芳枝の匂いのおかげで、食魔は二人に襲いかかりませんが、門にたどり着くことができません。
そこへ風の犬のポチが飛び戻ってきました。急降下して二人を背中に乗せ、また空に舞い上がります。
「ワン、食魔は門を食い破ろうとしてますよ! どうしましょう!?」
黒い食魔はもう門の目の前まで迫っていました。あまり数が多いので、森から黒い波が押し寄せてくるように見えます。近づけばたちまち食われてしまう恐ろしい波です。
すると、南のほうから声が聞こえてきました。
「フルート、何があった!? どうして火が消えたんだよ!?」
ゼンとメールが長壁の上の哨戒路をこちらに向かって走っていました。紅門の前の焚き火が突然消えて暗くなったので、何かあったと察して駆けつけてきたのです。メールの横には、カラスほどの大きさの黄色い花鳥も飛んでいます。
それを見たとたん、フルートは叫びました。
「メール、その鳥で門を守ってくれ! 食魔を近づけるな!」
とたんにゼンが、おっと声を上げました。壁の下は暗がりになっていますが、夜目の効くゼンには、食魔の大群が門へ押し寄せている様子が見えたのです。すぐにメールに知らせます。
「行っとくれ、花鳥! 食魔を追い返すんだよ!」
とメールに命じられて、黄色い鳥は門の前へ舞い下りていきました。鳥の体を作っているのは、食魔が嫌う芳枝の花です。大きく羽ばたき、花の香りを食魔へ送り出します。
食魔の大群はたちまち止まりました。門まであともう一、二歩という距離まで迫りながら、それ以上進めなくなってしまいます。
そこへ後続の食魔が押し寄せてきました。先頭が止まって進まなくなっているので、いきなり大口を開けて前方の仲間を食い始めます。食魔は金切り声を上げ、後続を振り向いて食いつきました。食魔同士が食い合って、門の前は大混乱になってしまいます。
その隙にポチは哨戒路のゼンたちのところへ舞い下りました。
「ほんとに、何があったんだよ!? あのじいさんはどこにいったんだ!?」
とゼンに聞かれて、フルートは顔を大きく歪めました。
「食魔に食われた――助けられなかったんだ」
やっとそれだけを言って、唇をかみます。
ゼンとメールは息を呑み、入り乱れて大騒ぎをする食魔を見下ろしました。術師の老人の姿はどこにも見当たりません。
けれども、それを嘆いている余裕はありませんでした。ポポロが言います。
「後ろのほうの食魔が横へ動いているわ……! 壁を食べるつもりよ、きっと!」
しまった! とフルートとゼンとメールは顔色を変えました。彼らは中央の門の上に集まってしまっています。壁を守る者がいません。
やがて、食魔の黒い波は、壁に沿って左右に広がっていきました。そこでも焚き火が燃えながら光を放っていますが、食魔は仲間を壁にして、光をさえぎりながら進んでいました。やがて、焚き火のすぐ際までやってくると、大口で炎と薪を呑み込んでしまいます。
光がなくなって暗くなった壁に、食魔が飛びつきました。ヤモリのように壁に貼り付き、表面に貼った金の板ごと、石の壁を食い始めます。
「やべぇ! 食い破られるぞ!」
とゼンが叫び、メールは青ざめました。彼女が連れてきた芳枝の花では、門の前を守るのがやっとで、壁の他の部分まではとても手が回らなかったのです。
ポチの背中で、ポポロはフルートへ身を乗り出しました。
「あたしが食魔を追い返すわ! 壁に直接光を送り込んで、継続の魔法で固定するの! 食魔はみんな離れるはずよ……!」
フルートはうなずいて、また唇をかみました。ポポロは最初からそうしようと言っていたのです。彼女の言うとおりにしていれば、こんな事態にはならなかったはずでした――。
ポポロがフルートの後ろで呪文を唱えました。
「レカーヒヨベカークユバーマ!」
と言って、さっと手を壁に向けます。
ところが、壁は光り出しませんでした。ポポロの魔法が届けば、壁自体が明るく輝くはずなのに、何も起きないのです。
ポポロは目を見張り、たちまち涙ぐんでしまいました。
「この壁にはユラサイの術がかけられてるわ! あたしの魔法が効かなくなっているのよ……!」
切り札のはずのポポロの魔法まで使えなくなって、フルートたちは真っ青になりました。本当に、どうしたらいいのかわからなくなってしまいます。
暗がりから石積みが崩れる音が聞こえてきました。食魔が壁をどんどん食い破っているのです――。
すると、いきなり壁が金色に強く光りました。
ばん、と音をたてて、壁に取り憑いていた食魔を吹き飛ばしてしまいます。
フルートたちは驚いてポポロを見ました。
「魔法が今頃効いたのか!?」
ところが、ポポロは首を振りました。
「あたしの魔法じゃないわ。別の人が壁に魔法をかけたのよ……!」
どこの誰が、とフルートたちは壁を見回しました。壁全体が光り輝いているので、あたりはまた真昼のように明るくなっています。
その中央の門を囲む屯所の上に、赤い衣の裾を風になびかせて、小柄な人物が立っていました。髪の毛のほとんどない頭、目が落ちくぼんだ骸骨のような顔、骨と皮ばかりに痩せた体――それはあの術師の老人でした。呪符を次々に投げて呪文を唱えると、壁は先のほうまで明るく輝きます。
「おじいさん!?」
と一同は仰天しました。ポチが急いで門の上へ飛んだので、フルートは屯所の屋上に飛び下りて老人に抱きつきました。
「おじいさん! 無事だったんですね!?」
フルートがつかんだ老人の体には、しっかり手応えもぬくもりもあります。
とたんに老人がどなりました。
「放さんか、馬鹿者! 術が使えんわい!」
フルートはあわてて手を放し、術を使い続ける老人を信じられない気持ちで見つめ続けました。老人は確かに食魔に食われたのです。フルートの見間違いなどではなかったはずなのに……。
すると、老人はフルートを横目で見て、にやっと笑ってみせました。
「わしはこの国で五本の指に入る術師じゃぞ。食魔になんぞ、やられるわけがなかろう。だが、さすがに食魔の腹の中から戻るのには、ちぃと時間がかかった。心配かけたの」
フルートは思わず泣き笑いの顔になりました。こぼれそうになった涙をぬぐって、うなずいて見せます。
そこにゼンもやってきました。一段低い哨戒路から老人を見上げて、こちらは文句を言います。
「ったく、人騒がせなじいさんだな! しかも、こんなすげぇ術が使えるなら、なんで最初からやらねえんだよ!?」
老人は口を尖らせました。
「これは、しょっちゅう使えるような術じゃないわい。一度使えば二、三日は使えんようになるし、光も数分しか続かんからな。おまえさんたちこそ、この隙に食魔を撃退せんかい!」
「あぁ!? 俺たちに振るのかよ!?」
「おまえさんたちは金の石の勇者の一行じゃろう! だったら、なんとかせんかい!」
老人に強く言い切られて、ゼンは渋い顔になりました。食魔たちが壁まで押し寄せたので、焚き火はすっかり食われてしまいました。メールが操る芳枝の花鳥も、門の前の狭い場所を守るのがやっとです。老人の光の術が切れてしまえば、その後は壁を守る方法がありません。
けれども、フルートはもう元のしっかりした表情に戻っていました。屯所の上から、光り輝く壁と、その光を避けて森に潜んでいる食魔の大群を見渡します。門の正面の森は、魔物の赤い目でいっぱいでした。付近の食魔が全部この場所に集まっているように見えます。
フルートは口元に拳を当てて考え込み、目を上げて夜空を見ました。空は厚い雲におおわれて、星のひとつも見えませんが、それでも見上げて考え続けます――。
よし、とフルートはつぶやきました。哨戒路に立つ仲間たちを見下ろし、さらにその下の門や壁を眺めてうなずきます。その瞳は強く明るく輝いていました。何か作戦を思いついたのです。
「哨戒路の上の薪を全部壁の前に落とすんだ! 急げ!」
フルートは、仲間たちに向かってそう言いました――。