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第20巻「真実の窓の戦い」

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12.紅門(あかもん)

 長壁の紅門の前では、フルートと老人が壁を守って戦い続けていました。

 壁の他の場所と同様、ここでも食魔たちは焚き火の薪の影を狙っていました。隙を見ては森から飛び出してくるので、そのたびにフルートや老人が薪を燃やして、影を消します。おかげで門の前の焚き火は、他のどの場所よりも激しく燃えさかっていました。ごうごうと音を立てながら空に煙と火の粉を噴き上げ、強烈な光と熱で周囲を照らしています。

 老人が顔を流れる汗を拭きながら言いました。

「いやはや、暑くてかなわんな。平気か、坊主?」

「平気です。ぼくは熱をさえぎる防具を着ていますから」

 とフルートは答え、また剣を振りました。切っ先から炎の塊が飛び出し、食魔が飛び込んだ薪の影に激突して、薪ごと影を燃やしてしまいます。食魔はつんざく悲鳴を上げると、森の暗がりへ逃げていきました。焚き火があまりに明るいので、怪物たちは森のずっと奥へ下がってしまっています。

 老人は懐(ふところ)から呪符を取り出すと、自分の前にかざして呪文を唱えました。紙切れが煙のように消えると、老人の汗がぴたりと止まります。術で熱気をさえぎったのです。

「これでよし。どんなに火を燃やしても、もう平気じゃぞ。しかし、ぬかったの。食魔の連中が焚き火の中の影を狙ってくるとは、想像しとらんかった。そうとわかっとれば、もっと影のできにくい形に薪を組んで置いたんじゃが。おまえさんの仲間たちは無事じゃろうか?」

「大丈夫です。みんな、それぞれしっかり戦っています」

 とフルートは答え、長壁の左右へ目を向けました。

 ポポロとポチが守る北側では、輝く蛇のようなものが森の際(きわ)を飛び回っていました。ゼンとメールが守る南側には、焚き火を守るように、新たな炎の柵ができあがっています。仲間たちもそれぞれの場所で焚き火の弱点に気づいて、補っているのです。

 フルートは微笑しました。北と南は彼らに任せておけば大丈夫でした。改めて、自分が受け持つ門の前に専念します――。

 

 やがて、食魔たちは森から出てこなくなりました。燃えさかる炎が周囲からすっかり影を消してしまったのです。森の暗がりに潜み、赤い目を光らせて、こちらの様子をうかがうだけになります。

 フルートは背中の袋から携帯食と水筒を取り出しました。飲み食いできるときにこまめに補給しておくことは、戦士の基本です。水を飲み携帯食を口にして、同じ物を老人にも勧めます。

「いや、わしはけっこうじゃ。腹は減っとらん」

 と老人は断ってから、感心したようにフルートを見ました。

「若いのに、えらく場慣れしとるな。これまでずいぶん戦ってきたんじゃろう」

「ぼくが金の石の勇者になってから四年半になります。特にこの一年半は、ずっと戦い通しでした。どのくらい戦ったかはわかりません。とても数えきれませんから」

 とフルートはとりたてて気負うこともなく答えました。携帯食を食べる手は止めません。

 ふぅむ、と老人はうなりました。ますます感心して言います。

「見かけは違っても、やはり金の石の勇者じゃな。初代は見るからに頼りがいのありそうな若者だったし、実際えらく強かったが、おまえさんもかなり実力がありそうじゃ」

 まるで初代の金の石の勇者を知っているような口ぶりに、フルートはびっくりしました。年老いて骨と皮ばかりになった老人を見つめてしまいます。

「おじいさん、セイロスを――初代の金の石の勇者をご存じなんですか!? おじいさんはおいくつなんですか!?」

 すると、老人は面白いことを聞かれたように、声を上げて笑いました。

「わしはこの国で五本の指に入る術師じゃぞ。この国のことなら、なんでもよう知っとるわい」

 フルートの心臓がまた早鳴り始めました。この老人は二千年前にこの場所で起きた光と闇の戦いのことを知っているのです。ひょっとしたら、本当にその場に立ち会っていたのかもしれません。

 フルートは身を乗り出して老人に尋ねようとしました。この長壁で二千年前にどんな戦いが起きたのか。セイロスが率いる光の軍勢は、闇の軍勢とどんな戦いを繰り広げたのか。セイロスが願い石に負けて失われた後、光の軍勢やユラサイの神竜は、どうやってデビルドラゴンを世界の果てに幽閉したのか――。聞きたいこと、知りたいことは数えきれないほどあります。

 

 ところが、そこへ突然大きな石が飛んできました。どすん、と地響きを立ててフルートの近くに落ちます。

 驚いて振り向いたフルートたちは、石の下に赤い目が光っているのを見て飛び上がりました。

「食魔だ!!」

 すると、石の下から黒い怪物が飛び出してきました。真っ黒い頭が巨大な口を開け、近くにいたフルートを呑み込もうとします。

「金の石!」

 とフルートが叫ぶと、胸の上で魔石が輝きました。戦いに備えてペンダントを鎧の外に引き出してあったのです。食魔はあっという間に石の下に戻ると、赤い目を光らせてまた笑いました。ひどく耳障りな笑い声です。

「石の影に取り憑いて来おったか!」

 と老人はどなって、懐から呪符を投げました。呪文を唱えたとたん石は粉々に崩れ、隠れていた食魔が森へ逃げ帰ります。

 けれども、その後も森の中から石が次々飛んできました。石には必ず焚き火や壁の光が当たらない影があって、そこに食魔が潜んでいました。ひとつの石に何匹も取り憑いているものもあります。

「食魔どもが石を投げておるぞ! なんということじゃ!」

 と老人が驚きます。

 焚き火のそばに落ちた石から食魔が飛び出し、焚き火を薪ごとばくりと食って、また石の影に飛び込みました。炎が少し小さくなってしまいます。

「焚き火を狙われている!」

 とフルートは叫んで走りました。焚き火を食われてしまったら、食魔を追い返せなくなって、壁や門を食われてしまいます。走りながら剣を振り、炎の弾で石を跳ね飛ばします。

 けれども、食魔は石から飛び出すと、すぐに別の石の影に飛び込みました。フルートがその石も跳ね飛ばすと、また別の石の影に飛び込んでしまいます。追い払うことができません。

 フルートは唇をかみ、すぐにひらめいて自分の剣帯をほどきました。背中につけていた剣の鞘(さや)を外して、焚き火のそばに置きます。

 とたんに、焚き火は今までと比べものにならないほど巨大な炎を噴き上げました。おおおぉ、とほえるような音を立てながら燃えさかります。フルートが置いた炎の剣の鞘は、近くにある炎を大きくする魔力があるのです。

 

 炎の光が金色の壁にも反射して、森の中まで照らし始めたので、食魔はまた森の奥へ下がりました。投石がやみます。

 同じ光は地面に転がる石も照らしました。影が薄くなると、中から一匹また一匹と食魔が飛び出してきて、あわてて森へ逃げていきます。

「なんて連中じゃ、まったく」

 と老人はぶつぶつ言いながら、呪符でまた石を壊していきました。とにかく、近くに影を作るわけにはいかないのです。

 フルートは厳しい目で森を見ながら言いました。

「案外賢い怪物ですね。こんなことをしてくるとは思わなかった」

「元は戦場で戦っていた人間たちじゃからな。しかにも勇敢に闇と戦ったんだが、力及ばなくて殺されてしもうた。その無念が彼らの魂を戦場に縛りつけているんじゃ――。彼らは人だった頃の心も記憶もなくして狂っとるが、知恵だけはまだいくらか残っとる。自分が何かをなくしてしまったことも覚えているから、それを埋めようとして、何でもかんでも食う。それが食魔という怪物なんじゃよ」

 老人の声は、遠い時代から聞こえてくるようでした。やはり、この人物は光と闇の戦いのことを知っているのです。

 フルートは中断させられた質問を、改めて尋ねようとしました。二千年前、ここでどんな戦いがあったのですか? 光の軍勢は、どうやってデビルドラゴンを捕らえたのですか――!? 興奮で体が震えます。

 

 その時、老人の足元の石から突然一匹の食魔が現れました。森に逃げ帰らずに、石の影にしがみついていたのです。老人は石を破壊する術を使おうとしていたところでした。いきなり現れた怪物に、とっさに対応することができません。

 食魔は老人に襲いかかりました。巨大な口を開けて老人を呑み込みます。

「おじいさん!!」

 フルートは思わず立ちすくみました。目の前で老人を食魔に食われてしまったのです。

 食魔は口を閉じました。人ひとりを呑み込んだのに、その大きさは変わりません。

 フルートは食魔へ走りました。炎の剣で切りつけて、老人を救出しようとします。

 すると、黒い魔物はシシシ、と耳障りに笑い、飛び跳ねて逃げていきました。あっという間に森の中に消えてしまいます。

 後を追いかけたフルートは、森に駆け込み、すぐに立ち止まりました。周囲で無数の赤い目が光っています。暗がりへ飛び込んだフルートは、食魔に取り囲まれてしまったのです。

 フルートは剣を握りながら叫びました。

「おじいさん! おじいさん!!」

 森の奥から、老人の返事は聞こえてきませんでした――。

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