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第20巻「真実の窓の戦い」

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9.約束

 フルートは術師の老人と一緒に、長壁の門の前で守備に立ちました。目の前の空き地では、うずたかく積み上げられた薪(たきぎ)の山が、煙を空に吐きながら燃えていました。炎の光が金色の門や壁に反射して、あたりは真昼のように明るくなっています。

 食魔が門の横に開けた穴は、老人の術で仮修理されていました。完全に直ったわけではありませんが、表面を金色の板でふさいだので、食魔が穴をくぐって内側へ行くことはできなくなっています。

 フルートは門のまわりを取り囲んでいる屯所を見上げました。門の扉を中央に据えた四角い建物で、両端は長壁につながっています。やはり外側には金色の板が貼られて、焚き火の光に輝いていますが、その前から建物には窓がひとつもなかったので、フルートはずっと不思議に思っていました。隣にいる老人に尋ねてみます。

「普通、こういう屯所には見張りや攻撃のために小さな窓がありますよね? ここにはどうして窓がないんでしょう?」

 術師の老人は何もない空間に、椅子に座るように腰を下ろしていましたが、フルートの質問になんでもなさそうに答えました。

「窓も入口も全部ふさいだからじゃよ。ここは門や長壁を守るための、非常に重要な場所じゃ。絶対に敵に侵入されるわけにはいかんからな」

 フルートはちょっと驚きました。

「入口も全部? じゃあ、屯所の中に入ることができないじゃないですか。でも、おじいさんはここで暮らしていらっしゃるんでしょう?」

 ふふん、と老人は鼻で笑いました。

「賢い勇者が、そんなつまらん質問をするもんじゃない。わしは術が使えるんだから、術で出入りしているのに決まっとるだろう。それに、ここの中には二千年前の戦いの遺物も眠っているんじゃ。うかつに入口など作って、大事な宝を泥棒に盗まれでもしたら大変だからな」

 フルートは、どきりとしました。二千年前の戦いの遺物、大事な宝、という老人のことばに、自分たちが探しているものを連想してしまったのです。

「おじいさん、ひょっとして、それって――!」

 竜の宝のことですか!? とフルートは聞いてしまいそうになりました。光の軍勢がデビルドラゴンを倒すために奪って隠したという宝です。こんなところにあったんだろうか!? とめまぐるしく考え始めます。

 老人は目を丸くしました。

「血相を変えてどうした? 二千年前に、ここでは激しい戦闘があった。戦いを勝利に導くために、この建物の中に封じられた物があるんじゃよ」

 フルートの心臓がまた飛び跳ねました。たちまち速くなっていく自分の鼓動を聞きながら、老人に尋ね続けます。

「そ、その遺物って、どういうものなんですか!? どうやって戦いを勝利に導いたんでしょう!?」

「なんじゃ、本当に。そんなにむきになりおって。この中に入っても、それは直接は見られんぞ。土の中に埋められとるからな」

 フルートは、ぎゅっと拳を握りました。ひょっとしたら本当に、と考え続けます。その頭の中には、あのユウライ戦記の序文の一節が流れていました。

『かの竜が己の宝に力を分け与えたので、我らはそれを奪い、竜の王が暗き大地の奥へと封印した。宝を取り戻さんとしたかの竜は捕らえられ、世界の最果てに幽閉された……』

 宝を封印した竜の王というのは、ユラサイを守護する白い神竜のことです。神竜はやはりユラサイの中にデビルドラゴンの宝を封印したのでしょうか。ユラサイの、南門の屯所の地中に――。

 

 フルートは老人に言いました。

「その遺物がどんなものか、おじいさんはご存じなんですか!? それはどんなものなんでしょう!? ぼくたちが見ることはできませんか!?」

 フルートがあまり真剣なので、老人はすっかりあきれていました。それでもフルートが熱心に頼むと、そうじゃなぁ……と考えてから、こう言います。

「やっぱり無理じゃな。遺物を地中から掘り出してはならんことになっとる。それがなくなれば、この壁の守りの力も失われてしまうからな」

 フルートはあきらめませんでした。

「掘り出したりしなくてけっこうです! ただ、そばに行ってみたいんです! お願いです! ぼくたちを屯所の中に入れてください!」

 と必死で頼み続けます。

 フルートの心のどこかで、ここもきっと違うんだよ、という声がしました。他でもないフルート自身の声です。ぼくたちは竜の宝を探し求めて、これまで何度も肩すかしを食らわされてきた。今回だって、きっと竜の宝なんかじゃないのさ、と心の声がささやき続けます。

 けれども、フルートは強く首を振りました。そんなことはわからない! この目で確かめてみるまでは、本物か偽物かを決めることなんかできないじゃないか――! 自分自身に向かってそう反論します。

 

 やれやれ、と老人は禿げ頭をなでました。

「ここは、この二千年間、術師以外は誰も入らなかった場所じゃぞ。なんでそんなところに入りたがるんじゃ? まあ、何もせんで、ただその場所を見るだけにすると言うなら、入れてやらんわけでもないが……その前に、まず目の前の敵を撃退してからじゃな。それ、連中の気配がむこうの森からしとるわい」

 老人の言うとおり、焚き火の光の外に広がる森から、金属をひっかくような、耳障りな笑い声が聞こえ始めていました。笑い声は次第に近づいてきて、暗がりの中に光る無数の赤い目に変わります。食魔が現れたのです。

 フルートは背中の剣を握ると、食魔の数を目でかぞえながら、老人へ言いました。

「今は壁を守ることに専念します――。朝が来て、こいつらが森へ逃げ帰ったら、屯所の中を見せてください。お願いします」

 真剣そのもののフルートに、老人は、にやりとしました。

「そうとわかっとれば、もうちぃと部屋を片づけて綺麗にしておいたんじゃがな。まさか客が来るとは思わんかったから、散らかし放題だったわい」

 と言って、声を上げて笑い出します。

 かがり火に輝く壁の南と北の両方から、ゼンとポチの声が聞こえてきました。ゼンがいる方向からは、弓が矢を放つ音も響いてきます。

「あっちでも始まったな」

 と老人は笑うのをやめて、森を眺めました。赤い食魔の目は、木立の中の暗がりに、ますます数が増えています。

 フルートは背中から剣を引き抜いて言いました。

「こいつらを撃退したら、屯所を見せてください。約束ですよ」

「わかった。約束してやる」

 老人がそう答えた瞬間、森の中から怪物が飛び出してきました。人のような形をした真っ黒な怪物で、鼻も口もない顔に赤い二つの目が光っています。

 食魔は焚き火の薪に向かって走っていました。まだ燃えていない薪が炎の光をさえぎって、小さな影を作っていたのです。その中に食魔が飛び込もうとします。

 フルートは気合いもろとも剣を振り下ろしました。とたんに、ごうっとうなりを上げて炎の弾が飛び出し、小さな影に激突しました。薪が燃え上がり、食魔は耳障りな悲鳴を上げながら森へ飛び戻っていきます。

 フルートは叫びました。

「ここは世界を守るための重要な場所だ! 怪物なんかに食わせるもんか! さっさと立ち去れ!」

 炎の剣が再びうなり、別の影に飛び込んだ食魔をまた追い払いました――。

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