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第20巻「真実の窓の戦い」

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8.準備

 その夜、フルートたちは長壁の紅門(あかもん)を背に、西に向かって守備を固めていました。

 門の前は長壁に沿って木々が取り払われて、かなり広い空き地になっていました。長壁の上におおいかぶさっていた木々も消えています。代わりに一定間隔で置かれているのは、大きな焚き火でした。切り払った木をうずたかく積んで燃やしているので、炎が周囲を明々と照らしています。さらに、その光を長壁が反射していました。白い石でできていた壁ですが、その西側一面が、金箔を張ったように金色に変わっていたのです。

 それを眺めながら、ゼンが言いました。

「すげぇ術師だよな、あのじいさん。これだけの木を全部引っこ抜いて、地面を平らにして、壁も金色にしたんだからよ」

 フルートはうなずきました。

「木があると必ず影ができるし、木を抜いた痕が残っていると地面にも影ができる。食魔は影伝いに近寄って襲ってくるから、木や地面の凹凸(おうとつ)を払って、焚き火を壁にも反射させて、影ができにくいようにしたんだ。でも、それだけの注文を本当に一人でやってくれるとは思わなかった。ポポロの魔法をひとつくらい使わなくちゃいけないと思っていたんだけど」

「ワン、あのおじいさん、この国では五本の指に入る術師らしいですよ。自分でそう言ってました。五本指の残りの四人も、長壁の残りの門を守っているんだそうです」

 とポチが言うと、メールが肩をすくめました。

「まあ、そういうのって、割り増しの自己評価になるのが普通だけどさ、あの人が相当の実力者なのはホントだよね」

 すると、ポポロが壁の左右を示しました。

「あの人は、この門を中心にして、二キロ以上に渡って木を取り払ってしまったわ。壁の前も百メートル以上空き地になっているし。本当に、ものすごい魔法使いよ……」

 天空の国でも屈指の実力者のポポロがそう言うのですから、あの老人は本物と言うことです。

 

 門の前に集まって話しているのは、フルートたちだけでした。術師の老人は薪(たきぎ)の山に火をつけるために離れています。はるか北のほうで、新しい焚き火が燃え上がったのか、闇の中に灯りが増えました。光の届かない場所は、本当に、墨(すみ)を流したような暗闇になっています。

 フルートは周囲から頭上へ目を移して、空を見上げました。そこもまた、月も星も見えない真っ暗闇です。

「夕方から厚い雲が出てきて、空を隠してしまった。天気が崩れるなら当然なんだけど、あのおじいさんの話では、これが毎晩のことらしい。こうなると、やっぱり闇の魔法のしわざという気がするな」

 ふぅむ、とゼンは腕組みしました。

「俺は特にやばい気配は感じてねえけどな。首筋の後ろがまだ、ちくちくして来ねえんだ」

「でも、このあたりには、確かに闇の気配が漂っているわよ……。夜になって、それが強まっているの。だから、空も雲で隠されてしまうんだわ。あの雲の向こうには明るい月があるんだけれど、全然見えないわよね……」

 とポポロも空を見上げます。

「ワン、ルルは無事に進んでいるかなぁ」

 とポチは王都へ飛んでいった雌犬の心配をしました。

「大丈夫よ。順調に飛んでいるって、さっき報告があったわ」

 とポポロがまた答えます。彼女とルルは姉妹のようにして育ってきたので、その気になれば、いつでも連絡が取り合えるのです。

 

 そこへ術師の老人が戻ってきました。小さな体で滑るように城壁の上を進んできて、一瞬で地上にいるフルートたちのところへ移動してきます。

「言うとおり、全部の薪に火をつけてきてやったぞ。焚き火の中には芳枝も仕込んできた。だが、焚き火は今夜一晩くらい燃えるかもしれんが、芳枝のほうはそんなには持たんぞ。たったひと枝ずつだからな」

 フルートはうなずき返しました。

「しかたないんです。芳枝の木は一本だけしかなかったし、それを切り倒して使うわけにもいかないですから。でも、真夜中になる前に準備を完了できて、本当によかったです。この後は全員が壁のあちこちに立って、食魔が近づかないように火の番をします。――メール、例のものをみんなに配ってくれ」

 あいよ、とメールは長さ十センチほどの細い小枝を全員に配りました。

「芳枝の小枝さ。食魔はこの匂いが嫌いだからね。これを身につけて匂いをさせてれば、食魔に襲われる心配はなくなるよ」

「ロウガはこれをくわえてたよな」

 とゼンは芳枝の端を口に入れて強くかみましたが、とたんに独特の香りとものすごい苦みが口中に広がったので、飛び上がってしまいました。

「オ、オウガのひゃつ、くんなマズイのをくわえてたのひゃよ……!」

 と小枝を吐き出して口を押さえます。

 もうっ、とメールはあきれました。

「くわえなくてもいいから、身につけておきなよ。食魔が襲ってきそうになったら、端を少し折るんだ。それだけでも匂いがするから、食魔が離れるよ」

 そこで全員はポケットやマントの胸元に芳枝をしのばせました。ポチも首輪の金具のところに短い小枝を差し込んでもらいます。

 それを見届けて、フルートはまた言いました。

「それじゃ、三つの班に分かれて壁を守ろう。南側の部分をゼンとメールが、北側の部分をポポロとポチが、この中央の門とその周辺をぼくとおじいさんが受け持つ。食魔は無理に倒そうとしなくていい。焚き火の炎が弱くなりそうだと思ったら、火に薪を投げ込むんだ。薪は壁の上と東側に積んである。朝になれば食魔は必ず逃げていくから、それまで壁を守り抜けば、それでいいんだ」

「でも、できれば夜明けまで連中を引き止めて、朝の光で一網打尽(いちもうだじん)にしてえよな」

 とゼンが言って指を鳴らしました。やる気満々です。

 メールは、さっと手を振って、一羽の鳥を呼びました。カラスほどの大きさですが、全体が黄色い花でできています。

「これは芳枝の花でできた鳥だよ。他の花はみんな食魔を怖がって動かなかったんだけど、芳枝だけは、こうして花を咲かせて助けに来てくれたんだ。食魔はこの花の匂いも嫌いなんだってさ」

 黄色い鳥がメールの腕に留まったので、フルートはその前に進み出ました。人に話すように、鳥に向かって話しかけます。

「ぼくたちは君から枝をたくさん分けてもらった。そのうえ、こうして助けにも来てくれたんだね。本当にありがとう」

 ククゥ、と芳枝の花鳥は得意そうに鳴きました。その様子に、老人がまた、ほぅ、と言います。

 

「よし、全員配置につけ!」

 フルートの号令で、一同は持ち場へ走っていきました――。

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