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第20巻「真実の窓の戦い」

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第3章 準備

7.相談

 ユラサイ国を敵から守っている西の長壁が、夜ごと食魔(しょくま)に食い荒らされている、と門番の老人から聞かされて、フルートたちは顔を見合わせてしまいました。

 食魔ならば、彼らもよく知っています。強い恨みや怒りで戦場に縫い止められて怪物に変わった、古の戦士たちの魂です。闇の怪物ではありませんが、暗闇に現れて、人も物も、魔物さえも見境なく食べてしまうので、食魔と呼ばれています。

 フルートたちはつい最近、トムラムストの海底の遺跡でも、この食魔と戦いました。魔法が効かない上に太陽の光でしか退治できないので、非常にやっかいな敵なのです。

 白い石を積み重ねた壁は、巨大な口の歯形もそのままに、丸く削り取られていました。よく見れば、その先の壁にも、あちこちに同じような穴が開いて、向こう側の景色が見えています。

「ったく。なんだって、よりにもよって壁なんか食うんだ? もっとうまそうなもんが、その辺にあるだろうが」

 とゼンが言うと、門番の老人が怒り出しました。

「何を言う! わしに食魔に食われろというのか!? それに、これは今でも国を守っている重要な防壁なんじゃ! 何者かがこれを壊して、国を襲おうとしているに違いないわい!」

 それを聞いて、フルートたちは改めて顔を見合わせました。そんなふうに言われれば、思い当たるものはたったひとつです。

「デビルドラゴンがまたユラサイを狙っているのかもしれないな。竜子帝が光の陣営につくと決めたから、敵に回ったユラサイを滅ぼそうと考えているのかもしれない」

 とフルートは言いました。ユラサイの術は闇の敵に直接効くので、戦いの勝敗を決める重要な鍵になっているのです。

「でもさ、敵は食魔だよ。どうやって戦うつもりさ? あいつらは闇夜にしか出てこないから、太陽の光で退治することはできないだろ?」

 とメールは言いました。

 ゼンも腕組みして言います。

「太陽の石がここにありゃいいんだが、俺たちはそんなものは持ってねえしな。おい、じいさん、このへんに食魔払い(しょくまばらい)はいねえのか?」

 食魔払いとは、太陽の光を出す魔石と鏡を使って食魔を退治する専門家のことです。彼らは、竜が棲む国の戦いのときに、食魔払いのロウガと一緒に食魔の大群を退治したことがありました。

「そんな者がこのあたりにいたら、誰も苦労はせんわい! 食魔払いはおらん、太陽の石もない。困って助けを求めたら、ユウライ砦の仲間が、金の石の勇者に手伝ってもらえ、と言ってきたんじゃ」

 ユウライ砦の仲間!? とフルートたちは驚きました。彼らが以前訪れたユウライ砦は、建物も壁も崩れ落ちた廃墟だったのです。

「あんな場所に人がいたのかい?」

 とメールが尋ねると、老人は小さな体で胸を張りました。

「無論だ。わしらは術師だから、人目につかないように暮らしているがな。そもそも、この長壁には五つの門があって、それぞれに術師が番をしておる。ここは最南端の紅門(あかもん)、ユウライ砦にあるのは白門じゃ。おまえさんたちが白門付近の食魔を退治したと聞いたんで、期待しておまえさんたちを迎えに行ったんじゃがな――」

 さて、本当にそんな実力があるのかどうか、という表情で、老人はまたフルートたちを眺めました。少女のような顔の少年をリーダーにした一行は、歳も若いので、ひどく頼りなさそうに見えます。

 

 けれども、フルートははっきりした声で言いました。

「わかりました。必ずここを守ります」

 ゼンも、腕組みしたままうなずきました。

「太陽の石がねえから退治は難しいが、追っ払うことくらいはできるだろう」

「ワン、とりあえず食魔を追い払っておいて、王宮に知らせるといいんですよ。竜子帝なら食魔払いを手配してくれるはずです」

 とポチも言います。

「じゃあ、ホウの都にはルルが行ってくれ。竜子帝に応援を頼むんだ」

 とフルートに言われて、ルルは不満そうな顔になりました。

「あら、私が知らせに行く役? 私も一緒に戦いたいわよ。知らせに行くなら、ポチやメールでもいいじゃない」

「メールの花鳥では地上から目立ちすぎて危険だし、ポチはユラサイのことに詳しいから、ここにいてほしいんだ。頼むよ、ルル」

 フルートから重ねて言われて、しょうがないわね、とルルはしぶしぶ承知しました。

「じゃあ、応援を呼んでくるわ。いいこと? 私がいない間、無茶はしないのよ」

 ルルはいつものようにそんなことを言い残すと、風の犬に変身して、都がある北東へ飛び去りました。

「それじゃ、あたいは芳枝(ほうし)を探してみるよ。食魔はあれの匂いが嫌いだもんね」

 とメールが手を振ると、森の中からたくさんの花が集まってきて、大きな馬に姿を変えました。メールは花馬に飛び乗って、芳枝の木を探しに森の中へ駆け出します。

 後に残った三人と一匹は、話し合いを続けました。

「食魔は光を嫌う。この場所に明るい光を準備すれば、そばには寄ってこないはずだ」

「普通の焚き火や灯り程度じゃ無駄だぞ。食魔たちに食われるからな。相当強い光じゃねえと」

「ワン、そんなに光るものってありますか? 一晩中輝いていないといけないんですよ。ポポロの魔法はそんなに続かないし、金の石が願い石に協力してもらったって、やっぱりそんなに長時間は光れませんよ」

 フルートとゼンとポチがそんなやりとりをしていると、ポポロが身を乗り出しました。

「あたしは継続の魔法も使うわ……! それなら夜明けまで光が続くもの!」

「いや、ポポロの魔法は温存しておきたい。その作戦だと、ポポロは魔法を一気に使い切ってしまうからな。できれば、切り札に残しておきたいんだ」

 とフルートが考え込みます。

 ほぅ、と門番の老人は言いました。フルートたちが意外なくらいしっかりしたやりとりをしているので、少し彼らを見直したのです。ちょっと考えてから、こんなことを言います。

「わしも光の術くらいは使えるぞ。それでこの壁を食魔から守ってきたんだからな。ただ、連中は日ごとに数が増えてきとる。わし一人の光では追い払いきれなくて、こうして穴を開けられてしまったんじゃ」

 フルートは老人を振り向いて聞き返しました。

「食魔はどちらから来るんですか? 西から? 東から?」

「西からに決まっとる! この壁は外の敵を防ぐんじゃ! 国の内側に敵を侵入させたりするものか!」

 老人の口調が急に強くなります。

 それをなだめるように手を振って、フルートはまた言いました。

「あなたは本当に強力な術師なんですね。その力を見込んで、お願いがあります。こんなことはできますか?」

「なんじゃ?」

 と老人がつり込まれます――。

 

 フルートの説明を聞き終わると、老人はあきれた顔になりました。

「その場しのぎだな。解決にはなっとらん。わしは食魔の連中を完全に追い払いたいんだぞ」

「わかっています。でも、そのためには太陽の石がなくちゃならない。それ以外の方法で、夜に食魔を退治することはできませんから――。今、ルルが都へ助けを求めに行っています。ルルが到着すれば、竜子帝はすぐに食魔払いを集めて、ここに送り出してくれます。それが到着するまで間、この壁を守り続ければ、必ず食魔は退治できるんです」

 とフルートは答えました。強く信じる声です。

「本当に帝(みかど)が援軍を寄こすと思っとるのか? 先代の帝は、長壁を大昔の遺物と考えて、さっぱり顧みなかったというのに。食魔払いが来なければ、わしらはいずれ全滅するんだぞ」

 と老人は疑うように言い続けましたが、フルートは揺らぎませんでした。

「援軍は来ます。ぼくたちは竜子帝を知っています。彼ならば、必ず助けを寄こしてくれるんです」

 すると、ゼンも言いました。

「いいから、フルートの言うとおりにしろよ、じいさん。こう見えても、こいつは金の石の勇者なんだ。何かを守ることにかけては、世界中の誰にも負けねえんだからな。それともなんだ。じいさんは実はフルートが言うような術が使えねえから、ごねてるのか?」

 老人はひどく憤慨しました。

「な、何を言うか、生意気な小僧どもめ!! そんな初歩の術くらい、いくらでも使うことができるわい!! だが――」

「できるんですね? それじゃ決まりです。よろしくお願いします」

 フルートにすかさず言われて、老人は目を白黒させました。優しげでも、こういう場面では非常に強引なフルートです。

 

 そこへ、メールが花馬で駆け戻ってきました。大きく手を振って言います。

「見つけたよ! 芳枝の木だ! 森の奥に一本だけあったよ!」

「準備に取りかかろう」

 とフルートは言うと、仲間たちと一緒にメールのほうへ駆け出しました。

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