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第20巻「真実の窓の戦い」

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6.老人

 フルートたちの近くに突然現れたのは、ユラサイ風の赤い衣を着た老人でした。とても小柄で痩せた体つきの人物で、目は落ちくぼみ、頬はこけ、髪の毛もほんのわずかしか残っていないので、なんだか骸骨(がいこつ)が服を着て立っているように見えます。

 けれども、その老人は人間でした。くぼんだ眼窩(がんか)から、ぎょろぎょろと一行を眺めると、いきなりどなりつけてきます。

「まだ子どもじゃあないか!!」

 いかにも失望した、という声だったので、フルートたちが驚いていると、老人はどなり続けました。

「こんな小僧どもに頼れと言うのか!? 無理だ無理だ! こいつらには何もできん!」

 まるで見えない話し相手がそばにいるように言って、老人はくるりと背中を向けました。そのまま立ち去ろうとします。

 ゼンは、むっとして言い返しました。

「おい、じいさん! いきなり現れて好き勝手なこと抜かしやがって! なんだってんだよ、いったい!?」

「おまえさんたちには関係のないことじゃ、異国の小僧ども!」

 と老人は振り向きもせずに言いました。痩せた背中を丸めて、どんどん歩いていきます。

 フルートはあわてて呼び止めました。

「待ってください、おじいさん! さっきの話――もしかして、何か困り事ですか!?」

「おまえさんたちには関係ないと言っておろうが。さっさと立ち去れ!」

 と老人は不愉快そうに繰り返します。

 

 フルートは後を追いかけ、老人の前に出て言い続けました。

「ぼくたちは、ついさっき、魔法でここに飛ばされてきました。ここはどこですか? 困り事はなんでしょう? ぼくたちにできることならば手伝わせてください」

 フルートには考えていることがありました。真実の窓が自分たちをここに送り込んだからには、ここには何かがあるのに違いない。もしもここで事件が起きているのだとすれば、その事件はデビルドラゴンに関係しているかもしれない――そんな予想です。

 老人は、じろりとフルートを見上げました。

「おまえさんたちが異国の術でここに現れたのはわかっとる。金の石の勇者がこんな小僧だったということに失望しとるんじゃ。そんな貧弱な体で何ができる」

 老人が金の石の勇者の名前を出したので、フルートは驚きました。老人は彼らが金の石の勇者の一行とわかっているのです。すぐにそのわけに気がついて言います。

「おじいさん、あなたは術師なんですね? だから突然現れたし、ぼくたちのことも知っているんだ」

 すると、老人はまたじろりとフルートを見ました。

「わしが術師なことくらい、わかりきっているじゃろうが。だが、金の石の勇者は、頭のほうはちぃとマシなようだな」

 老人の声が少し友好的になったので、フルートは一生懸命話し続けました。

「教えてください。ここで何が起きているんですか? ぼくたちはそのことのために、ここにやってきたのかもしれないんです――」

 ふん、と老人は鼻を鳴らしました。フルートやその後ろにいる仲間たちをじろじろと眺め続け、またくるりと背を向けて言います。

「ついてこい。わしが何に困っているのか、おまえさんたちに見せてやろう。どうせ何もできんだろうがな」

 そのまま老人がすたすたと歩き出したので、仲間たちは顔を見合わせてしまいました。

「ちょっと。こんな嫌みな人についていかなくちゃいけないわけ?」

 とルルが顔をしかめてポチにささやきます。

 けれども、フルートが老人を追って駆け出したので、しかたなく仲間たちもその後に続きました。長壁の上の哨戒路を走り出します――。

 

 ところが、フルートたちはいくら走って追いかけても、いつまでたっても老人には追いつけませんでした。老人はとても歳をとっているし小柄なのに、一歩足を進めただけで、たちまち通路の彼方まで行っているのです。フルートたちが全力で走ってそこに追いついた頃には、また歩いて、はるか先へ行ってしまっています。

 ゼンはどなりました。

「待てよ、じいさん! 術を使ってやがるだろう!? 全然追いつけねえぞ!」

 すると、老人が振り向き、馬鹿にしたように言いました。

「道は遠い。普通に歩いてなんぞいけるか。風の犬が一緒にいるんだから、おまえさんたちはそれに乗ればよかろう」

 老人がポチやルルを風の犬と見抜いていたので、フルートたちはまた驚きました。

「ワン、あの人は竜子帝のお抱え術師じゃないかな。だから、ぼくたちのことをよく知ってるんじゃないだろうか」

「術師のラクのような? でも、宮殿であの人を見かけたことはなかったじゃない。それにあの人、金の石の勇者が子どもだって知らなかったわよ」

 ポチとルルは一時期ユラサイの王宮にいたことがあったので、そんなことを話し合い、すぐに風の犬に変身しました。仲間たちを背中に乗せて老人を追いかけます。

「なんか、すっごく変な眺めだよね」

 と老人を見下ろして、メールが言いました。上から見る老人は、一歩足を進めるごとに、体が何十メートルも先へ進んでいきます。まるで哨戒路の上を滑っていくようです。

 フルートは行く手へ目を向けました。長壁は相変わらずどこまでも先へ続いています。森の木々がおおいかぶさっているので、見通しも効かないのですが、それでも彼方に四角い建物のようなものが見え始めていました。老人はそこを目ざしているようです――。

 

 やがて、彼らは本当にその場所にたどり着きました。

 建物のように見えていたのは、長壁の途中に造られた門でした。木でできた大きな扉は、塗装がはげ落ちて色あせていますが、それでもしっかりと門の中に立っていました。その扉のまわりが見張りのための屯所(とんしょ)になっていて、哨戒路から屯所に下りる入口が、門の真上にあります。

 フルートたちが空から哨戒路に下りると、老人は言いました。

「わしは長年ここに住んできた。ここはわしの住処(すみか)じゃ。だが、最近、この付近を荒らす連中が現れたんじゃ」

「他に人はいないんですか? 門を守る衛兵は?」

 とフルートは周囲を見回して尋ねました。門があるのに、その付近に人の気配はなくて、森の木々も今までの場所と同じように長壁をおおい隠していたのです。

 老人は答えました。

「おらん。ここにいるのは、わし一人じゃ。二千年の昔ならば、このあたりも戦場だったから、この門も大勢の兵士で守られておったがな。今はもう、こんなところに門があったことさえ、ほとんど誰も覚えておらん。わしが細々と守り続けているだけじゃ」

 ということは、老人はこの門の門番ということになります。

 老人は、屯所に下りる入口ではなく、壁の内側に造られた階段から地上へ降りながら、話し続けました。

「戦(いくさ)が終わり、人々がこの壁を顧みなくなっても、壁は国を守り続けてきた。西からやって来る風や怪物は、この壁を越えることができん。人々は過去のものとして忘れてしまった壁だが、それでも壁はずっと敵を防ぎ続けているのじゃ。だが、ここに来て、西から吹いてくる風が急に変わり始めた。風の中に闇の匂いが混じっているんじゃ。匂いは薄いが、ひっきりなしに吹いてくるので、この付近の闇が刺激されて動き出しとる。夜になれば黒雲が広がって、月も星もまるで見えなくなる。おかげで、暗闇を好む連中が暴れ始めた――そら、ここじゃ」

 老人は話している間に階段を下りきって、地上に立っていました。階段のすぐ横の壁を指さします。

 

 フルートたちはそこを見て、あっと驚きました。堅固な石積みの壁に、ぽっかりと穴が開いていたのです。人の背丈よりも大きな穴で、向こう側には木々が生い茂る緑色の景色が見えています。

「ワン、どうしたんですか、これ!? ただ壊れたのとは違いますよね!?」

 と小犬に戻ったポチが穴に駆け寄りました。穴に顔を近づけて、くんくんと匂いをかぎます。

「変ね、闇の匂いはしないわよ。闇の怪物のしわざなら、闇の匂いが残っているはずなのに」

 とルルもやってきて、あたりの匂いをかぎます。

 ゼンは腕組みして穴を眺めました。壁にできた穴の断面が、まるで刃物ででも切り取られたように綺麗なのを見て、難しい顔つきになります。

「ったく、嫌な穴の開き方だぜ。おい、フルート。この痕に見覚えあるような気がしねえか?」

 フルートはうなずきました。

「さっきから、似てるなって考えていたよ……。これは壁を壊したんじゃない。壁を食いちぎったんだ」

「食いちぎったって、石壁だよ、これ!?」

 と驚くメールの横でポポロが顔色を変えました。

「まさか、これって、食魔(しょくま)が食べた痕……?」

 すると、赤い衣の老人が言いました。

「ほう、知っておったか、異国の小僧ども。では、話が早い。そうじゃ、ここに毎夜、食魔が現れて、壁を食い荒らすようになった。このままでは壁は完全に食い破られて、西からの敵を防げんようになる。だが、食魔が相手では、わしにもどうすることもできん。それで非常に困っておった、というわけじゃ」

 そう話して、骸骨のように痩せた老人は、じっとフルートたちを見つめました――。

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