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第20巻「真実の窓の戦い」

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5.壁

 メールが見つけた建造物は、森の中に埋もれるように存在していました。四角く切り出した白い石が高さ七、八メートルほどに積み上げられていますが、緑の木々がおおいかぶさるように葉を広げているので、全体の姿がよくわかりません。

 人の気配がない上に、石積みに崩れかけている部分があるのを見て、ゼンが言いました。

「かなり古い建物みたいだな。ここも壊れてからだいぶ時間がたってる。修理するヤツがいなかったんだな」

「遺跡か」

 とフルートは言いました。びっしりと石を積み重ねた建造物は、いやに堅固(けんご)な印象で、普通の住居などとは違っているように見えました。むしろ砦(とりで)のような印象です。

 どこかに入口はないかと見回していると、遠い目をしていたポポロが建物の左側を指さしました。

「あっち。上に昇る階段があるわよ」

 そこで彼らはポポロの言うほうへ進んでいきました。やがて本当に石の階段に出くわしましたが、そこへ行くまでに、彼らはたっぷり二百メートル以上も歩きました。それでも建造物は終わっていなくて、さらに先に続いているのです。

「ワン、これ建物じゃないですね。きっと城壁だ」

 とポチが言いました。世界各地の王都を守っている壁に、雰囲気がよく似ていたのです。階段は城壁の上の哨戒路(しょうかいろ)に上がるためのもののようでした。

「上がってみよう」

 とフルートが言い、彼らは階段を昇っていきました。古い石積みで、ところどころ欠けているところもありますが、全体的にまだしっかりしているので、昇って怖いという感じはしません。

 昇りきると、そこが城壁だということは、いっそうはっきりしました。高さ一メートルほどの石の手すりに挟まれた間に、石でできた通路が延々と続いています。間違いなく周囲を見張るための哨戒路でした。

「これ、どこまで続いているのかしら?」

 とルルは言いました。城壁の上に木々が枝がかぶさっているので、相変わらず全体像が見えなかったのです。ポポロはまた遠い目をしましたが、すぐにびっくりした顔になって言いました。

「終わりが見えないわ……! この城壁、どこまでも続いていて、とても長いのよ」

「なにさ。じゃあ、ここって昔の大都市の跡のわけ?」

 とメールは言いました。自分たちはいったいどこに来てしまったんだろう? と誰もが心の中で考えます。

 

 けれども、フルートがまたすぐに決定しました。

「この上を進んでみよう。ここがどこかわかるかもしれない。――竜の宝の手がかりのほうも見逃すなよ。この城壁のどこかにあるかもしれないんだ」

 おう、と仲間たちは答え、全員で城壁の上を歩き出しました。使われなくなってからかなりの時間がたっているようで、哨戒路はすっかり苔(こけ)むしていましたが、それでも、歩くとしっかりした感触が足に伝わってきました。苔の下の石積みはほとんど傷んでいないのです。

「これ、造られてからどのくらいたってるんだろうね? なんで使われなくなっちゃったんだろ?」

 とメールが言いましたが、今はまだ、誰もそれに答えることはできませんでした。何か手がかりはないかと通路や周囲を見回しながら歩きます。

 時折、哨戒路の上に大きな枝がおおいかぶさって、進路をふさいでいるところにも出くわしました。そのたびにゼンが怪力で枝を取りのけ、それも難しいようなときには、変身した犬たちに乗って、枝の上を飛び越えました。

 進んでも進んでも、哨戒路は終わりになりません。森に埋もれながら延々と続いています……。

 やがてフルートは立ち止まりました。困惑したように言います。

「本当に長いな。これはどこまで続いているんだろう? ポポロ、もう一度先の様子を見てくれるかい?」

 そこでポポロはまた行く手を透視しました。かなり長い時間先を見てから、フルート以上に困惑した様子で答えます。

「ずっと先まで続いているわよ。ずっとずっと、本当に先のほうまでこんな感じ……。とにかくまっすぐ伸びていて、城壁みたいに城や街を取り囲む感じでもないのよ。どういうことかしら……」

「城を囲んでねえ城壁なのか? じゃあ、ただの長い壁だってことだろうが」

 とゼンが言ったとたん、そのことばに仲間たちはぴんと来ました。顔を見合わせ、異口同音(いくどうおん)に声を上げます。

「もしかして――」

「ひょっとしたら――」

「ここはユラサイの西の長壁か!?」

 

 全員は哨戒路の端に駆け寄って身を乗り出し、壁を見下ろしました。

 きっちりと積み上げられた白い石の大きさや形を観察して、ゼンが言います。

「なんだかユウライ砦(さい)で見た石積みと似てる気がするな」

「あそこは長壁の南側に造られた要塞だ。長壁の一部だよ」

 とフルートは言い、さらにどこかに決定的な証拠はないかと探し続けました。

 すると、風の犬になったルルが外に飛び出し、壁の一箇所を示して言いました。

「ここ! 文字みたいなものが書いてあるわよ!」

「ワン、どこ!?」

 とポチも変身して飛びだし、ルルと並んでそこを眺めました。すぐにフルートたちへ言います。

「ワン、ユラサイ文字です! やっぱりここはユラサイなんだ!」

「じゃあ、ここは本当に西の長壁? だけどさ、ユラサイとは木の種類が違ってるよ? ここの森はもっと暖かい場所に生える木なんだ」

 とメールが言ったので、フルートは考えながら答えました。

「ユラサイはとても大きな国だ。領土はかなり暖かい地方まで続いているし、長壁はそれを守って、南北にとても長く続いている。確か二千キロもある、って竜子帝が言っていたんじゃなかったかな……」

 二千キロ! と一同は驚きました。とても歩いて行ける距離ではありません。

 ゼンは苔が生えた通路の上に、どっかと座り込んでしまいました。

「ったく! そういうことなら、ひと休みだ! 腹が減った、飯にしようぜ!」

 何か困ったことが起きたときには、まずは食え、というのがゼンの信条です。さっそく腰の荷袋から携帯食などを取り出し始めます。

 フルートたちはそのまわりに腰を下ろしました。ポチとルルも飛び戻ってきて、犬の姿に戻ります。ゼンが配ってくれた食料を食べ、水筒を回し飲みしながら、今の状況の整理を始めます。

 

 フルートが言いました。

「ここはどうやらユラサイの西の長壁らしい。光と闇の第二次戦争の時に、ユラサイ国の西側に造られた防壁だ。ポチ、さっきの壁の文字はなんて書いてあったんだ?」

「ワン、番号です。十四番って書いてありました。確信はないけど、このあたりの壁を示す数字みたいな気がしますね」

 とポチは答えました。ポチは以前、竜子帝と体が入れ替わったときに勉強したので、ユラサイ文字を読むことができるのです。

「ってことは、この辺は十四番の壁ってことか――。いったいユラサイのどのあたりなんだ?」

 とゼンが尋ねたので、フルートは荷物から世界地図を取り出しました。通路の苔の上に広げて指で押さえます。

「ユラサイ国はここ。中央大陸の東の外れだ。西の長壁は、ユラサイ国の西の国境沿いに南北に延びている。確かに、今は二月なのに、このあたりはすごく暖かい。たぶん、国のかなり南のほうなんだろう」

「ワン、ユラサイの南西部は亜熱帯の大森林と接している、ってユラサイの本で読んだことがありますよ。そのあたりなんじゃないかなぁ」

 とポチも言います。

「それって、ユウライ砦よりも南側かい?」

 とフルートは聞き返しました。

「ワン、ずっと南側です。西の長壁には三つの砦があって、一番南にあったのがユウライ砦だけど、長壁はさらにもっと南側まで伸びているんです」

「てぇことは、俺たちはユラサイ国の南西の端っこにやってきたってことか。問題は、ここで何が見つかるのかだよな。なにしろ見渡す限り木だらけで、それ以外のものは何も――」

 とゼンは改めて周囲を見回し、とたんに、ぎくりと動きを止めました。次の瞬間、跳ね起きてどなります。

「誰だ、てめえ!?」

 フルートたちも驚いて振り向き、いっせいに飛び上がりました。

 彼らが誰も気づかないうちに、赤い衣を着た男がすぐ近くに現れて、たたずんでいたのでした――。

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