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第20巻「真実の窓の戦い」

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3.真実の窓

 「な、なんだこりゃぁ!?」

 天空城の通路に現れた扉をくぐって向こう側に出たとたん、ゼンが声を上げました。フルートたちも、意外な光景に呆気にとられてしまいます。

 扉は真実の窓への入口だったので、くぐり抜ければ、そこに窓があるのだろう、と彼らは考えていました。両開きの窓、四角いはめ殺しの窓、鎧戸(よろいど)のついた窓……いろいろなスタイルの窓を想像しては、真実の窓というのはどんなものだろう、とも考えていました。

 扉の向こうにあったのは、彼らがこれまで通ってきたような、長くてまっすぐな通路でした。ただ、両脇の壁や天井は紫がかった白い石積みに、足元に敷き詰められた絨毯は、青ではなく灰色に変わっています。

 その白っぽい空間に、壁に沿ってずらりと窓が並んでいました。窓は縦長で上部は丸く、窓枠から壁に向かって、蔦(つた)が這うように金属製の窓の縁飾りが伸びています。それが何百、何千――あまり数が多いので、いったいいくつ並んでいるのか、見当がつきません。通路の先は霧におおわれたようにかすんでいて、行き止まりまで見通すこともできませんでした。

「真実の窓って、こんなにたくさんあったんだ……」

 と一行は呆然としました。

 振り向けば、彼らがくぐってきた扉は、ぴたりと閉じてしまっていました。その向こうにいた天空王の姿は、今はもう見えません。扉を越えた向こう側にも、通路に沿って無数の窓が並んでいるだけです。

「ワン、なんだか、ジタン山脈の地下にあった時の鏡の間にも似てますね」

 とポチが言うと、ポポロがうなずきました。

「そうね……。ここにもあそこと同じような、すごい力が充ちているのを感じるわ。きっと、ここの窓も、あそこの鏡と同じように、いろんな場面を見せてくれるのよ。その中に、あたしたちが探す手がかりもあるんだわ……」

「よし、確かめてみよう」

 とフルートは言いました。窓は数えきれないほど並んでいますが、ためらうこともなく近づいていって、右側の壁の、一番手前の窓をのぞき込んでみます。

 

 窓には大きな一枚ガラスがはまっていて、その向こうに景色が広がっていました。見渡す限りの草原で、その彼方に雪をいただいた青い山脈がかすんでいます。風が吹くたびに、草の上を緑の波が渡っていきます。

「これ、どこの景色かしら?」

 とルルが言いました。窓枠は縦に非常に長かったので、犬たちの背丈でもそのむこうの景色を見ることができたのです。

「ワン、魔の森の手前に広がっていた草原に似てるけど、こういう景色の場所って、きっと世界中のいたるところにあるんだろうから、よくわからないな」

 とポチが言います。

「ポポロ、魔法使いの目で確かめることはできるかい?」

 とフルートに言われて、ポポロは窓の彼方へ目を向けました。ちょっとの間、遠いまなざしになってから、すぐに首を振ります。

「だめよ……。窓の向こうは、こことは別の空間なのね。全然透視が効かないわ」

「あたいはさっきから草花たちに呼びかけてるんだけどさ、全然返事がないんだ。やっぱり、こっちから窓の向こうに働きかけることはできないみたいだよ」

 とメールも言います。

 フルートたちは窓の前に立って景色を眺め続けました。ずいぶん長い間見ていたのですが、草原はいつまでも風に揺れているだけで、取りたてて何か変わったことが起きる様子はありません。

 フルートは考えながら言いました。

「ジタン山脈の地下にあった時の鏡は、過去の出来事を映していたけれど、これは鏡じゃなくて窓だから、今現在の様子を映しているんだろうな……。ここがどこかはわからないけれど、今、本当にこんなふうに風に吹かれている場所が、地上のどこかにあるんだ」

「でもよ、ここにデビルドラゴンを倒す手がかりは見当たらねえみたいだぞ? ただ草がなびいてるだけだろうが」

 とゼンが言ったので、フルートはいっそう考え込んでしまいました。その間も窓の景色を眺め続けますが、やっぱり、手がかりになりそうなものは見つかりません。

 すると、メールが通路の先を指さしました。

「窓はこんなにたくさんあるんだよ? きっと、これのどこかに手がかりがあるってことなのさ。調べてみようよ!」

「そうね。それこそ、赤いドワーフの戦いで時の鏡を見て回ったときと同じね。デビルドラゴンに関係しそうな場面を映している窓を見つければいいんだわ」

 とルルも言います。

 そこで、一行は三つのグループに分かれて他の窓へ向かいました。それぞれに窓の前に立って、中の景色を確かめます。

 

 フルートとポポロが立った窓には、雪におおわれた山脈が見えていました。晴れ渡った空を背景に、純白の山々がくっきりと浮かび上がっています。山には強い風が吹いているようでした。時折、山肌で雪煙が湧き上がって、稜線をかすませます。

「これはどこの山だろう?」

 とフルートは考え込みました。世界中あちこちを旅した彼らですが、窓の大きさに切り取られた景色では全体が見えないので、場所の見当がつきません。

 ポポロも両手を頬に当てて困惑していました。

「雪景色ってことは、世界の北のほうなんだとは思うけれど……何も目印がないから、どこの山なのかわからないわね」

 二人は山脈にデビルドラゴンや闇に関係しそうな痕を探しましたが、山は白々と輝いているだけでした。目を惹く(ひく)ようなものは何もありません――。

 

 ゼンとメールが見た窓には、青暗い空間が映っていました。最初は夜空かと思ったのですが、そこへさっと虹色の光が射すと、雪が降りしきるような景色が広がりました。白いものが上から下へ、静かに降っていきます。

「雪原か?」

 とゼンが言ったとき、窓の下のほうから大きな丸いものがいくつも現れました。鈍い銀色のボールが、揺れながら上に向かって飛んでいきます。

 とたんにメールが声を上げました。

「わかった! これ、海の中だよ! それも深海の底さ!」

「海の中?」

 とゼンは驚いて目を凝らしました。言われてみれば、それは確かに海の景色でした。岩と白い砂におおわれた海底へマリンスノウが降りしきる中、地中から湧き出した泡が、海面目ざして揺れながら上っていくのです。

 と、彼らの目の前を巨大な魚が横切っていきました。頭には灯りをともした長い触覚があります。あたりを照らしていたのは、この魚の光だったのです。

「アンコウだよ」

 とメールが言ったとたん、魚は窓の前を通り過ぎてしまいました。海はまた暗くなり、泡もマリンスノウも見えなくなってしまいます……。

 

 ポチとルルは伸び上がって窓の中をのぞき、これといって目を惹くものがないと、すぐ次の窓へ走っていきました。そうやって次々に窓をのぞきながら話し合います。

「ワン、考えてみれば当然だったよね。真実ってのは世界に本当にたくさんあるんだもの、その真実を映す窓だって、ものすごくたくさんあるに決まっていたんだ」

「でも、これを見て回るのは、すごく重労働よ。せめて、どの窓を見ればいいかだけでも、教えてくれたらいいのに。目印とかないのかしら?」

「ワン、本当だね。こんなにたくさんあったら、真実に気がつかずに見逃すかもしれないもんね」

 けれども、ずらりと並ぶ窓は、どれもまったく同じように見えていました。どこに彼らの探し求める手がかりが映っているのか、さっぱりわかりません。

 そこへ、どこからか風が吹いてきました。二匹の犬たちの毛並みを揺らして、吹き過ぎていきます。

 ポチは、はっと顔を上げました。ルルも、くんくんと鼻を鳴らします。

「木と草の匂いよ……。それと、湿った霧の匂い。どこからするの?」

 二匹は周囲を見回しました。風が吹いてきた場所を探し、やがて行く手の窓のひとつに目をとめます。

「ワン、あそこだ!」

「どうして風が吹いてくるのよ!?」

 駆け寄ってみて、その理由はわかりました。他の窓には分厚い一枚ガラスがはまっているのに、この窓にはガラスが入っていなかったのです。風は窓の向こうから吹いてきました。一面緑の木々におおわれた山が、視界いっぱいに広がっています。霧を含んだ湿った風が運んでくるのは、むせかえるような植物の匂いです――。

 

 ポチとルルに呼ばれて、フルートたちはその窓に駆け寄りました。ゼンが矢筒から矢を引き抜き、窓の内側へかざしてみてから言います。

「うん、確かにこの窓は向こうとつながってるな。他の窓は全部ガラスが入ってるのによ。どういうことだ?」

 と今度は矢を引き戻して、矢の表面をじっくり観察します。普段は陽気で積極的なゼンですが、こういう場面では、がぜん慎重になるのです。

 その隣で、メールは目を閉じて耳を澄ましていました。

「風に乗って木々の声が聞こえてくるよ……。風に合わせて歌ってる。すごくのどかな声だ。危険なことは起きていないみたいだよ……」

「闇の匂いもしないわね」

 とルルも言いました。窓の向こうに広がっているのは、本当に穏やかで豊かな自然の景色です。

「でも、この窓だけにガラスがない」

 とフルートは言いました。深く考えるときの癖で、片手を口元に当てています。

「他の窓はみんな、ただの鏡のようだ。だけど、この窓だけは向こう側とつながっている――。きっと、この窓の向こうに真実の手がかりがあるんだ」

「この窓は透視が効くわ。でも、こうして見ていても、山が続いているだけで、特に変わりはないみたいよ……?」

 とポポロはまた困惑していました。この当たり前に見える景色のどこに手がかりがあるのか、わからなかったのです。

 すると、フルートがまた言いました。

「基本的に、鏡はその向こう側に行くことはできない。だけど、窓は二つの空間をつなげている。そして、こうすれば、向こう側に行くことだってできるんだよ――」

 フルートが窓枠に足をかけて身を乗り出したので、少女たちは悲鳴を上げました。ゼンが飛び出して捕まえます。

「馬鹿野郎、何があるかわからねえのに飛び込むな! ったく、そんな顔してるくせに、相変わらず無茶なヤツだな!」

「顔は関係ない。大事なのは隠されている真実を見つけ出すことだよ。窓のこっち側にいたら、それはできない。だったら、ぼくたちが向こう側に行くだけだ」

 フルートは、言い出したら絶対に変えない、あの頑固な口調になっていました。つかんだ窓枠を放そうとはしません。

 仲間たちは思わず大きな溜息をついてしまいました。どんなに止めてもフルートは窓の向こうへ行ってしまう、と確信したのです。

「おまえだけで行かせられるか、唐変木(とうへんぼく)め。俺たちも一緒に行くぞ」

 とゼンは渋い顔で言って、素早く自分たちの装備を確認しました。フルートは金の鎧兜に盾に二本の剣、自分は青い胸当てにエルフの弓矢にショートソード、少女たちや犬たちも、いつも通りの装備を身につけています。これだけ整っていれば、例え敵に襲われたとしても、切り抜けられるはずです――。

「行くぞ。気をつけろよ、みんな」

 とフルートは言って、窓枠を乗り越えました。向こう側の景色の中へ飛び込んでいきます。

「どの口で言いやがる、フルート! 一番気をつけなくちゃいけねえのは、おまえだろうが!」

 とゼンが文句を言いながら追いかけていきました。続いてメールが窓枠を越え、ポポロがそれに続きます。犬たちは走って窓の中へ飛び込みました。ポチは体が小さかったので、まず窓枠に飛びつき、後脚で石壁を蹴って越えていきます。

 

 とたんに、ざぁぁぁ……と雨のような葉ずれの音が彼らを包みました。むっとする湿った空気と、濃い緑の匂いが貼りついてきます。

 見上げるような木々が生い茂る森の中に、彼らはたたずんでいました――。

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