「ああ、うまかった! 腹一杯だ!」
ゼンはふくれた腹をなでながら、自分たちが寝泊まりしている客間に戻ってきました。焦げ茶色の髪に明るい茶色の瞳をした少年で、背は低いのですが、がっしりした体格をしています。
それに並んで歩きながら、メールが小言を言いました。
「ホントに、いいかげんにしなってば! ゼンったら、いつも一人で三人分以上食べてるよ! いくらポポロのお母さんが魔法で次々料理を出してくれるからって、そんなに食べたら太っちゃうじゃないか!」
こちらはゼンとは対照的な、痩せて背の高い少女です。鮮やかな緑色の髪を後ろでひとつに束ねていて、気の強そうな顔はびっくりするほど美人です。
「ゼンは太らないさ。毎日ずいぶんトレーニングしているもんな。あれだけ動いてれば、食べる量だって半端じゃないよ」
と言ったのはフルートでした。少し癖のある金髪に青い瞳の、少女のように穏やかな顔だちの少年です。体つきはゼンよりずっと細身ですが、それでも肩や背中は年頃らしく広くなり始めていました。以前はとても小柄だったのですが、今では背もだいぶ伸びて、メールに頭半分足りない程度まで追いついていました。
「フルートも最近よく食べるわよね……。あ、えっと、食べ過ぎてるとか、そういう意味じゃないんだけれど……」
ためらいながらそんなことを言ったのはポポロでした。赤いお下げ髪に宝石のような緑の瞳の、かわいらしい少女です。仲間たちの中では一番小柄ですが、こちらも年頃らしく、女性らしいふっくらした体つきになってきていました。
「ワン、フルートだってゼンに負けないくらい稽古をしてるし、なんと言っても、伸び盛りに入ってますからね。お腹もすきますよ」
と言ったのはポチでした。全身真っ白な小犬で、首に緑の石をはめ込んだ銀の首輪をつけています。
そうね、とルルがそれにうなずきました。こちらは長い茶色の毛並みの綺麗な雌犬で、青い石をはめ込んだ銀の首輪をしています。
「フルートはずいぶん背が伸びてきたと思うわよ。マモリワスレの戦いの頃から、なんとなくそう感じてたけど、この天空の国に来てから、また高くなった気がするわ。何センチ伸びたかしらね?」
「正確にはわからないけど、一年前に旅に出たときから比べると、七、八センチは伸びたんじゃないかと思うんだ。おかげで服がかなり窮屈になっていたんだけどね。ポポロのお母さんに新しい服を縫ってもらえて、すごく助かったよ」
とフルートは言って、着ていた服をちょっと引っぱって見せました。白いシャツに濃紺のズボンの、こざっぱりした恰好をしています。
「俺だって、まだ伸びてるぞ。フルートにかなわねえのは悔しいけどな。俺の服だってポポロの母ちゃんに作ってもらったもんな」
とゼンは薄茶色のシャツに暗い緑のズボンという恰好で胸を張って見せました。以前はフルートとまったく同じだった背丈は、今では頭ひとつ分くらいフルートより低くなってしまっています。
フルートは笑いました。
「君はドワーフなんだから、それでいいんだよ。背は低くたって、力はすごいじゃないか。そのうえ身長まであったら、人間のぼくの立つ瀬がないってば」
「なに言ってやがる。人一倍頭が切れるヤツがよ。おまえのその頭脳には、どんな馬鹿力だってかなわねえよ」
とゼンが言うと、メールが茶化しました。
「そうだよねぇ。単細胞なゼンには、フルートみたいな作戦はとても立てられないもんね」
「おいこら! 単細胞とはなんだ!? ここは、両方ともすごいって誉めるところじゃねえか!」
「そら、そういうところが単細胞なんだよ。フルートなら、このくらいのことじゃ怒り出さないよ。ゼンは一生かかったってフルートにかなわないよね」
「るせぇ! おまえ、それでも俺の婚約者か!?」
「なにさ、婚約者だから言ってあげてるんじゃないか! こんなこと、赤の他人は言ってくれないよ!」
ゼンとメールがだんだん口論のようになってきたので、フルートが仲介に入りました。
「まあ、いいから。せっかく満腹になって気分が良くなっているんだからさ。夜くらい静かに過ごそうよ」
穏やかな調子でなだめたのですが、ゼンには通用しませんでした。
「この野郎、誰のせいで喧嘩になったと思ってやがる!? 他人事みたいな顔してるんじゃねえ!」
「えぇ? 君たちが勝手に喧嘩してるんじゃないか! ぼくのせいにするなよ!」
フルートも反論して、三人での口論になってしまったので、ポチとルルとポポロは呆れてしまいます――。
ここは天空の国にあるポポロの家でした。
魔王になったリューラ先生の野望を阻止した事件から、すでに半月が過ぎています。その間、彼らはずっとポポロの家に滞在していました。天空王からデビルドラゴンを倒す手がかりを教えてもらえる約束になっていたので、それを待っていたのです。
途中で待ちきれなくなり、海に沈んだ大陸が闇大陸ではないかと考えて調査に行ったこともありましたが、結局そこに探す手がかりはなく、彼らはまた、じっと待つしかありませんでした。待っている間も、戦いに備えた準備は怠りませんでしたが、やっぱり退屈だったので、ちょっとしたことで今日のような口論が起きてしまいます。
ポチが溜息をついて言いました。
「ワン、まだ真実の窓は開けてもらえないのかなぁ。確かに、準備に時間がかかるって、天空王は言っていたけれど、それにしても、もうずいぶん待ちましたよねぇ」
「そうね。もう二週間以上だものね。そろそろお呼びがかかってもいい頃だと思うんだけれど」
とルルも言います。
すると、ゼンたちも口論をやめて話に加わってきました。
「なぁ、天空王が言ってた真実の窓ってやつだけどよ。そもそも、それってどんなものなんだ?」
「あ、それはあたいも聞いてみたかったな。真実の窓って、どんな窓? 天空城にあるのかい?」
とゼンやメールが尋ねてきたので、ポポロは答えました。
「あたしもよくは知らないの……。お城にある魔法の窓で、求める者に真実を見せてくれるって言われているんだけど、天空王様以外に、その窓の場所を知っている人はいないのよ」
「真実を見せてくれる窓か。それを使って、天空王は地上を見張っているのかな?」
とフルートが言うと、ポポロとルルは同時に首を振りました。
「違うと思うわ」
「地上を見るのに使われるのは、中庭の鏡の泉よ」
ポチは小さな頭をかしげました。
「ワン、そういえばルルは前にもその泉の話をしてたよね? そこを見張っていて、地上のぼくたちの危険を知ったんだ、って言ってたはずだけど」
「ええ、そうよ。鏡の泉は私たちが見たい地上の様子を映してくれる、魔法の聖域なの。この国にいる間は、ポポロも私もよくそこをのぞいて、あなたたちの様子を確かめていたわ。だから、あなたたちが危なくなったときには、ポポロと一緒に駆けつけられたのよ」
とルルが答えます。
ふぅむ、と一同はうなりました。地上を映す鏡の泉と、似て異なる存在なのが、真実の窓のようでした。いったいどんなものなんだろう……と考えます。
すると、そこへポポロのお父さんが部屋に入ってきました。短い銀髪に緑の瞳、天空の魔法使いを象徴する星空の衣を着ています。
お父さんは一同を見回して言いました。
「良かった、まだ起きていたね。たった今、天空王様からのお使いがやってきたよ。明日の朝、日の出の時刻に天空城を訪ねるように、ということだ。いよいよ真実の窓を開いてもらえるようだね」
一同は歓声を上げました。
「ほんとに!?」
「やった! ついにか!」
待ちに待ったその時が、ようやくやって来るのです。互いに手をたたき合って喜びます。
「明日の夜明けに天空城にですね。わかりました」
とフルートは言いました。やはり笑顔になっています。
すると、ポポロのお父さんは続けました。
「天空王様は、きちんと装備を整えて来るように、ともおっしゃっている。なにか危険の可能性があるのかもしれない。充分気をつけるんだよ」
心配するような声でしたが、フルートたちはまったく気にしませんでした。真実の窓を開けてもらえる。今度こそデビルドラゴンを倒す手がかりが見つかるかもしれない。期待で胸がふくらみます。
お父さんは、そんな彼らを心配そうに見つめ続けていました――。