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第19巻「天空の国の戦い」

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エピローグ 褒美(ほうび)

 すべての事件が終わり、天空城が以前の高さまで戻った翌日、フルートたちは天空城の庭園に集まっていました。天空王に、そこに来るように呼び出しを受けていたのです。フルート、ゼン、メール、ポポロ、ポチとルル、それにレオンとビーラーも一緒にいます。

 庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、柔らかな日ざしがその上に降りそそいでいました。あんなに恐ろしく激しい事件があったことが嘘のような、穏やかな昼下がりです。

 ゼンは庭園の腰掛けのような石に、あぐらをかいて座っていました。

「あれだけのことがあったのによ、町の連中はやっぱり何も気づいてなかったんだぜ。ちょっと大きな地震が何度かあったね、って言うだけで終わりだ。メールとあきれちまったぞ」

 朝のうち町に出かけていたゼンがそう話すと、メールも言いました。

「家のものが少し落ちて壊れたけど、そんなの魔法で直せたからなんでもなかった、って言うんだよ。ホントはこの国が地上と激突して、世界が粉々になるところだったのにさ。何も知らないのにもほどがある、って感じだよね」

 すると、レオンが言いました。

「この国の一般の人たちは、ここが空の上だなんて知らないからな。以前は、そんな彼らを馬鹿にしていたんだけれど、こうなってみると、むしろ幸せなんじゃないかと思ったりもするな。昨日、帰ってから父上に事件を話したんだけれど、驚いて取り乱して、落ち着かせるのがすごく大変だったんだ。この国の墜落しかけたときに、国中の人たちがそれを知っていたら、本当に、とんでもなく恐ろしい騒ぎになっていたぞ」

「でもさ、それでも本当のことは知っておくべきなんじゃないかと思うよ。いくら嘘のほうが優しかったとしたってさ。やっぱり現実はしっかり見つめなくちゃ」

 とメールが厳しい調子で言ったので、ゼンが肩をすくめました。

「渦王の鬼姫を基準にするな。世の中の連中みんながおまえみたいに潔くなれたら、世話ねえや」

「あれ、なにさ、ゼン。さっきまで言ってたことと、話が違うじゃないのさ」

「違わねえよ、馬鹿。本当のことに耐えられる奴だけが知ってりゃ、それでいいだろう、って言ってんだよ」

「馬鹿とはなにさ、馬鹿とは! ゼンこそ甘すぎるんじゃないのかい!? なんかフルートに似てきたよね!」

 二人の口喧嘩に自分が引っ張り出されたので、フルートは苦笑してしまいました。取りなすように言います。

「何はともあれ、事件は解決したんだから、それで良かったじゃないか。天空の国もロムドも他の国も、みんな無事だったんだし」

 ルルがそれにうなずきました。

「そうね。それに、私はやっとあの白い犬が見つけられたわ。すごく満足よ」

 と隣に座るポチをぺろりとなめたので、白い小犬はとても照れた顔になりました。思いきりのろけられた仲間たちは、はいはい、ご馳走さま、と苦笑いします。

 ビーラーだけは、またちょっとばつの悪そうな顔になりましたが、レオンが優しく首筋をなでてくれたので、すぐに尻尾を振り返しました。ビーラーは、ルルと恋人になることはできませんでしたが、代わりに信頼できる飼い主を見つけることができたのです。彼もそれで充分満足でした。

 そこへ庭園の遊歩道を通って天空王がやってきました。眼鏡をかけたマロ先生も一緒です。

「本当によく戦ってくれたな、勇者たち、レオン、ビーラー。そなたたちの活躍で、天空の国は守られた。天空の王として、心から感謝をするぞ」

 と天空王は一行に向かって言いました。正義の裁きを言い渡そうとするときの厳しさは、今はもうなくなって、穏やかな表情をしています。

 とたんに、おっとゼンが声を上げました。

「俺たち、前にもこんなことを言われたことがあるよな? 風の犬の戦いのときに。ひょっとして、今回もまた、ご褒美がもらえるのか?」

 あまりにも遠慮を知らない親友に、ゼン! とフルートはあせりましたが、天空王は笑ってうなずきました。

「それが人に持つことを許されているものであれば、だがな。そなたたちの望むものを言いなさい。それを、そなたたちの勇気と正義の褒美として与えよう」

 フルートたちは顔を見合わせてしまいました。ご褒美などまったく期待していなかったので、そう言われても、すぐには思いつきません。ゼンでさえ、腕組みして、うぅむ、と考え込んでしまいます。

 すると、ビーラーが口を開きました。

「ぼくもお願いをしていいんでしょうか、天空王様?」

「無論だ。何を望む?」

 と天空王が尋ねます。

「それでは――レオンを貴族にしてやってください。レオンはずっと前から、貴族になって、この国と天空王様のために働きたいと考えていました。どうか、レオンを貴族の仲間に加えてやってください」

 ビーラー、とレオンは驚きました。彼自身は、貴族の地位をご褒美に望むことなど、まったく思いついていなかったのです。

 すると、マロ先生も言いました。

「私からも、レオンを貴族に推薦いたします、天空王様。彼は勇者たちと共に戦うことで、貴族として最も大切なことを学ぶことができました。彼は確かに次期天空王の候補ですが、それにうぬぼれてリューラのように暴走することは、きっとないだろうと存じます」

 天空王はうなずくと、レオンやフルートたちに向かって話し出しました。

「天空の民が最も恐れなくてはいけないのは己(おのれ)――つまり、自分自身なのだ。思いのままに魔法を使うことができるだけに、自分を過信することが多いし、魔力が強い者ほど、往々にして他人を見下すようになる。こんなふうに偉そうに話す私自身も、実を言えば、若い頃には相当に傲慢(ごうまん)だった。ことによると、以前のレオン以上だったかもしれぬ。光に戒められて、今の私があるのだ……」

 天空王は、ふっとことばをとぎらせました。何故か懐かしむように、庭園に降りそそぐ日の光を見上げます。

 

 けれども、天空王はすぐにまた、レオンへ目を戻しました。穏やかな笑顔のままで言います。

「世界の安全と正義を守るために、貴族となって私に従いなさい、レオン。ビーラーには風の首輪を与える。風の犬となって主人を運び、危険から主人を守るように」

 とたんに、ビーラーの首に銀糸を編んだ首輪が現れました。はめ込まれている風の石は、ポチやルルとも違った、薄紫色をしています。ビーラーは尻尾を大きく振りました。ありがとうございました、と言って、レオンと一緒に深く頭を下げます。

 すると、マロ先生が言いました。

「レオンは、天空王様から命令を受けたときには、すぐ出動しなくてはならないが、それ以外のときには学校の生徒だ。まだまだ覚えなくてはならないことがあるんだから、授業もしっかり受けるんだぞ」

 いかにも教師らしい物言いに、ポチは首をかしげました。

「ワン、マロ先生はこれからもやっぱり先生を続けるんですか? リューラ先生はいなくなってしまったのに」

「そう、ぼくはこれからも天空城の学校の教師だ。なにしろ、今度はレオンの見張り役を天空王様から言いつかったからね。次期天空王候補が間違った方向へ行ってしまわないように、びしびし、しごかせてもらうさ」

 マロ先生が楽しそうにそんなことを言ったので、うわっ、とレオンは思わず首をすくめます。

 天空王はひとしきり笑ってから、またレオンに言いました。

「貴族になったそなたに、最初の命令だ。この天空城には、そなたたちが使った人形と、リューラが使った人形の、二体の戦人形が残されている。マロと一緒にこれらを消魔水の井戸へ運んで、過去の番人であるシーサーへ引き渡すのだ。――あの人形は、二千年前の戦いで恐ろしい破壊力を発揮した。あまりにも戦闘能力が高かったので、戦いが終わった後、魔力を打ち消す水の底に封印されたのだ。以来、人形たちはずっとシーサーに守られている。だが、これについても、占者王は予言をした。あの人形たちは、やがて来たる大いなる戦いの際に、井戸の底から解放されることになるだろう。それまでは、眠らせておかねばならぬのだ」

 レオンは真剣な顔になりました。

「わかりました、そうします」

 と今度はマロ先生と一緒に頭を下げます。その後ろの植え込みの陰には、彼の戦人形が隠してありました。今はもう戦闘を終えて、ただの彫像のように木陰に立っています――。

 

 次に、天空王はフルートたちへ目を移しました。勇者の一行の顔を一人ずつ眺めながら言います。

「さて、そなたたちは褒美に何を求めるか決まったか?」

 フルートたちは即座にうなずきました。戦人形の話を聞いているうちに、彼らが一番望んでいたものを思い出したのです。全員を代表して、フルートが言います。

「ぼくたちは、デビルドラゴンを倒す方法を知りたいんです。願い石に願わずにあいつを倒せる方法を――。そのための手がかりがこの国にあるならば、それを教えてほしいと思います。それが、ぼくたち全員の望みです」

 フルートの両脇で、仲間たちがまた大きくうなずきました。彼らはそれを求めて、はるばるこの天空の国までやってきたのです。

 天空王は、何かを確かめるように彼らを見つめてから、また静かに口を開きました。

「この天空の国でも、願い石と聖守護石と人の三位一体(さんみいったい)の手段以外に、闇の竜を倒す方法は発見されていない。だが、そなたたちが手がかりと呼ぶものの糸口は、おそらく、この国の中で見つけることができるはずだ。――そなたたちのために、閉じられていた真実の窓を開いてやろう。それが、そなたたちへのご褒美だ」

 天空王のことばにメールやルルは歓声を上げ、ゼンは、やった! と両手を拳に握りました。ポチは尻尾を振り、ポポロは目を輝かせます。

 フルートは天空王へ一礼しました。

「ありがとうございます」

 と言ってから、緊張した顔でまた天空王を見上げます。自分たちがこれから、とても特別な対応を受けるのだ、と王のことばから感じ取ったのです。

 天空王は話し続けました。

「閉じられていた窓を開くためには、相応の時間が必要になる。しばし待ちなさい、勇者たち。準備が整ったら、そなたたちをまた天空城に呼ぼう」

 はい、とフルートたちは答えました。次の瞬間、わっと寄り集まると、口々に言い合います。

「やったな! ついにだぞ!」

「とうとう手がかりが見つかるんだね!」

「ワン、きっとこれでフルートが光にならずにすみますよ!」

 フルートは、そんな仲間たちへ言いました。

「必ずデビルドラゴンを倒す方法を見つけるぞ。必ずだ。そして、世界中を闇から守ろう」

 おう! と仲間たちは答え、肩をたたき合いました。まるでもう手がかりが見つかったような喜びようです。

 そんな一行を見て、ビーラーが言いました。

「彼らなら、本当にやるような気がするな……。本当に闇の竜を倒す方法を見つけて、撃退するんじゃないだろうか」

「きっとするさ。その時には、ぼくだってまた彼らに協力するからな。いいや、天空の国の貴族全員がきっと協力するはずだ」

 とレオンが言います。

 張り切る少年少女や犬たちに、マロ先生も満足そうにうなずいています。

 

 天空王は一人、空を見上げると、そっと祈るようにつぶやきました。

「彼らに守りを……ユリスナイ」

 空を飛び続ける天空の国へ、日の光は音もなく降りそそいでいました――。

The End

(2012年10月20日初稿/2020年4月9日最終修正)

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