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第19巻「天空の国の戦い」

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94.真の天空王

 天空の国が空へ浮上を始めたので、フルートたちは心底ほっとしました。

 気が抜けたように、ゼンがその場に座り込みます。

「ったく、どうなることかと思ったぞ……。絶好のタイミングで来たよな、天空王」

 ドワーフは自分たちの王を持たないので、偉大なる天空王に対しても敬語など使いません。マロ先生が顔色を変えますが、天空王は気にする様子もなくそれに答えました。

「我々はここに近い場所で闇の竜が仕掛けた罠を排除していた。まったく予定になかった場所に、突然天空の国が出現したので、驚いて駆けつけたのだ。だが、これは完全な偶然というわけでもないだろう」

「というのは?」

 とフルートは聞き返しました。地上の人間ならば神々しくて見上げることもできない天空の王を、彼らは平気で見つめています。

 天空王は空と海を映す二つの壁を示しました。

「その壁は『助けの壁』と言われている。天空の国に何事かあったときには海がそれを助け、海に何事かあったときには天空の国がそれを助けるという、古(いにしえ)の約束を表しているからだ。だが、実はこの壁は、天空の国が地上に災いをなしそうになったときに伝説の勇者を助けるだろう、という古い予言も担っていたのだ。これを予言したのは、占者王とも呼ばれた、かつての天空王だ。占者王は予言に基づいて、その時が来たら伝説の勇者たちを助けるように、と壁に命じた。その日から、壁はずっと海のこの場所を映し続けている。占者王は非常に優れた力を持っていたから、おそらく、その時にこの場所の近くに我々がいることを、占いで知っていたのだろう」

 え? と一同は目を丸くしました。メールが聞き返します。

「じゃあ、なにさ、フルートが天空の国を海に移せ、って言ったのも、ポポロが魔法でそれをやりとげたのも、全部予言の通りだったってわけ? 昔の天空王が作戦を立てて、そうなるようにここに魔法をかけておいたって言うのかい?」

 かなり不満そうな声でした。これだけ彼らが必死にがんばったのに、それは全部計画されていたことだった、と言われたような気がしたのです。

 天空王は穏やかに首を振りました。

「そうではない。予言というのは、そういう力を持っているものではない。ただ、占者王は何百年も前に、今のこの出来事を占いを通じて見ていたのだろう。そして、その手助けになるように、この壁に力を与えておいたのだ。いくらポポロでも、たった一人の力でこの国を海上へ移動することは不可能だったはずだ。壁が力を貸したのだよ」

 フルートはうなずきました。確かに、ポポロは誰かが自分に力を貸してくれた、と言っていたのです――。

 

 すると、ポポロのお父さんが進み出て、天空王へ言いました。

「我々はこの場所も壁の絵もよく知っていましたし、伝説の勇者がこの国を救いに来るという予言も存じていました。ですが、壁に関する古い占いはまったく聞いたことがありませんでした。何故なのでしょうか?」

 ポポロのお父さんは昔、天空王に仕える貴族でした。天空王へ話すことばの端々には、なんとなくそれらしい雰囲気が漂っています。

「代々、天空王だけに伝えられる予言だったからだ。もし、リューラがこの予言を知っていたら、絶対にこの場所へ勇者たちを招き入れたりはしなかっただろう。我々は古(いにしえ)の時代に助けられている」

 と天空王は答えると、口調を変えました。穏やかな声から非常に厳しい声になって、運行局の中へ呼びかけます。

「出てくるがいい、リューラ! 裁きの時間だ! 正義に基づいて、罪のあがないをその身に受けよ!」

 天空王は正義の王でもあります。急に近寄りがたい雰囲気を感じるようになって、一同は大きく退きました。ゼンもあわてて立ち上がって、フルートと一緒に下がります。

 代わりに天空王の前に現れたのは、魔法の戒めで縛られたリューラ先生でした。その顔にはゼンに殴られた痕が生々しく残っています。

 ところが、リューラ先生は天空王を見たとたん、怒りに顔を歪めて言いました。

「現れたな、成り上がりの偽天空王め! 私からこの国を奪い返すつもりか!」

「この国は元からおまえのものではない、リューラ。だが、同時に、私のものでもない。天空王とは、世界の安全と正義を守るために、この国と住人を導いていく役目の者を言う。決して支配者なのではない。おまえは大きな思い違いをしている」

 けれどもリューラ先生は考えを変えませんでした。小さな体でかみつくようにどなり続けます。

「黙れ、偽善者め! 貴様が口でなんと言おうと、貴様がこの国を強奪した事実は変わらん! そうだ、天空王の座は私に約束されていたのだ! 幼い頃からずっと――貴様が天空城にやってくるまで、ずっとな! その私が何故、学校の副長などという、みじめな地位で甘んじなければならない!? 真の天空王は私だ! この国を私に返せ!」

「何言ってんだい! この国を地上に落として、粉々にしようとしてたくせにさ!」

 とメールが横から言い返すと、リューラ先生はすさまじい目でメールをにらみました。魔法を使おうとしたようでしたが、とたんに、ばちりと音がして、戒めの上で火花が散りました。リューラ先生の魔法は戒めに封じられているのです。

 天空王がまた言いました。

「他の者に危害を与えることは許さぬ。我々の魔法は、そんなことのためにあるのではない」

「黙れ、リグト! 貴様にそんな偉そうなことは言わせんぞ! 貴様の両親は貴族でもなかった! 偶然、力が強く生まれて、親に恐れられて天空城へ引き取られてきた、見捨てられ子だったくせに!」

 リューラ先生は天空王の名を呼び捨てにして、ののしっていました。怒り任せに暴きたてた天空王の過去に、フルートたちは驚いてしまいます。

 レオンは、以前の自分の考え方に近いものをリューラ先生のことばに感じ取って、顔をしかめました。痛みでも感じたように、自分の胸を押さえます……。

 

 天空王はどんなにけなされても、まったく動じませんでした。冷静に相手に言います。

「おまえは裁きを受けねばならぬ、リューラ。己の怨念に無関係の人々を巻き込んで殺そうとしたことは、何より重大な罪なのだ。罪はあがなわれなくてはならない。正義の天空王として言い渡す。自分の犯した罪の報いとして、おまえは――」

 ところが、王が判決を言い渡すより早く、リューラ先生はまた言いました。

「黙れ、偽天空王! 真の天空王は私だ! 来い、人形!! この世界を強奪しようとする偽天空王を、真っ二つにしろ!!」

 リューラ先生が突然そう周囲へ呼びかけたので、フルートたちは、ぎょっとしました。一連の騒ぎで忘れてしまっていましたが、戦人形はまだこの場所にいたのです。

 たちまちリューラ先生と天空王の間に青い人形が姿を現しました。リューラ先生の命令通りに、刃になった腕を振り上げます。どんな魔法もすべてはね返してしまう、きわめて危険な人形です。

「危ない!」

「天空王様を守れ――」

 フルートは剣を抜いて飛び出し、レオンは自分の戦人形に呼びかけました。赤い人形がレオンたちのすぐそばに現れます。こちらの人形は、青い人形からぼくたちを守れ、というレオンの命令をずっと遵守(じゅんしゅ)していたのです。

 けれども、人形の動きは素早すぎました。フルートが駆けつけるよりも、レオンが新しい命令を言い終わるよりも早く、青い人形は振り上げた刃を勢いよく振り下ろしていました。血しぶきが上がり、大きな悲鳴が響き渡ります――。

 

 フルートたちは立ちすくみました。

 メールが、うわっと叫んで、隣にいたゼンにしがみつき、ポポロのお母さんもお父さんに抱きついてしまいます。

 悲鳴は天空王のものではありませんでした。光と正義の王は、まったく無傷でホールに立っています。

 青い戦人形が刃を振り下ろしたのは、リューラ先生の頭の上でした。真っ二つにされた体から絶叫がほとばしり、血しぶきをまき散らしながら床に倒れていきます――。

 誰もが呆然とする中で、マロ先生が顔を歪めて言いました。

「愚かな命令を……リューラ。この世界を強奪しようとした偽天空王は、おまえ自身だったはずだろう」

 命令を遂行し終えた青い人形は、床に倒れたリューラ先生の前で、すべての動きを停めていました。もうリューラ先生の絶叫は聞こえません。青かった人形の体が白くなり、六つの目が音もなくまぶたを閉じていきます。

 すると、壁画の前にいたポポロが、不安そうな声を出しました。

「今の悲鳴はなに……? 何があったの……?」

 力を使い果たして横たわっていた彼女からは、リューラ先生に起きた惨劇がよく見えなかったのです。

 フルートはとっさに身をひるがえすと、ポポロに飛びついて、自分の体とマントで血まみれの場面を隠しました。

「見なくていい……! もう終わったんだ。何もかもが、全部終わったんだよ……」

 ポポロを包み込むように抱きしめて繰り返すフルートの上で、壁画はまた、青空の中を飛ぶ天空の国を映し出していました――。

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