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第19巻「天空の国の戦い」

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93.海

 ポポロが二度の魔法を同時に使ったとたん、彼らの足元はまた激しく揺れました。誰もが立っていられなくなって床に倒れます。塔の内外のいたるところから、何かが崩れ落ちる音が聞こえてきます……。

 けれども、それはすぐに収まりました。地震のような揺れが止まり、崩れる音も聞こえなくなって、周囲が落ちつきを取り戻していきます。

 運行局のホールにいた一同は立ち上がり、呆然と壁を眺めました。片方の壁から、天空の国は消えていました。青空と白い雲だけが広がっています。そして、その反対側の壁では、広い海原に大きな影を落としながら、天空の国が宙に浮いていました。天空の国が、空から海の上へと移動したのです。

 すると、ポポロがその場に崩れるように倒れました。

「ポポロ!」

 お母さんやマロ先生が驚いて飛んできましたが、それより早くフルートが駆けつけて、少女を抱き起こしました。

「ポポロ、しっかり! 魔法は成功したよ、ありがとう!」

 ゆすぶって声をかけると、ポポロは目を開けました。力のない声で言います。

「あたしの魔法だけじゃないわ……。どこかから力が来て……あたしを助けてくれたのよ……」

 それだけを言うと、目を閉じて、ぐったりとフルートの胸に寄りかかってしまいます。

「力を使い果たしたんだな」

 とマロ先生は言って、それにしても――と壁を振り向きました。天空の国は、まれに必要に迫られて一瞬のうちに場所を変えることがあります。魔法の力で移動するのですが、それには非常に大勢の優秀な魔法使いが必要でした。何十人もの貴族が力を合わせて、ようやく国全体を別の場所へ移せるのです。それをたった一人でなしとげてしまったポポロには、唖然とするしかありませんでした。

 お母さんはかがみ込み、フルートからポポロを渡されると、そっと抱きしめました。

「よくやったわね、ポポロ……偉いわよ……」

 と娘の赤い髪を何度もなでます。

 

 メール、ポチ、ルル、それにレオンとビーラーは、壁の前に立って、海へ落ちていく天空の国を見つめていました。天空の国は場所を移動しただけで、相変わらず高度を下げ続けていたのです。大海原が近づいていました。白い波が前よりはっきり見えるようになっています。

「このまま海へ落ちたらどうなるんだ? この国は海に沈んでしまうんだろうか?」

 不安そうに尋ねるビーラーに、レオンが答えました。

「いいや、多分大丈夫だ――。この国は内部に大きな空洞があって、見た目よりも軽いんだ。空洞が浮き袋になって、海の上に浮かぶはずだよ」

 フルートは、ただロムドや地上を守りたい一心で、天空の国を海へ移すように言ったので、レオンの話に、とても安心しました。天空の国は大海の浮島になるのです――。

 ところが、メールが震える声で言いました。

「ダメだよ……」

 仲間たちはメールを振り向いて驚きました。メールはまだ真っ青な顔をしていました。大声で運行局へ呼びかけます。

「ゼン! 早く来て! このままじゃ海が――!」

 なに!? とゼンがホールに飛び出してきました。海原の上へ移動した天空の国に目を丸くして驚き、次の瞬間、やはり顔色を変えます。

「この国はまだ落ちてるんだな? やべぇぞ! こんな馬鹿でかいもんが海に落ちたら、大波が起きるじゃねえか! 波は海の上を走っていくから、海岸は大津波だぞ!」

 他の者たちもようやくその危険性に気がつきました。海に落ちれば安全、というわけではなかったのです。フルートたちは、カルドラ国の港街を襲った津波を思い出して、身震いをしました。あの大波が海の周辺の場所へ襲いかかれば、とんでもない大惨事が起きます……。

「ワン、この国の墜落を止めないと!」

 とポチが言ったので、ルルが言い返しました。

「どうやって!? 運行局は石になっているのよ!」

 フルートは真っ青になって仲間たちを見回しました。ポポロはもう魔法を使い切っています。レオン、マロ先生、ポポロのお母さんは魔法を使えますが、その彼らが力を合わせても、墜落を止めることは不可能です。どうすれば良いのか、ついにフルートにもわからなくなってしまいます。

 海原が天空の国に迫ってきます――。

 

 すると、ホールの中に突然、まったく違う人物の声が響きました。

「フレア! ポポロ! マロ――! いったい何事なんだ、これは!?」

 彼らのすぐ近くの場所に姿を現したのは、短い銀髪に緑の瞳の、ポポロのお父さんでした。カイ!? とお母さんとマロ先生が驚きます。

「どうしてここに!? どうやって知ったんだ!?」

 とマロ先生に聞かれて、ポポロのお父さんは答えました。

「天空の国が突然近くに現れたから、ぼくたち全員がそれを感じたんだよ。ここに来てみると、国が墜落しているじゃないか! 本当に、何がどうしたって言うんだ!?」

 ぼくたち全員? とマロ先生は聞き返しました。急いで周囲を見回すと、そこには次々と人が現れてくるところでした。黒い星空の衣を着た大勢の男女です。その足元には銀の首輪をつけた犬が一匹ずつ従っています。

「天空王様の親衛隊だ!」

 とレオンが驚きました。天空王のすぐそばに付き従う、特に強力な貴族たちです。

 すると、その真ん中に銀の光が湧き上がって、背の高い男性が姿を現しました。黒い星空の衣を着て、頭に金の冠をかぶり、光そのもののような銀の髪やひげをした天空王です。

 天空王は青ざめている一同を見回し、壁に映し出された天空の国と海を見てから、運行局を振り向きました。そこがすべて石に変わっているのを見て顔色を変えます。

「私が留守にしている間に何があったというのだ!? これは誰のしわざだ!?」

 普段穏和な天空王には珍しい、非常に厳しい声でした。すぐさまマロ先生が飛んでいって、王の前にひざまずきます。

「リューラのしわざです、天空王様! 闇に心を奪われて魔王になり、勇者たちの助けで闇の竜を追い払った後も、闇に留まり続けて、この国を地上へ落とそうとしたのです。ポポロがこの国を海の上まで運びましたが、これ以上、国の落下を止めることができずにおりました。申し訳ございません――!」

 マロ先生の正体は、天空王の命令でリューラ先生を見張る秘密警察です。その役目を遂行できなかったので、平身低頭して王に詫びています。

 天空王は厳しい顔のままうなずくと、真っ青になっているフルートたちを見て言いました。

「我々はまた、そなたたちに非常に助けられたようだな。安心するがいい。この国は地上にも海にも落ちることはない。――いくぞ!」

 天空王の最後のことばは、共にいる貴族たちへ言ったものでした。たちまち貴族たちが運行局へ走ります。

 危ない、石化の魔法が……! とフルートたちが言いかけると、天空王が入口へ手を向けました。呪文と共に銀の光が運行局へ飛び込んでいきます。

 とたんに砕けるような音が響き渡り、石になっていた人々がすべて元に戻りました。中央の装置も、石化の魔法から解放されます。それはいくつもの大きな美しい石を魔法と金属でつなぎ合わせた、巨大な仕掛けでした。輝きと力を取り戻して、きらめきながら動き始めます。

 天空王は、生身に戻った運行局の担当者へ言いました。

「この国は海へ墜落しようとしている! ただちに方向転換! 国を空へ浮上させよ!」

 はいっ! と担当者たちは返事をして、いっせいに中央の装置に飛びつきました。天空の国の進行方向を変えようと、忙しく働き始めます。

 天空王は続いて貴族たちにも命じました。

「国をこの高さから浮上させるには大きな力がいる! 彼らに力を貸すのだ!」

 貴族たちも承知して運行局に飛び込み、担当者の元へ駆けつけました。担当者の指示に従って、それぞれの魔力を装置へ送ります。

 

 フルートたちはホールの壁をまた振り向きました。

 青い海原の上、天空城をいただく空飛ぶ国は、ゆっくりとまた空へ浮上を始めていました――。

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