天空の国を地上へ落とす。
マロ先生のことばに、フルートたちは呆然としました。あまりのことに、とっさには誰も何も言えません。
けれども、ポポロのお母さんが反論しました。
「そんなことはできないはずよ!? それに、運行局は何重にも安全魔法で守られていて、大勢の担当者がいつも当直しているじゃない!」
「リューラは魔王になっている間に、この塔を支配していた! きっと、その間に何か仕掛けをしていたんだ!」
とマロ先生は言いながら、扉へ突進しました。運行局に飛び込もうとしたのですが、扉は開きませんでした。マロ先生が手を触れただけで、先生を弾き返してしまいます。
「ケラーヒ!」
とレオンは即座に扉を開放する魔法を繰り出しました。結界から元の世界に戻ってきたので、レオンの魔力もだいぶ回復していたのです。ところが、扉はやはり開きませんでした。レオンの魔法もはね返されてしまいます。
「運行局の守りの魔法だ! こんなところだけ生かしておくとは……!」
とマロ先生は歯ぎしりしましたが、どうすることもできません。
すると、フルートが扉の前へ進み出ました。抱えていた兜をかぶり直すと、扉に向かって言います。
「ぼくたちは天空の国のどこへでも出入りを許されている! ここを開けてくれ!」
とたんに扉が動き出しました。分厚い扉が音もなく左右に開きます――。
扉の向こうの運行局は真っ暗でした。相変わらず足元は大きく揺れているのですが、部屋の中は妙に静まり返っています。フルートは入口に立ったまま、左手に握ったペンダントを突き出しました。
「光れ!」
と叫びます。
金の石も結界の外に出て、また普段の力を取り戻していました。金の光を放って、扉の向こうを照らします。
すると、灰色の世界が現れました。部屋の真ん中に複雑につながり合った大きな物体があり、その周囲には大勢の人が立っているのですが、それらはすべて石でできていたのです。ペンダントに照らされて、淡い金色に染まります。
フルートは顔を歪めました。中へ飛び込もうとする仲間たちを抑えて言います。
「石になる魔法がかけられたんだ……。運行局の人たちがみんな石像になっている」
ゼンたちはぎょっとして、マロ先生を振り向きました。
「俺たちも入ると石になるのか!?」
「中に入れないわけ!?」
すると、ポポロのお母さんが言いました。
「ええ、石化の魔法はまだ部屋の中で続いているわ。踏み込んではだめよ……。でも、天空の国を動かしている装置まで石にされているなんて。こんなことが可能だったの……?」
自分の目が信じられない、と言いたそうに、部屋の中央の大きな物体を見つめます。
「ワン、あれが天空の国を飛ばしているの!?」
「あれが石になったせいで、天空の国は墜落するんですか!?」
とポチとフルートも口々に尋ねると、マロ先生がうめくように言いました。
「あれが石にされただけでは、天空の国は落ちない……。この国は始まりの時から、大いなる魔法の力で空に浮いているから、その魔法が失われない限り、空から落ちることはない。あの装置は国が進む方向を決めるためのものだ。リューラは、この国の進路を地上のどこかへ定めた後で、変更できないように装置を石に変えたんだ。装置を動かす担当者たちと共に……」
全員はまた部屋の中を見渡しました。ざっと見ただけでも二、三十人の人々が石になっています。誰もが驚きや恐怖の表情で、中央の装置へ駆け寄ろうとしていました。進路を変えられた装置を直そうとして、装置もろとも石に変えられたのです。
「この国はどこに向かっているの!?」
とルルは言いました。外の様子を確かめたいと思うのですが、運行局にも、彼らが立っているホールにも、窓はひとつもありません。
あっと急に声を上げたのはポチでした。ホールに駆け戻り、壁に描かれた天空の国の絵を見て言います。
「ワン、絵が変わっている……! さっきは空と雲しかなかったのに!」
ポチが見つめていたのは、壁画の左下の隅に現れた景色でした。何層にも雲が重なり合っていた隙間から、山脈がのぞいていました。雪に白くおおわれた山々には、青い稜線がくっきりと浮き上がっています。
それを見て、ルルが叫びました。
「あれはミコン山脈よ! 間違いないわ!」
ミコン――? とフルートたちはまた驚きました。地上の中央大陸を西から東へ走っている、巨大な山脈です。彼らは何度もそこを越えました。
壁画の中で、天空の国の姿と大きさは変わらず、ただ地上の風景だけが音もなく変わっていました。雲の切れ間が徐々に広がり、白い山脈がいっそうよく見えるようになってきます。
「この絵は現実の様子を映しているんだ。今、天空の国は本当にこういう場所を飛んでいる」
とマロ先生が言いました。国の行き先を確かめるように、遠い目になっています。
すると、ルルがまた言いました。
「これはミコンを南東側から見ている景色よ! ここはテトの国の上あたりだわ!」
天空の国から地上までポポロを乗せて何度も飛んでいるルルです。地上の風景の見極めには自信があります。
彼らが見つめているうちに、壁画の山脈はさらに近づいてきました。天空の国が不安定に揺れながら白い雲の中に突入します。とたんに、彼らが立つ塔も激しく揺れました。犬たちは床に爪を立てて身を伏せ、人間たちは大きくよろめきます。
「天空の国は南東からミコン山脈に近づいてる――! このまま進んだら、どうなるんだ!?」
悪い予感をひしひしと感じながら、フルートは尋ねました。オマエガナスベキコトハ、スデニオマエニ告ゲテアル。デビルドラゴンがリューラ先生に言ったことばが、また思い出されます。
すると、ポチが言いました。
「ワン、この角度で降下していけば、この国はきっとミコン山脈を越えます! その先にあるのは――ロムドです!」
フルートたちは絶句しました。デビルドラゴンが本当の目的にしていたことが、彼らにはわかってしまったのです。全身に鳥肌がたちます。
「この国は地上に向かっているんですか!? 地上に落ちたらどうなるんですか!?」
とレオンがマロ先生に尋ねていました。
「この国が地上を押しつぶしてしまうんですか!?」
とビーラーも尋ねます。
すると、別の声がそれに答えました。
「そんな生やさしい結果ではすまないよ。この国は空を相当の速さで飛んでいる。その速度のまま地上に突っこむのだから、地上は木っ端(こっぱ)みじんになるし、衝突した場所では高熱が発生して、爆発も起きる。突然、超巨大な火山が爆発するようなものだ。猛烈な火と煙が世界中に広がって、人々は苦しみながら死ぬんだよ――」
暗い運行局の中にリューラ先生が立っていました。闇の竜が去ったので、元のとても小柄な姿に戻っています。頭が半ば禿げた丸顔も、とても穏やかな表情ですが、その姿で恐ろしい未来を予言します。
「リューラ、今すぐこの国を止めろ!!」
とマロ先生が運行局の入口へ走りました。リューラ先生へ魔法を繰り出そうとします。
すると、それより早く、リューラ先生が短い呪文を唱えました。
「セエカ」
とたんにマロ先生は何メートルも吹き飛ばされ、天空の国が映る壁にたたきつけられました。そのまま動かなくなったので、マロ! とポポロのお母さんが叫んで駆け寄ります。
「この野郎!!」
「何考えてんのさ!? そうなったら、この天空の国だって、国の人たちだって、ただじゃすまないんだよ!?」
とゼンとメールがわめきましたが、リューラ先生は少しもあわてませんでした。
「それがどうかしたかね? 私を真の天空王と認めない国や人など、存在している意味はない。私のものにならないのなら、いっそ地上もろとも壊れてなくなってしまえばいいんだよ」
穏やかに、あくまでも穏やかに、ほほえみさえ浮かべて、リューラ先生はそう言いました――。