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第19巻「天空の国の戦い」

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第30章 運行局

90.ホール

 戦いは終わりました。

 デビルドラゴンは金の石の光を浴びて去り、魔王だったリューラ先生は、元の小柄な姿に戻って倒れていました。気を失っているのか、まったく動きません。

 そこから少し離れた床の上には、フルートとポポロが倒れていました。フルートはまだポポロを抱き続けています。そこへ仲間たちが駆けつけてきました。

「この大馬鹿野郎の唐変木! ほんとに何度俺たちに同じ心配をさせれば気がすむんだ!?」

「そうだよ! ポポロがいなきゃどうなってたと思うのさ!?」

 ゼンとメールがフルートを叱りつけます。フルートは兜が脱げた頭で首をすくめて、ごめん、と謝りました。ポポロを抱いたまま身を起こすと、そこにポチとルルが飛びついて、フルートの顔を夢中でなめます。

 そんな一行の様子を見ながら、マロ先生が言いました。

「どうやら、フルートは本当に自分の中に願い石を持っているらしいな。破滅覚悟で我々を助けようとして、ポポロに助けられたんだ」

「願い石を……」

 とレオンはつぶやきました。かなわぬ願いをなんでもひとつだけかなえるという魔石の話は、レオンも聞いていました。その石が、願い事の代わりに、願った人物を死ぬよりつらい破滅に追い込むのだという事実も――。

 すると、ビーラーが言いました。

「彼らはずっとああしてフルートを守り続けてきたんだな。フルートは世界を守る勇者だけど、彼らはその勇者を守る者たちなんだ」

 言ってから、そっとレオンの背中に体をすりつけます。彼らがフルートを守る者たちであるように、ビーラーはレオンを守る犬なのです。

 

 すると、マロ先生の首のまわりから、急に鈍色の首輪が消えていきました。魔王がいなくなったので、闇の首輪が消滅したのです。

 床に寝かせられていたポポロの母親の首からも、同じ首輪が消えていきました。マロ先生が揺すぶると、すぐに目を覚まします。

「ああ、マロ……」

 お母さんはほっとしたように言ってから、すぐに跳ね起きました。

「あの子たちは――!? 闇の竜はどうなったの!?」

「もう大丈夫だ、勇者たちがリューラから追い払った。ポポロが大活躍だったよ。普段はとても涙もろいのに、いざという場面では信じられないくらい強い。君の若い頃にそっくりだな、フレア」

 かつて仲間だったマロ先生からそんなふうに言われて、お母さんは、あら、と言いました。

「私、昔はそんなに泣き虫だったかしら?」

「すごかったさ。君が泣くたびにみんなで困って、リーダーのカイを慰めに行かせたんだ。そのおかげで、君たちは恋人同士になって結婚したんだけれどね」

 とマロ先生が笑います。普段の生真面目そうな顔からは想像がつかないような、穏やかな笑顔です。

 そこへ、ポポロとルルが駆けてきました。お母さん!! と言って母親に飛びつき、ポポロはまた泣き出してしまいました。お母さんの無事な姿に安心したのです。お母さんが、一人と一匹の娘たちを優しく抱きしめます。

 フルートたちもやってきました。まだ座り込んでいるレオンと手をたたき合います。

「やったな!」

「よう、お疲れ!」

「天空の国を守りきったね!」

 誰もが笑顔になっていました。もちろんレオンも笑顔です。

 ポチはビーラーへ尻尾を振って言いました。

「ワン、一段落したら、あなたのお父さんに会わせてくださいね。ぼくのお父さんのことを、いろいろ聞いてみたいから」

「いいとも」

 とビーラーは勇敢な従兄弟へ尻尾を振り返しました。この二匹も、今ではもうすっかり仲良しです。

 運行局のある塔のホールは、なごやかな空気でいっぱいになります……。

 

「さて、あとは――」

 とマロ先生は後ろを振り向き、たちまち、ぎょっとした顔になりました。ホールには石の床が広がっていますが、そこに倒れているはずの人物が、いつの間にか消えていたのです。

「リューラがいないぞ!!」

 とマロ先生は叫びました。フルートたちもいっせいに振り向き、あわてて周囲を見回しました。リューラ先生の小柄な姿はどこにも見つかりません。

「逃げたんだよ!」

「ちくしょう、いつの間に!?」

「レオン、ポポロ、探すんだ!」

 とフルートは言いました。リューラ先生はデビルドラゴンに非常に深く心身を乗っ取られていました。竜が去っていった後も、まだ心に闇の影響を受けている可能性があります。

 レオンは跳ね起き、ポポロと一緒に遠いまなざしになりました。城の内外にリューラ先生を捜し始めます。

 すると、リューラ先生が倒れていたあたりを見ていたお母さんが、マロ先生に言いました。

「あそこに足跡が残されているわ。リューラかもしれないわよ。あなたの能力で後を追えるんじゃない?」

「なるほど」

 マロ先生はその場所へ駆け寄り、床に手を触れました。そのまま、じっと床を見つめます。その様子をお母さんとフルートたちが見守ります。

 すると、マロ先生はゆっくりと視線を動かし始めました。何かを追うように床の上を眺めていきます。

「逃げる足跡を見つけたな」

 とゼンがつぶやきました。マロ先生は、ゼンたち猟師が獲物の足跡を追いかけるときと同じ表情をしていたのです。

 やがて、先生は顔を上げました。そこにはホールの一番奥の扉がありました。先生が顔色を変えます。

「リューラはこの中だ! 運行局にいるぞ!」

 フルートたちも青くなりました。運行局は、天空の国の進路を決めていく、城で最も大切な場所です。ポポロやレオンはとっさに魔法使いの目を使おうとしましたが、扉の向こうを見ることはできませんでした。運行局は特別な魔法で守られているので、透視することができなかったのです。

「あの野郎、ここで何をするつもりだ!?」

 とゼンがわめく横で、フルートは先ほど聞いたデビルドラゴンのことばを思い出していました。

「オマエガナスベキコトハ、スデニオマエニ告ゲテアル。闇ノチカラヲ求メルナラバ、ソレヲ遂行スルガイイ」

 闇の竜は、リューラ先生に向かってそう言ったのです――。

 

 すると、彼らの足元が突然大きく揺れました。床がいきなり斜めになり、またすぐに水平に戻って激しく震えます。

「地震だ!」

 とメールが言ったので、フルートは即座に答えました。

「ありえない! ここは空の上なんだぞ!」

 ということは……? と一同はまた周囲を見回しました。再び塔が大きく揺れ、扉の向こうの運行局からは何かが崩れるような音が聞こえてきます。

「揺れてるのはこの塔だけじゃないわ! お城全体が――ううん、国中が揺れているわよ!」

 とポポロが魔法使いの目を使いながら言いました。

「ワン、空の上の国に地震なんてあるわけないのに!?」

 とポチが聞き返しました。そう言い合っている間にも、足元は激しく揺れ続けます。足を踏んばり、倒れないようにしているのがやっとです。塔の上下や、もっと遠い場所から、たくさんの悲鳴が聞こえたような気がしました。国中の人々が、経験もしたことのない揺れに驚き、大声を上げているようです。

 と、フルートたちは突然、耳鳴りを聞きました。キィン……という鋭い音がして、急に耳をふさがれたような感覚に襲われます。

 思わず両手で耳をふさいだマロ先生が、真っ青になりました。まさか、と運行局の扉をおびえたように見つめます。

「リューラ、おまえ、まさか……まさか、この天空の国を地上に落とすつもりなのか……!?」

 震える声で、マロ先生は言いました。

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