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第19巻「天空の国の戦い」

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89.馬鹿(ばか)

 仲間たちは思わず悲鳴を上げました。

 あいつからデビルドラゴンを追い出して、この世界から消滅させてくれ――フルートは願い石へそう願ったのです。自分自身の消滅と引き替えに。

 ところが、その声をかき消すように、別の声が響きました。魔王になったリューラ先生が急にわめき出したのです。

「誰がそんなことをするものか! 馬鹿なことを言い出すな、闇の竜!」

 それに対する返事は誰の耳にも聞こえてきませんでしたが、リューラ先生はまたどなりました。

「この国は私のものだ! 城も学校も図書館も、町も村も山も川も、すべて私のものなのだ! 絶対にそんな真似はせんぞ! 退け、闇の竜!」

「どうやら内部で仲間割れをしているらしいな」

 と願い石の精霊が冷ややかに言いました。リューラ先生は、自分の内側にいるデビルドラゴンと会話をしていたのです。

 けれども、やりとりはそれきり終わってしまいました。デビルドラゴンを黙らせたリューラ先生が、ふん、と尊大に鼻を鳴らして、また魔法を繰り出してきます。フルートたちの上に雷雲が育ち始めます。

「願い石、ぐずぐずするな!」

 とフルートは叫びました。精霊の女性が、ほんの一瞬、なんとも言えない顔を見せました。口惜しい。そう言いたそうな表情です――。

 

 すると、彼らの後ろから声が上がりました。

「いいえ、願い石は願いをかなえなくていいわ! だって、それはあたしたちの力でできることだもの!」

 強い口調でそう言ったのは、こともあろうにポポロでした。黒い長衣に星をきらめかせながら、すっくと立ち、片手をフルートのペンダントへ向けています。宝石のような瞳は、涙をまったく浮かべていません。

「ベトヨラカチーエキセーマ!」

 呪文と共に緑の光と星がポポロの手から飛び出し、奔流(ほんりゅう)になってペンダントへ向かいました。二つめの魔法を使ったのです。奔流は金の石に激突して、その中に吸い込まれていきました。あまり勢いが強いので、フルートが吹き飛ばされそうになります。

「ポポロからの力だ!」

 と金の石の精霊が叫びました。

 なるほど、と願い石の精霊も言いました。必死にそれをペンダントで受けとめているフルートを見て、言います。

「これだけの力が来れば、私が守護のに力を貸す必要も、願いをかなえる必要もない。フルートの願いは反故(ほご)になったな」

 相変わらず屁理屈のようなことを言いながら、精霊の女性は姿を消していきました。その声には、なんとなく、ほっとしたような響きがありました……。

 

 ポポロの力を受けとめた金の石が、明るく輝き出しました。先ほど願い石から力を受けとったときよりも、もっと強く輝いて、周囲を照らします。

 光は魔王が張る闇の障壁も照らしました。障壁が溶けて薄くなり、やがてガラスのように音を立てて砕けていきます。まばゆい光が、魔王の全身にまともに降りそそぎます。

「やめろ!」

 体が蝋(ろう)のように溶け出したので、リューラ先生はどなりました。稲妻の魔法を闇の霧に変えて呼び寄せ、自分の体を再生しますが、それもまた聖なる光に溶かされてしまいます。大きかったリューラ先生の体がどんどん小さくなっていきます。

 ついに、その中から、黒い影が飛びたちました。金に輝く空の中に浮き上がり、四枚の翼を広げて、影の竜に変わります。

「戻ってこい、闇の竜! おまえは私のものだ!」

 とリューラ先生は溶けながら空へどなりました。

「私は光と闇の両方の力を操る、究極の魔法使いなのだ! 私の元に戻って、私に仕えろ!」

「馬鹿か。デビルドラゴンが、そんな生やさしい代物(しろもの)かよ」

 とゼンが顔をしかめてつぶやきました。人が闇の竜を操ることは、絶対に不可能なのです。

 すると、闇の竜が空の中で薄れながら言いました。

「オノレヲ絶対ト思イ込ム、愚カナ人間ヨ。オマエガナスベキコトハ、スデニオマエニ告ゲテアル。闇ノチカラヲ求メルナラバ、ソレヲ遂行スルガイイ」

 何の話をしているのか、勇者の一行には意味がわかりませんでした。なんのことだ!? とフルートが聞き返そうとします。

 けれども、それより早く、影の竜は光の中でちぎれて消えていきました。

 オオォォーー……オォォォーー…………

 咆吼が風の中に響き、遠ざかって消えていきます――。

 

 フルートのペンダントで魔石が輝きを収めました。また穏やかな金色に光るだけになります。

 金の石の精霊は腰に片手を当ててフルートを見上げ、やれやれ、と肩をすくめると見えなくなっていきました。精霊の少年も、顔に安堵と苦笑の表情を浮かべていました……。

 フルートはペンダントを下ろしました。彼らの前に見上げるような魔王はもういません。荒野の中にぽつんと倒れているのは、小柄な姿に戻ったリューラ先生でした。気を失っているのでしょう。横たわったまま動きません。

 フルートは、大きな息を吐きました。握りしめたペンダントを、黙ってじっと見つめます――。

 そこへポポロが駆け寄ってきました。先ほどまで涙ひとつ見せなかった彼女が、今は大粒の涙をこぼしています。

「ポポロ」

 とフルートは言いました。やってくる彼女を抱きとめ、ごめん、と謝ろうとします。彼はまた仲間たちに心配をかけてしまったのです。

 とたんに、ポポロがものすごい勢いでフルートに飛びついてきました。まるで体当たりするような勢いです。フルートはふいを突かれて、のけぞりました。ポポロと一緒に、仰向けに地面に倒れてしまいます。

 すると、ポポロがそんなフルートに馬乗りになりました。鎧の胸当てに両手をつき、フルートを抑え込むような恰好で身を乗り出します。

「馬鹿っ!」

 ポポロの第一声はそれでした。意外なことばに、フルートは呆気にとられてしまいます。

 すると、ポポロは両手を拳にして、フルートをたたき始めました。鎧と言わず、兜と言わず、めちゃくちゃにたたいて言い続けます。

「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿……!! どうしていつも一人で行こうとするの!? 絶対にだめだって言っているじゃない! それなのに、どうして約束を忘れるのよ!? 馬鹿っ! 馬鹿、馬鹿、馬鹿っ……!!」

 夢中でたたく手の下で、フルートの兜が外れて脱げました。フルートの顔や頭がむき出しになりますが、それでもポポロはたたき続けます。いたっ、痛いよ、とフルートが悲鳴を上げますが、それでもポポロは止まりません。

 と、ポポロの手が勢いあまって鎧の上を滑りました。華奢な体が前のめりになり、フルートの上に倒れてしまいます。フルートの顔の間近にポポロの顔が来ます。フルートは、まだびっくりして彼女を見ています。

 ポポロはたった今まで殴りつけていた腕で、フルートの首を抱きました。涙を流しながら、無理に笑い顔を作って言います。

「だめよ、フルート。あなたには願わせない。絶対に、あたしを――あたしたちを、置いてなんかいかせないんだから――」

 そして、ついにポポロは声を上げて泣き出しました。フルートの首にしがみつきながら、わんわんと大泣きを始めます。

 呆然としていたフルートが、ようやく表情を変えました。こちらも泣き出しそうな顔になると、自分の上にいる少女を抱きしめます。

「ごめん……。本当にごめん……」

 いつものことばを言いながら、フルートはポポロを抱きしめ続けました。愛おしい宝を放すまいとするように――。

 

 その時、周囲の景色が急に変わり始めました。

 空に太陽のような光が現れたと思うと、焼け焦げて荒れ果てた地面が、薄れて消えていったのです。

 代わりに彼らの周囲に現れたのは、白い壁に囲まれたホールでした。両脇の壁には、青空を飛ぶ天空の国と、白い波が走る海原の絵が描かれています。魔王の結界が消えて、天空城の塔に戻ってきたのです。

 石の床の上で抱き合っているフルートとポポロの元へ、仲間たちが駆け寄ってきました――。

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