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第19巻「天空の国の戦い」

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88.限界

 フルートたちの間に、ポポロの母親を奪い返した戦人形が現れました。予想外のことに誰も反応ができないでいると、レオンがまた言います。

「ぼくたちを守れ!」

 赤い人形はお母さんを放り出すと、即座に消えていきました。おっとぉ! とゼンがお母さんを受けとめます。

 そのすぐ横に、赤い人形がまた姿を現しました。人質を取り返そうと襲ってきた青い人形を食い止め、押し返して、一緒に見えなくなっていきます。人形同士の戦いをまた始めたのです。

 フルートは、すぐさま金の石をお母さんに向けました。石が輝いて、お母さんを縛っていた戒めを砕きます。

 ポポロとルルが駆け寄りました。

「お母さん!」

「お母さん、大丈夫!?」

 フルートはレオンを振り向きました。

「ありがとう。やるな」

 レオンは苦労して起き上がろうとしているところでしたが、フルートに笑いかけられて、にやりと笑い返しました。

「どういたしまして……でも、君ほどじゃないさ」

 言いながら、ようやく身を起こして座ります。その背中をメールが支えて言いました。

「ううん、なかなか大したもんだったよ。かっこよかったじゃないのさ!」

 メールにまた背中をたたかれて、レオンは思わず顔をしかめました。すぐにまた笑顔に戻ります――。

 

 フルートはリューラ先生に向き直りました。もう人質はありません。遠慮なくペンダントを掲げると、近くにいた精霊たちへ呼びかけます。

「やるぞ!」

「いいとも」

「そなたは先ほど、戒めを消すのにいくらか力を使った。これ以上あまり無理はできぬぞ」

 即座に、あるいは文句を言いながら、二人の精霊がフルートへ集まりました。願い石の精霊がフルートの肩をつかみます。

 とたんにペンダントの真ん中で魔石が輝き出しました。目もくらむような金の光をあたりに放出します。

 リューラ先生は、フルートたちの頭上に生み出した稲妻や隕石や炎を繰り出したところでした。大量の魔法攻撃を一度に落としますが、それはことごとく金の光に打ち砕かれて、消滅してしまいました。フルートたちの元へは届きません。

 同じ光がリューラ先生の体も照らしました。見上げるような大男になっていたリューラ先生が、光の当たった場所から溶け出します。

「この!」

 先生は自分の前に障壁を張りました。ガラスのような闇の色の光です。金の光がさえぎられてしまいます。

「あれを貫け、金の石!」

 とフルートは叫び、ペンダントをかざし続けました。

 広がっていた金の光が一箇所に集まり、太い光の束になって闇の障壁に激突しました。金と黒の火花があたりに飛び散り、障壁に穴が開き始めます。

「生意気な!」

 とリューラ先生はわめくと、障壁の向こうで手を振りました。とたんにフルートたちの頭上にまた雷雲がたれ込めます。

「攻撃が来るぞ!」

 とマロ先生が叫んだので、フルートはあわてて金の光をまた広げました。そこへ闇の稲妻が降りかかってきます。

 聖なる光は一同を守りましたが、激しい衝撃が伝わってきました。フルートの隣にいた精霊の少年の姿が、ちらちらと薄れて消えそうになります。

 すると、願い石の精霊が言いました。

「限界が来た。これ以上、守護のに力を貸すことはできぬ」

 一同は、ぎょっとしました。

 フルートが叫びます。

「まだ大丈夫だ! 光れ、金の石! あの障壁を破って、デビルドラゴンを追い払うんだ!」

 フルートの強い声に合わせて、金の石はいっそう明るく光りました。闇の障壁がまた溶け始めます。

 

 ところが、今度はフルートの体が急に揺らめきました。

 よろめいたのではありません。まるでかげろうでも現れたように、フルートの姿が、ゆらりと揺れたのです。

 同時にフルートは大きく顔を歪めました。激痛を感じたときの表情でした。それでも歯を食いしばり、ペンダントを掲げ続けています。

 願い石の精霊がまた言いました。

「限界だ。これ以上私の力を守護のに渡せば、守護のが魔王を倒す前に、そなたの体が破壊される。そなたは消滅しかけているのだ」

「ぼくは――君に願ってなんていないぞ――」

 とフルートは答えました。強い痛みをこらえているので、顔は真っ青になり、滝のような汗が流れています。

「光がそなたを焼き尽くそうとしているわけではない。だが、強すぎる力もまた、光と同じようなものなのだ。人の体はそれに耐えきれぬ。間もなくそなたの体は粉々に破壊されて、跡形もなく吹き飛んでしまうぞ、フルート」

 願い石の精霊の話は、仲間たちにも聞こえていました。そんな!! と全員が悲鳴を上げます。

「フルート」

 と金の石の精霊が言いました。その姿はまた、はっきり見えるようになっていました。大人のような難しい表情で話します。

「ここで君を消滅させるわけにはいかない。今、あの魔王を倒しても、デビルドラゴンはこの世界に残る。君がこの世から消えて、闇だけが世界に残ることになるんだからな」

 ペンダントの真ん中で、金の石がゆっくりと輝きを収め始めました。願い石の精霊はフルートの肩から手を放します。闇の障壁の向こうで、リューラ先生はまだ魔王の姿でいました。先ほど一度溶かされた体も、もう元に戻ってしまっています。

「力切れだな!? そうとも! ここは私が作った結界の中なのだからな!」

 とリューラ先生が勝ち誇ったように言いました。笑いながら、また魔法の稲妻を生み出そうとします。

 

 フルートは片手でペンダントを掲げたまま、もう一方の手で願い石の精霊の手をつかみました。

 ぐいと自分の肩へ引き戻して言います。

「放すな! 今ここであいつを倒しておかないと、みんながやられてしまうんだ!」

 精霊の女性は細い眉をひそめました。

「それは私に願うことになるぞ、フルート。それでも良いというのか?」

 仲間たちは仰天しました。

「馬鹿野郎、よせ! こんなところで願うんじゃねえ!」

 とゼンがわめいてフルートに飛びつこうとしましたが、とたんにはね返されました。フルートの全身が赤い光を放ったのです。願い石の輝きです――。

 フルートはまだ青ざめている顔で、精霊たちに笑ってみせました。

「ここであいつを倒さなければ、みんな助からない。ぼくだって、きっと助からないんだ。それなら、せめて願って逝きたいよな。そう――リューラ先生からデビルドラゴンを追い出すだけじゃだめだ。それでは、後で必ずあいつが世界を破壊する。だから、あの竜を消滅させるんだ。今ここで――。金の石もここにいる。ぼくもいる。願いはかなえられるはずだ、願い石!」

 仲間たちは、あまりの展開に息が止まりそうになっていました。フルートは願い石に願おうとしているのです。デビルドラゴンの消滅を、自分自身の消滅と引き替えにして――。

 フルート! とメールが叫び、馬鹿野郎! とゼンがどなりますが、フルートから赤い光は去りません。ポチとルルが駆けつけようとしましたが、赤い光に弾かれて転がってしまいます。フルートに近づくことができないのです。

 レオンやマロ先生やビーラーは、何がどうなっているのか、理解が追いつかずにいました。急に赤く輝きだしたフルートと、あわてふためくゼンたちを、驚いて見比べています。

「フルート、約束を忘れたのか?」

 と金の石の精霊が厳しい声で言いましたが、フルートは首を振りました。

「全員がここで死ぬことになるなら、その約束は無効だ。ぼくは、絶対にみんなを死なせない。――聖守護石、定めの役目だ。みんなを守るために、闇の竜を消滅させるぞ」

 正式な名前で呼ばれた精霊の少年は、ちょっと恨みがましい目になりました。フルートが彼をこの名で呼ぶのは、いつも究極の選択をしようとしているときです。

「それがそなたたちの願いなのか?」

 と願い石の精霊が尋ねました。いつの間にか、彼女は前にも増して冷ややかな表情になっていました。なんの感情も感じさせない目で、フルートと金の石の精霊を見ています。

「フルートがどうしてもそうすると言うのなら、しかたない。ぼくは守りの魔石だ」

 と精霊の少年は答えました。不承ぶしょうという口調です。

 フルート!!! とまた仲間たちは叫びました。赤い光に阻まれて、どうしても近づくことができません。

「そなたも。考えは変わらぬか?」

 と精霊の女性は、今度はフルートに尋ねました。

 フルートは、きっぱりとうなずきました。ペンダントを魔王に向けたまま、願い石の精霊へ言います。

「あいつからデビルドラゴンを追い出して、この世界から消滅させてくれ」

 と――。

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