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第19巻「天空の国の戦い」

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第29章 最終決戦・3

87.人質

 魔王になったリューラ先生の後方に、絡み合った二体の人形が見えていました。

 フルートが闇の雷に打たれたときに、人形も一緒に吹き飛ばされましたが、その後また赤い人形は青い人形を捕まえていたのです。レオンから、リューラ先生の人形を捕まえろ、と命じられていたので、忠実にそれを遂行したのでした。赤い腕にはがいじめにされた青い戦人形は、まだフルートのペンダントを握っています――。

 魔法で金の石を取り返してくれ、とフルートに言われて、ポポロは、はいっと即座に返事をしました。片手を人形へ向けます。

「ありえん!」

 とリューラ先生がどなりました。

「レオンの魔法が結界の出口を開いたのは一瞬だ! たったあれだけの時間で、魔法が使えるだけの光の力を取り戻せるはずはない! はったりだ!」

 けれども、ポポロは呪文を唱え始めました。

「レドモヨキーセマ……」

 その手に緑の光が集まり始めたのを見て、リューラ先生は、ぎょっとしました。いそいで魔法で妨害しようとしますが、もう手遅れでした。ポポロが呪文を完成させます。

「……エトールフ!」

 緑の光と星がポポロから人形へ飛びました。次の瞬間、フルートの手の中にペンダントが現れます。

 金の透かし彫りの真ん中で、守りの魔石は灰色に変わっていました。それが、フルートの手に触れたとたん、みるみる輝きを取り戻して金色に戻っていきます。

 同時に、フルートが全身に負っていた火傷も、たちまち治っていきました。ただれていた顔が綺麗になり、潰れていた左目もまた見えるようになります。

「よし!」

 フルートは勢いよく地面から跳ね起きると、ペンダントに向かって呼びかけました。

「出てこい、金の石の精霊! 願い石の精霊!」

 すると、フルートの両脇に金色の少年と赤い女性が姿を現しました。少年が腰に手を当ててフルートを見上げます。

「まったく。君は毎回、本当に大怪我をするな。ぼくがいなかったら、どうなると思っているんだ。絶対にぼくを奪われるな」

 フルートは、ごめん、と謝ってから、改めて言いました。

「全力で行くぞ。リューラ先生に聖なる光を浴びせて、中からデビルドラゴンを追い出すんだ!」

 すると、願い石の精霊が答えました。

「私が力を貸せるのは、あと一度きりだ。フルートの体はもう限界寸前まで来ている。限界を超えた力を流せば、そなたの体は壊れて、破裂してしまうだろう」

「わかっている。一発で決めるぞ!」

 とフルートは言って、ペンダントを握り直しました。リューラ先生に金の石を向けようとします――。

 

 すると、リューラ先生が、さっと手を振りました。障壁で身を守ろうとしたように見えましたが、現れたのは闇の壁ではなく、一人の女性でした。黒い光の輪に縛られて、ぐったりとリューラ先生の前に浮いています。

 それを見たとたん、一同は叫びました。

「お母さん!!」

「おばさん!!」

「フレア!」

 宙に浮いていたのはポポロの母親でした。闇の戒めに捉えられ、さらに、闇の首輪まではめられて、自由を奪われています。

 ゼンがわめきました。

「てめぇ、汚ねえぞ! ポポロの母ちゃんを盾にしやがるつもりか!?」

「当然のことだろう」

 とリューラ先生が答えました。冷静な声と表情に戻っています。

「私にその石の光を浴びせようとしてみろ。そぶりを見せただけで、この女の命はなくなるぞ」

 ことばと同時に、闇の戒めがきつくなったようでした。体を締め上げられて、ポポロの母親が苦しそうな声を上げます。

「お母さん!!」

「おばさん!」

 ポポロとルルとメールがまた叫びます。

 マロ先生がどなりました。

「ついに魂まで闇に墜ちたな、リューラ! 人の命を盾にして身を守ろうとする奴が、何故、正義の天空王を名乗れる!? おまえのしていることは、闇の王のしわざそのものだぞ!」

 すると、リューラ先生が冷ややかに言い返しました。

「私は天空王だ。天空王は世界の空を支配し、地上すべてへ力を及ぼすことができる。私以外に、その絶大な役目を果たせる者はいないのだ。リグト、レオン、ポポロ――天空王の後継者候補の連中になど、何ができるものか。私の力の偉大さに恐れおののき、死んでいくだけのことだ!」

 リューラ先生は、今の天空王もリグトと呼び捨てにしていました。立ちすくむ一同を見渡して、にやりと笑います。

「そうだ、動くな。少しでも動けば、この女は死ぬぞ」

 一同は歯ぎしりをしました。本当に、ちょっとでも動くそぶりを見せると、闇の戒めがポポロのお母さんを締め上げるのです。そのたびにお母さんが苦しそうにうめきます。お母さん! とポポロとルルは泣いて呼びましたが、誰にもどうすることもできませんでした。フルートもペンダントを握りしめたまま、それを魔王へ向けることができずにいます。

 彼らの目の前で、リューラ先生の服が輝きを失っていきました。星のきらめきが消えて、闇のような黒一色になっていくのです。それと同時に、先生の体がまた一回り大きくなります。

 牙の伸びた口で笑いながら、リューラ先生は言いました。

「全員まとめて死ね、偽勇者ども! 私の邪魔をすることは許さん!」

 彼らの頭上に雷雲と隕石と炎の渦が同時に現れました。リューラ先生が一度にそれを繰り出そうとします。

 

 その時、地面にうずくまっていたレオンが、うめくように言いました。

「失望しました、リューラ先生……。ぼくたちは、あなたをすばらしい人格者だと、ずっと思っていたのに……」

 リューラ先生は途中で魔法を止めました。じろりとレオンを見下ろします。

 レオンは地面から顔を上げることができませんでした。うつむいたまま、くぐもった声で話し続けます。

「確かに、ぼくたちの中に闇の心はある。でも、決してそれに負けてはいけないんだ、と先生は教え続けてくださっていると思っていたのに……。先生の話で、はっきりわかってしまいました。先生は、闇の竜に取り憑かれる前から、ずっとご自分の闇に心を奪われていたんだ。自分のほうが天空王にふさわしい……天空王に選ばれなかった自分は、不当な扱いを受けている、と周囲を恨んで……」

 リューラ先生は、ふんと冷ややかに笑い返しました。

「おまえがそれを言えるのか、レオン。自分が貴族に選ばれないことを恨んで、まわり中を憎んでいたのは、おまえ自身だろう」

 レオンは絶句しました。うずくまり、うつむいたまま、少しの間黙って、また言います。

「それは……確かにそうだ……。ぼくは自分を一番すばらしいと思い込んでいたから……。今となっては、それがどんなにちっぽけで愚かなことだったか、よくわかるのに……」

 話しながら、レオンは顔を上げました。青い目にうっすらと涙を浮かべて、泣き笑いの顔をしています。

「リューラ先生……あなたはやっぱり先生だ。ぼくたちに重要なことを教えてくださっている……反面教師になって」

 それは痛烈な皮肉でした。なに!? とリューラ先生が表情を変えます。

 

 すると、レオンは急に妙なことを言いました。

「ポポロの母上を奪い返せ」

 誰に対して言っているのかわからない、ひとりごとのような声でした。ビーラーや仲間たちはとまどいました。それができるならば、苦労はしないのです。

 ところが、とたんにリューラ先生の前からポポロの母親が消えました。急に姿が見えなくなってしまったので、リューラ先生もフルートたちも、目を見張って驚きます。

 次の瞬間、お母さんはフルートたちの間に現れました。闇の戒めに縛られて気を失っています。

 お母さんを抱いて立っていたのは、全身赤い色をした、レオンの戦人形でした――。

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