リューラ先生に、ひっきりなしに攻撃され、フルートたちが負傷しても、ポポロはずっと目を閉じて、結界の出口を探し続けていました。その間、周囲の様子は何も見えていなかったし、何も聞こえていませんでした。ついに出口を見つけて仲間たちを振り向くと、とたんに大怪我をして横たわるフルートの姿が飛び込んできたので、ポポロは悲鳴を上げました。
「フルート!! どうしたの!?」
仲間たちは思わず呆気にとられました。
「全然気づいてなかったのかよ、ポポロ? すげぇ集中力だな」
「それだけ真剣に結界の連結部を探していたということだ。ポポロ、見つけたんだな? どこだね?」
とマロ先生が尋ねましたが、ポポロはそれどころではありませんでした。真っ青になってフルートへ駆け寄り、その傷のひどさに泣き出しました。火傷を治してあげたいと思うのに、彼女にはもう魔法が残っていなかったのです。
すると、フルートが言いました。
「泣かないで、ポポロ……大丈夫だから……。結界の出口が見つかったんだな? どこだ……?」
けれども、ポポロは泣きじゃくっていて、とても返事ができませんでした。ルルやメールが落ち着かせようとしますが、まるで泣きやみません。
とたんに、フルートが大声を出しました。
「泣くな、ポポロ! 今はそれどころじゃない!」
重症を負って動けなくなっている人物とは思えない、非常に強い声でした。ポポロだけでなく、他の仲間たちまでがびっくりして飛び上がってしまいます。その拍子にポポロの涙も止まりました。
フルートは強い口調で言い続けました。
「落ち着け、ポポロ――。結界の出口はどこだ? レオンに場所を教えるんだ」
「あ……」
ポポロは涙のたまった目でレオンを振り向き、彼が地面に突っ伏しているのを見て、また驚きました。本当に、周囲で何が起きているのかまるで知らずに、結界の出口を探し続けていたのです。
すると、レオンが苦笑しました。
「ぼくは大丈夫だよ……フルートに比べたら、全然なんてことない。魔力も、ずいぶん少なくなったけれど、まだぼくの中にある。結界解除の魔法だって使えるよ……結界の連結部はどこだ?」
レオンに聞かれて、ポポロはあわてて空の一点を指さしました。他の仲間たちもそちらを見ますが、彼らには他の場所との違いがわかりません。
ビーラーがレオンに言いました。
「あそこに魔法を送るのか? できるのか?」
レオンは力を使い果たして、起き上がることさえできずにいます。空の上まで魔法を送り出すことなど、とても無理のように見えたのです。
すると、レオンがまたちょっと笑いました。
「見くびるなよ、ビーラー……。地上の人間のフルートたちが、これだけがんばってくれているんだぞ。天空の民のぼくが、ここでがんばらなかったら、どこでがんばるって言うのさ……」
けれども、レオンはやっぱりなかなか起き上がることができませんでした。身を起こそうとするのですが、体に力が入らないのです。
すると、ゼンとメールがやってきて手を貸してくれました。ゼンがレオンの体を支えて起こし、メールはレオンの腕をつかんで言います。
「魔法を使うんだろ? 支えててあげるよ」
レオンは驚いたように彼らを見て、すぐにうなずきました。ありがとう、と素直に言います。
マロ先生が言いました。
「この結界を消滅させなくてもいい。連結部に出口を開けば、外の世界とつながって、外から光の力がやってくる。そうすれば魔王になったリューラは弱るし、逆にレオンの魔力は強まるんだ」
「わかりました」
とレオンは答えると、空を見上げました。メールの手を借りながら、ゆっくり腕を持ち上げて、天の一点へ手のひらを向けます――。
ポポロの指輪が生む防御魔法のために、魔王になったリューラ先生には、彼らのやりとりは聞こえていませんでした。けれども、レオンが支えられて起き上がり、天へ手を向けるのを見て、リューラ先生はその意図を悟りました。ちぃっと大きく舌打ちします。
「この結界の出口を開くつもりだな! そうはさせん!」
とたんに荒野に風が巻き起こり、大きな渦を巻き始めました。どこからか暗い霧が流れてきて、渦に巻き込まれていきます。
レオンの唇が呪文を唱え、手のひらから魔法が撃ち出されました。銀に輝きながら結界の連結部へ昇り始めます。
「生徒の分際で生意気な! させるものか!」
とリューラ先生はどなりました。生徒の分際で――と先生が言うのは、これが二度目です。
同時に暗い霧の渦も空に立ち上っていきました。銀の魔法を追いかけていきます。
けれども、それより早く、銀の魔法は空の一点にたどり着きました。吸い込まれるように、急に見えなくなっていきます。
すると、薄暗い空の中に、急に明るい光が生まれました。星のようなきらめきが、みるみる輝きを増しながら月ほどの大きさになり、さらに明るさを増していきます。まるで空に太陽が現れたようです。
「出口が開いたわ!」
と空を見上げてポポロが歓声を上げました。
レオンも、支えてくれているゼンやメールと一緒に、まぶしそうに目を細めました。降りそそいでくるのは、外界からの光の力です。底を突きかけていたレオンの魔力が、光とともに少しずつ戻り始めます。
「早く! もっと降ってこい!」
とビーラーが空を見上げて言いました。レオンの魔力が回復すれば、フルートを治すこともリューラ先生を倒すことも、できるようになるのです。
ところが、そこへ暗い霧が追いついてきました。空に現れた光の輪を取り囲むと、たちまち包み込んでしまいます。
降りそそぐ光はとぎれました。あたりが急に暗くなって、冷たい風が吹き始めます。
「リューラ!!」
とマロ先生はどなって、彼方に立つリューラ先生をにらみつけました。魔王になった男は、空を見上げて、からからと笑っています。
「私の結界を壊せるものか! 私は光と闇の二つの力を手に入れている、世界最強の魔法使いなのだぞ! 貴様たちなどに、私の魔法が破れるはずはない!」
空はますます暗くなっていきました。霧は光を完全に呑み込み、さらに空一面に広がっていました。先にレオンが打ち上げた光も、霧におおわれていきます。
「そんなことはない! ぼくたちは絶対に負けるもんか!」
とレオンは叫んで、また魔法を撃ち出しました。もう一度、結界のつなぎ目をこじ開けて、外の世界とつなごうとします。
とたんに空に広がった霧が急速に集まってきました。大きな渦になって、飛んできた銀の魔法を呑み込んでしまいます。魔法は結界の出口にたどり着かないまま消滅しました。結界の出口は開きません――。
レオンの体が急に力をなくして崩れました。
「危ねぇ!」
とっさにゼンとメールが支えますが、レオンは顔を上げることができませんでした。今の魔法で、また力を使い果たしてしまったのです。ぜえぜえと荒い息をしながら、歯ぎしりします。
「ちきしょう……ちきしょう……」
どんなことをしても、レオンはもう魔法を使うことができませんでした。悔し涙があふれて流れます。
リューラ先生は高らかに笑い続けていました。ずっと空から地上を照らしていた光も、急速に薄れて暗くなっていました。レオンの魔力が完全に尽きれば、この光も消えて、あたりは闇に包まれてしまいます。
「もう勝ち目はない。おまえたちの全滅は時間の問題だが、それを待っているのも面倒だ。今すぐここで決めてやろう」
リューラ先生のことばと共に、一同の上へ特大の闇の稲妻が落ちました。黒い光は守りの光に弾かれて散りますが、同時にポポロの指から指輪が音を立てて吹き飛びました。きゃあっ、とポポロが悲鳴を上げます。彼らをずっと守ってきた指輪が、攻撃に耐えきれなくなって、紫の石もろとも砕け散ってしまったのです。彼らの周囲から守りの光が消えていきます――。
リューラ先生はまた笑いました。
「もう、おまえたちに助かる道はないな。まとめて死ぬがいい。最後の一打ちをくれてやる!」
彼らの頭上で雲が渦を巻き、雷鳴がまた響き渡ります。
一同は真っ青になりました。誰も何も言えません。マロ先生でさえ、なす術もなく立ちすくんでいます。ちきしょう……とレオンがまた泣き声をあげます。
すると、横たわって動けなくなっていたフルートが、何故か急にちょっと笑いました。火傷を負っていないほうの目でリューラ先生を見て、言います。
「まだ道はある――。負けたのはおまえだ、魔王」
なに? と魔王になったリューラ先生は聞き返しました。一瞬、確かめるように彼らを見てから、すぐにまた笑います。
「はったりだな! 時間稼ぎをしても無駄だぞ。貴様たちはここで死ぬのだ!」
「いいや、死なない」
とフルートはまた言いました。はっきりとした声です。いぶかしい顔になったリューラ先生を見つめながら、話し続けます。
「さっきのレオンの魔法は、闇に閉ざされていた結界の中に、外の光を呼び込んだ――。それはつまり、夜の後に朝の光が訪れたのと同じことなんだ――」
「なに?」
リューラ先生はいっそう怪訝(けげん)そうな顔になりました。フルートが言っている意味が、すぐにはわからなかったのです。
けれども、仲間たちにはその意味がわかりました。ゼンとメール、ポチとルルが、いっせいに彼女を振り向きます。
「ポポロ!!!」
「また魔法が使えるようになったな!?」
ポポロは指輪が砕け散った手を抱いて立っていました。青ざめていますが、その顔つきはしっかりしていました。うん、と仲間たちへうなずいて見せます。
フルートは、遠くにいる戦人形を見ながら言いました。
「魔法だ、ポポロ! 金の石を奪い返してくれ――!」