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第19巻「天空の国の戦い」

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85.救出

 フルートは空から降ってきた闇の稲妻に撃たれて吹き飛びました。ものすごい勢いで地面にたたきつけられて、動かなくなってしまいます。

「フルート!!」

「フルート! 大丈夫!?」

 仲間たちが大声で呼びますが、フルートから返事はありませんでした。地面に投げ出されたまま、ぴくりとも動きません。

「この野郎!」

 ゼンは歯ぎしりして、ポポロの指輪が生む防御魔法の中から飛び出しました。フルートの元へ駆けつけようとします。

 けれども、それをリューラ先生が見ていました。

「そうはさせん!」

 と手を振ると、空から今度は燃える隕石が降ってきました。ゼン目がけて落ちてきます。

「危ない、戻れ!」

 とマロ先生がゼンを捕まえて防御の中へ引き戻しました。真っ赤に燃える岩が次々落ちてきて、地面に突き刺さりますが、指輪の守りの中だけは無事です。

「フルート! フルート!」

「こんちくしょう! 返事をしろ、フルート!」

 仲間たちは必死で呼び続けましたが、岩の柱の間から見えるフルートは、相変わらずまったく身動きしませんでした。フルートの鎧は衝撃や炎には強いのですが、魔法攻撃を防ぐことはできなかったのです。

 ルルはぶるぶると震えていました。風の犬になって助けにいきたいのですが、先ほどの傷が完全に癒えていないので、変身することができません。例え変身できたとしても、たちまち魔法攻撃の的にされてしまいます。ゼンもただあせることしかできませんでした。助けに駆けつけようにも、とたんに空から魔法や隕石が降ってくるので、飛び出すことができないのです。周囲に花や木がまるでないので、メールも助けを呼ぶことができずにいます。

 すると、レオンがあえぎながらまた体を起こしてきました。地面に肘をつき、ようやく頭を上げてフルートを見ます。とたんに、レオンは顔をしかめました。魔法使いの目で透視したフルートは、稲妻に撃たれて全身に大火傷を負っていたのです。息はしていますが、逃げることはとても不可能です。

 空の光はだいぶ暗くなっていましたが、それでもまだあたりを照らし続けていました。レオンは自分の中に残っている魔力をまたかき集めました。フルートを助けるために、魔法を繰り出そうとします。

 すると、そこへポチが飛び出してきました。レオンの顔を見つめて真剣な声で言います。

「ワン、お願いです! その魔法を、ぼくの言うとおりに使ってください!」

「君の言うとおりに……?」

 レオンは驚きました――。

 

 フルートがまったく動かなくなったので、リューラ先生は、にやりと笑いました。一瞬でフルートの前へやってくると、尊大に見下ろします。血のような瞳に長い牙と爪のリューラ先生は、本当に闇の民そのもののように見えます。

 けれども、それでもリューラ先生は星空の衣を着ていました。黒い服の中で、小さな星のような光がまたたき続けています。

「もう貴様は逃げられん。観念するんだな、伝説の勇者」

 とリューラ先生は言いました。あざわらう響きに彩られていますが、その声も以前と変わってはいません。穏やかに優しく生徒たちへ話しかけていた声です。

 けれども、先生は倒れているフルートに向かって言い続けました。

「あの古くさい占いが誤りだったのだ。いつか地上の勇者が伝説の階段を昇って、この国を助けにやってくる。その勇者たちが天空王の敵を駆逐して、国と正統な王を守るだろう――だと。くだらん! 私こそが、真の天空王だ。私を守って正統な王の座につけるべき貴様が、私に刃向かうとは何事だ!? あの占いが誤っていたのに違いない! あるいは、貴様が伝説の勇者などではなかったということだ!」

 先生からののしられても、フルートは何も言い返せませんでした。全身に大火傷を負った体は、立ち上がることも剣を構えることもできません。

 ふふん、とリューラ先生は笑いました。見下す目のままで、フルートへ言います。

「そろそろ終わりにしよう、偽勇者。おまえさえ倒せば、他の者たちは烏合の衆(うごうのしゅう)だ。この場所で、一人ずつゆっくりと片づけていってやる――」

 

 ところが、そう話すリューラ先生とフルートに向かって、走ってくるものがありました。ビーラーです。まだ熱を持って煙を上げている隕石の間をすり抜け、白い体を低くして、荒野を全速力で駆けてきます。

 リューラ先生はつまらないものを見るように、そちらへ目を向けました。

「何をしに出てきた、ビーラー? なんの力もない犬ころの分際で」

 ことばと同時に、空からまた隕石が降ってきましたが、ビーラーは素早く飛びのいてかわしました。いっそう速度を上げてフルートのほうへ駆けてきます。

「くだらん。犬のくせに、私にたてつくつもりか」

 今度はリューラ先生の手から魔弾が撃ち出されましたが、ビーラーは大きく飛び上がって、それをかわしました。着地すると、またフルートへ走っていきます。

「ちょこまかと」

 とリューラ先生は舌打ちしましたが、あせってビーラーを仕留めようとはしませんでした。ビーラーはフルートへ駆け寄ってくるのですから、フルートの元へたどり着いたときに、まとめて始末すれば良いだけだったのです。赤い瞳が冷笑を浮かべます。

 すると、ビーラーの首元で、きらりと何かが銀色に光りました。リューラ先生は目を凝らし、次の瞬間、驚いて声を上げました。

「風の首輪!? 何故おまえがそれをつけている!?」

 ビーラーの首のまわりで光っていたのは、確かに風の首輪でした。緑色の風の石がはめ込まれています。

 次の瞬間、ビーラーの体はふくれあがって、風の犬に変わっていました。ごうっとうなりを上げてフルートへ飛びつき、風の体でフルートを巻き取ります。

 リューラ先生は虚をつかれました。あわてて攻撃魔法を繰り出しますが、その時にはもうビーラーもフルートもそこにはいませんでした。空に舞い上がり、仲間たちの元へ飛び戻っていきます。

「この!」

 先生は魔弾を撃ち出しましたが、間に合いませんでした。ビーラーはフルートと共に指輪の守りの中へ飛び込み、魔弾はことごとく砕けて消えてしまいます。

 

「フルート!!」

 仲間たちはフルートに集まりました。兜や鎧からのぞく顔や体にひどい火傷の痕を見て、思わず顔を歪めます。

 ビーラーは風の犬から元の白い犬の姿に戻ると、フルートに近寄りました。そっと鎧に鼻を押しつけて呼びかけます。

「大丈夫ですか、フルート?」

 すると、フルートが右目を開けました。顔の半分にひどい火傷を負っていたので、片方の目しか開けられなかったのです。自分をのぞき込むビーラーを見上げて、つぶやくように言います。

「ポチ……」

 おっ、と仲間たちが驚きました。ビーラーは耳をぴんと立てて身を乗り出しました。

「ぼくだってわかったんですか、フルート?」

 フルートが火傷をした顔で微笑しました。

「もちろん……わかるさ……。どんな恰好をしていたって……君は、君だ……」

 とたんに、ビーラーの体が縮み始めました。大きかった体は小さくなり、長かった鼻面や脚が短くなり、白い小犬の姿に変わってしまいます。その首のまわりには銀色の風の首輪がありました。ポチの姿に戻ったのです。

 本物のビーラーはずっとレオンの隣にいて、リューラ先生に見つからないように身を伏せていました。そこから起き上がると、つくづくとポチを見て言います。

「本当にぼくにそっくりだったな、ポチ。君はレオンに魔法で大人の姿にしてもらっただけだったのに、こんなにぼくに似てしまうなんて。リューラ先生でなくても、みんなだまされたと思うぞ」

「ワン、でもフルートは気がついてくれました」

 とポチは嬉しそうに尻尾を振りました。子どもの姿に戻ると、声も子どもに戻って、しかもワン、という鳴き声が入ります。

 ゼンとメールはあきれてポチを見ていました。

「ったく。あれが大人になった姿だっていうのか? 将来、あんなにでかくなるのかよ、おまえ」

「しかも、ビーラーと双子みたいにそっくりだったよね。いくら従兄弟(いとこ)でも、こんなに似るってのは、すごいよねぇ」

 すると、フルートがまた言いました。

「これで……はっきりしたよな……。今まで、何度もルルを助けてきた白い犬は……やっぱり、ポチだったんだ……」

 ゼンとメールは、あっと声を上げ、ビーラーはたちまちばつの悪そうな顔になりました。全員が思わずルルを振り向いてしまいます。

 

 ルルは目を見張ったまま、ポチを見つめていました。仲間たちが驚いたりあきれたりしている中、彼女だけは何も言いません。

 ポチはルルと目が合うと、思わず目を伏せましたが、それでも彼女が見つめ続けているので、そっと近づいていきました。前に立って、小さな声で言います。

「ワン、すみませんでした、ルル」

「どうして謝るの?」

 とルルが言いました。尖った堅い声です。

 ポチは反射的に耳を伏せると、うつむいたまま言いました。

「ワン、ずっと黙っていて、ごめんなさい……。でも、なんとなく、言いたくなかったんですよ……」

「だから、どうして謝るのよ。あなたは――何も悪いことなんてしていないじゃない」

 ポチは思わず顔を上げました。ルルを見ると、彼女は目を涙でいっぱいにしてポチを見つめていました。うろたえる小犬に鼻面を押しつけてよろめかせると、泣き笑いの声で言います。

「あれがあなただったことなんて、とっくにわかっていたわよ――。でも、もっと早く教えてくれていたら、私も悩まなくてすんだのよ」

「すみません」

 とポチがまた言うと、ルルはその顔をぺろぺろとなめました。

「謝らないで。あれがあなたで本当に良かった、って思っているんだから。何度も助けてくれてありがとう、ポチ。大好きよ」

 ポチはちょっと複雑な表情になりました。

「ぼくがあの白い犬だったから?」

 低い声で話しているせいか、ポチのことばからまた、ワン、という鳴き声が消えていました。

 ルルはまた、ぐいとポチの体を鼻で押してよろめかせました。

「そんなわけないでしょう、馬鹿ね! あなたがもっと好きになった、って言ってるのよ!」

 ルル、とポチは尻尾を振りました。自分より一回り半も大きな彼女と、体をすりつけ合って喜びます。

 それを見ていた仲間たちも、思わず笑顔になりました。フルートも、火傷を負った顔でほほえんでいます――。

 

 すると、それまでずっと目を閉じていたポポロが、突然声を上げました。

「見つけたわ! 空間のつなぎ目! 結界の出口よ――!」

 祈るように組み合わせた手を握りしめて、ポポロは目を開けました。

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