レオンの背後に突然姿を現したのは、彼がマロ先生から引き継いだ赤い戦人形でした。レオンの手には薄絹の肩掛けが握られています。
「よっしゃぁ! ちゃんと一緒にいたな!」
とゼンが歓声を上げました。
「姿隠しの肩掛けをつけてたから、ずっと見えなかったもんね。そばにいるかどうか、ちょっと心配だったよ」
とメールに話しかけられて、ポポロも、ほっとした顔でうなずきました。オシラがくれた肩掛けには、ヒムカシの国古来の自然魔法が組み込まれていたので、ポポロにも人形が見えなくなっていたのです。
闇に浮かぶリューラ先生の顔が歯ぎしりしていました。
「こしゃくな連中め!! 私の目をあざむいて人形を持ち込んだな!?」
「あなたがぼくたちをどこかへ連れ込むことは、予想がついていましたから。だから、レオンが魔力を取り戻したことも、人形が一緒にいることも、ずっと気づかれないようにしていたんです」
とフルートが答えます。
レオンの赤い人形は、すでに姿を消していました。周囲の闇の中で、人形同士がぶつかり合い、切り合っては離れる音が聞こえてきます。二体の人形が戦い始めたのです。
音が聞こえる方向を気にするレオンに、マロ先生が言いました。
「人形のことは心配しなくていい! 新しい命令を受けるまで、忠実に主人の命令を守り続ける奴だ! 君が命じたとおり、リューラの人形を倒すまで、ぼくたちを守って戦い続ける! 君はフルートたちと協力してリューラを止めるんだ!」
すると、フルートがまた言いました。
「まずは光の魔法だ! ここを明るくしてくれ!」
そこでレオンは両手を上へかざしました。闇に向かって呪文を唱えます。
「レターキヨリカヒー!」
すると、レオンの手から銀の光が立ち上りました。頭上で破裂するように広がり、周囲を明々と照らします。
「生徒の分際で生意気な!」
とリューラ先生の顔がどなりました。次の瞬間には、頭上の光が灰色の光に呑み込まれて消え、あたりはまた真っ暗になってしまいます。
けれども、その一瞬の間に、彼らは周囲の景色を見ていました。暗い虚無と思えた場所ですが、実際には現実の風景がそこにあったのです。焼け焦げた地面が一面に広がり、さらに、焼けて崩れたような瓦礫も散乱していました。
「あれはぼくの家の跡! 霧の森を屋敷ごと取り込んで、闇の結界に変えたのか!」
とマロ先生が言うと、リューラ先生の顔が、にやりと笑いました。その瞳は赤く、口の端からは鋭い牙がのぞいています。
「そうだ。先ほどの戦闘で霧の森から光の力が吹き飛んだから、利用させてもらった。レオンの魔法は普段よりも弱っているはずだ。天空の国の光の力を利用できないのだからな」
「え、つまり、天空の民ってのは、自分の国から力をもらって魔法を使ってるわけ?」
とメールが驚くと、ポポロが答えました。
「あたしたちは、この世界全部から力をもらっているわ。ただ、その中でも天空の国は光の力に充ちている場所だから、特に強力な魔法が使えるのよ。ここは完全に闇に閉ざされていて、光の力の応援がないわ。レオンも、今は魔法が使えるけれど、そのうちに――」
「そう。魔法を使えば使うほどに、レオンの魔力は弱っていく。そのうちに魔法も使えなくなって、倒れていくのだ」
一面の闇に戻った世界で、魔王になったリューラ先生の顔だけが話し、笑います。
けれども、フルートはかまわず言いました。
「レオン、もう一度だ! ここを明るくしてくれ!」
再びレオンが両手を上げ、銀の光を打ち上げました。上空に光が広がって、焼け焦げた大地が周囲に現れます。
リューラ先生はまた笑いました。
「無駄なことを。だが、そうやって光で闇を照らしているだけで、レオンの魔力は失われていくことになる。自分で自分の魔力を減らしたいというのならば、それもよかろう。この状態で、おまえたちと戦ってやる」
尊大に話すリューラ先生のすぐそばに、赤と青の人形が姿を現しました。ガギン、と音を立てて両腕の刃をぶつけ合い、また姿を消していきます。相変わらず、目にも止まらないスピードで戦っているのです。
「ゼン、行くぞ! レオン、援護しろ!」
とフルートが飛び出していきました。その手には炎の剣を握っています。
すると、その目の前に巨大な魚が姿を現しました。牙がある口を開けてフルートを呑み込もうとします。
フルートは立ち止まって剣を振りました。切りつけられた大魚が、炎を噴いて燃え上がり、あたりはいっそう明るくなります。
その炎の横からゼンが飛び出していきました。リューラ先生が魔法で繰り出した大虎を、拳の一発で吹き飛ばし、さらに飛んでくる魔弾をくぐり抜けて突進します。魔弾は雨のようにゼンに向かってきますが、魔法の胸当てが砕いてしまうので、ゼンにはひとつも届きません。ついにリューラ先生のところまでやって来ると、顔を力任せに殴ります。
とたんに、リューラ先生の顔は霧のように消えました。どこからか、先生の声だけが聞こえてきます。
「愚か者め、私がこの場所に本当にいるはずがないだろう! 私自身はまだ天空城にいる! 崇高な場所から、貴様たちが死んでいく様子を見物しているのだ!」
一同は立ちすくみました。ゼンもうろたえて周囲を見回しますが、リューラ先生の姿はどこにも見当たりません。やはり、本体は別の場所にいるようです――。
ところが、フルートが言い返しました。
「いいや、あなたはこの場所にいる! あなたは今、魔王の姿になっている。天空の国の他の場所では、光の力にその姿を溶かされてしまうんだから、ここ以外の場所には存在できないはずだ! ――レオン、光を強めろ。リューラ先生をあぶり出すんだ!」
そこでレオンは上空の光へ新たな魔力を送り込みました。空がますます明るくなり、閉ざされた空間の中を白々と照らし出します。
と、彼らから数十メートルも離れた場所に、見上げるような大男が姿を現しました。魔王になったリューラ先生です。
「やめろ!」
と大声を出すと、手の一振りで空の光を砕きます。
あたりがまた暗闇に戻ります。
「あそこだ!」
とフルートは叫んで、闇の中へ駆け出しました。ゼンや犬たちもいっせいに走りだし、レオンはまた魔法で光を呼びます。
「レターキヨリカヒーイナーレカダクニウホマー!」
先ほどより長い呪文です。
「レオンがリューラ先生に消されない光を呼んだわ……!」
とポポロが言います。
再び明るくなった荒野を、フルートとゼンは走っていきました。そこへポチとルルが追いつき、風の犬に変身して二人を背中に拾い上げます。黒い魔弾が飛んできましたが、二匹は身をかわして飛んでいきます。
レオンの足元にはビーラーが立っていました。風の首輪がないビーラーは変身することはできませんが、それでも主人を守って、ウゥゥーッとうなり続けます。
そこへ巨大なトカゲの怪物が現れました。素早く這って移動すると、ひとかたまりになっているレオンや少女たちに襲いかかってきます。
ビーラーは大トカゲに飛びかかっていきました。地面を蹴り、堅いうろこにおおわれた体を駆け上がって、トカゲの下まぶたにかみつきます。うろこのない場所をかまれたトカゲは、悲鳴を上げて頭を振りました。ビーラーを振り飛ばしてしまいますが、とたんにレオンの呪文が響きます。
「リナミカローデ!」
頭上から稲妻が降ってきて、トカゲを黒焦げにしました。次の瞬間には、霧のように崩れて消えていってしまいます。
そこへビーラーが駆け戻ってきました。
「やったな、レオン!」
と自分のことのように喜ぶ犬を、レオンは思わず見つめました。彼はトカゲに振り飛ばされて体のあちこちに傷を負っていたのに、気にする様子もなく尻尾を振っていたのです。
レオンはビーラーに手を触れて、怪我を癒してやりました。傷が治って消えていっても、まだビーラーの背中をなで続けます。
ビーラーは耳をぴんと立てると、誇らしそうに、いっそう大きく尻尾を振りました――。