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第19巻「天空の国の戦い」

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80.暗闇

 そこは真の暗闇でした。

 まわりを見ても上下を向いても、まったく何も見えません。自分だけがそこにいるのか、仲間たちがそばにいるのか、それもわかりません。

 けれども、すぐに声が聞こえ始めました。

「ちょっと、やだぁ! どこさ、ここ!? なんでこんな真っ暗闇なのさぁ!?」

 暗闇が苦手なメールの泣き声が響き、すぐにゼンの声が応えます。

「わめくな、馬鹿! すぐ近くにいるから、落ち着け!」

「ワン、まいったな、本当の暗闇ですよ」

「ほんとね。犬の私たちでも全然見えないわ」

 とポチやルルが話し合う声も聞こえます。

「レオン、無事か? どこにいるんだ?」

「ここだよ、ビーラー。もちろん無事さ」

 と、これはビーラーとレオンの会話です。

 すると、ぽぅっと暗闇の中に淡い光がわき起こり、金の鎧兜を着た少年の姿が浮かび上がりました。ペンダントの金の石がほのかに光り出したのです。

 その光を目印に、全員が集まってきました。ゼン、メール、ポポロ、ポチとルル、レオンとビーラー、そしてマロ先生……全員が怪我もなく、この場所にいます。

 そこへ二人の精霊も姿を現しました。願い石の精霊は普段通りですが、金の石の精霊は半分透き通った、いやにはかない姿でした。それでも、声だけはいつも通りの調子で、精霊の少年は言いました。

「ぼくたちは魔王が作った空間の中に取り込まれてしまった。光が全くないうえに、ぼくの力も吸い取られている。これだけ光るのがやっとだ」

 金の石の精霊も金の石も、本当に淡く光っているだけでした。ふぅとひと吹きすれば、蝋燭(ろうそく)の炎のように消えてしまいそうなほどです。

 一方、願い石の精霊はまたフルートの肩をつかんでいました。

「私が守護のに力を送り込んでも、この程度なのだ。敵の手の内というのは、非常にやっかいなものだ」

 と落ち着き払って言います。

「リューラはポポロに最後の魔法を使わせるために、塔の至るところに罠を仕掛けていたんだ。ぼくたちは、それにまんまと引っかかってしまったことになる」

 とマロ先生が言いました。非常に悔しそうな声ですが、闇の首輪で魔力を封じられている状態では、どうすることもできません。

 ポポロが思わず涙ぐんでしまいます――。

 

 すると、フルートが言いました。

「ポポロが魔法を使い切ったらリューラ先生が仕掛けてくるのは、予想済みだった。それに、きっとリューラ先生は塔以外の場所で戦いたがるだろうと思っていた。それも読みの通りなんだ」

「あん? どうしてそんなことがわかった?」

 とゼンは聞き返しました。

「塔が天空の国の中枢だったからだよ。運行局がある塔を破壊してしまったら、天空の国自体が飛行できなくなるんだから、塔に影響が出ない別の場所に戦場を移すに違いないと考えていたんだ」

 とフルートが答えると、今度はレオンが言いました。

「でも、こんな場所に誘い込まれることまでは、予想していなかったんだろう? ここは魔王が闇の力で閉じている空間だ。こんな強力な結界は、ぼくの魔法でも絶対にこじ開けることはできない。それとも、聖守護石や願い石の力を借りれば、ここから出られると言うのか?」

 すると、願い石の精霊が答えました。

「いいや、それは不可能だ。これ以上大量に私の力を送り込めば、フルートの体は破壊されてしまうだろう」

 そう言われて、フルートは、ちょっと苦笑いしました。ずっと続く苦痛を隠しているような表情です。

 じゃあ、どうやって――とレオンがまた言いかけたとき、彼らから少し離れた闇の中に、ぼうっと白いものが浮かび上がりました。犬たちが目ざとく気づいて、背中の毛を逆立てます。

「ワン、あれ――!」

「リューラ先生だぞ!」

 

 闇に浮かんでいたのは、リューラ先生の顔でした。首から下は闇に溶けていて見えません。頭が半分はげた平凡そうな顔で、おっとりと彼らに笑いかけてきます。

「ここから抜け出すのは、もう不可能だよ。君たちはここでみんな死んでいくんだ」

 声も非常に穏やかなのに、言っていることは限りなく物騒です。

 フルートは毅然(きぜん)と答えました。

「ぼくたちは死にません。あなたこそ、早く闇の竜を自分から追い出して、正気に返ってください。あなたは闇の罠に捕まっているんだ」

「いいや。私は罠にかかったわけじゃない。私を正統な場所へ引き戻してくれる力を見つけ出したんだよ」

 とリューラ先生がまた笑ったので、マロ先生が言いました。

「おまえが言う正統な場所というのは、天空王の座のことだろう! 天空王は協議会で長い期間、協議されたうえで選ばれるものだ! そうやって選出された今の天空王様こそ、正統な王! おまえはその地位をうらやんで略奪しようとしている、反逆者だ!」

「黙れ、マロ!!」

 穏やかだったリューラ先生の顔が、一瞬で鬼のような形相に変わりました。マロ先生をにらみつけて言い続けます。

「貴様もずいぶん長い間、私をだましてくれたものだな。天空王の手先とは思ってもいなかったぞ。私を謀った(たばかった)罰だ。まず、貴様から殺してくれる!」

 暗闇に雷鳴が響きました。マロ先生目がけて稲妻が降ってきます――。

 

「セエカオリナミカー!」

 雷鳴と同時に響いたのは、レオンの声でした。

 とたんに稲妻はマロ先生の頭上で広がり、四方八方へ飛び散って消えていきました。マロ先生には届きません。

 マロ先生の横にレオンが立っていました。かざした手から、小さな銀の星が残り香のように消えていきます。

 リューラ先生の白い顔が、非常に驚いた表情をしていました。目をむいてレオンの首のあたりを見つめ、また顔を歪めてわめきます。

「闇の首輪がない! どうやってあれを外していたのだ、レオン!?」

「俺たちのおかげに決まってんだろうが、ボケナス!」

 とゼンがすかさずののしりました。

「ずぅっとレオンは首輪なしでいたのに、あんたは全然気がつかなかったんだね! 魔王のくせにさ!」

 とメールもあざわらいます。

「ぼくがずっと守りの光で包んでいたからだ。聖なる光の中は、魔王であっても見通すことはできない」

 と金の石の精霊が言ったので、ゼンとメールはたちまち不満な顔になりました。

「ちょっと、そんなことわざわざ言わなくていいんだってば!」

「そうだ! もうちょっと、あいつの悪口を言わせろよ!」

 と金の石に文句をつけます。

 

 リューラ先生の顔のほうは、また落ちつきを取り戻していました。魔法の構えをしているレオンを見ながら言います。

「おまえが魔法を使えたところで、どうすることもできない。おまえの魔力では、ここから外に出ることはできないし、外から助けを呼び込むこともできないのだからな。しかも、ここには魔法が効かないこれがいる」

 闇の中から、キシキシキシ……と堅い音が聞こえてきたので、全員は、ぞっと鳥肌が立ちました。その音には聞き覚えがあります。

 マロ先生が叫びました。

「気をつけろ! 戦人形だ!」

 とたんにフルートの胸で金の石も輝きました。ばちん、と音がして、彼らの横に青い戦人形が現れます。人形は仰向けに倒れていました。目にも止まらない速さで飛びかかってきて、守りの光にはね返されたのです。

 すると、金の石の精霊の姿が急に薄れて見えなくなりました。フルートの胸の上でも、魔石が急に暗くなっていきます。驚くフルートたちに、願い石の精霊が言いました。

「守護のは、そなたたちを守るのに力を使いすぎたのだ。これ以上、フルートへ力を送り込むのも限界だ。守護のはまだ守りの光を張っているが、それもあと一撃で失われるだろう。そうなったら、そなたたちは自分自身で身を守らなくてはならない」

 金の石がぼんやりと放つ光が、一同の青ざめた顔を照らし出します。

 倒れていた戦人形がキシッとまた音を立てました。次の瞬間、跳ね起きて姿を消してしまいます。

「また来るぞ! 注意しろ!」

 とマロ先生が叫びましたが、彼らには戦人形を見ることはできませんでした。例え見えたとしても、そのスピードについていくことができないのです――。

 

 すると、フルートが突然言いました。

「よし、いいぞ、レオン!」

 レオンは、緊張した顔になってうなずくと、ひとりごとのように言いました。

「ぼくの後ろに立て」

 ところが、仲間は誰一人動こうとしませんでした。全員がレオンを見つめているだけで、彼の後ろには誰も行きません。

 リューラ先生はあざわらいました。

「何をやっている! もう仲間割れか!?」

 同時に、ばちん、と音がして、また青い戦人形が現れました。攻撃を仕掛けて、守りの光に弾かれたのです。

 そして、願い石の精霊が言っていたとおり、金の石が張る守りの光は完全に失われてしまいました。金の石がいっそう暗くなっていきます。

 あせる気持ちをこらえるように、レオンは歯を食いしばりました。自分の背後へ手を伸ばすと、何かをつかむ手つきをして、さっと引き寄せます。

 すると、その手の中に布が現れました。何もなかった場所から薄絹が出てきたのです。

 それと同時に、レオンの背後に新しい味方も現れていました。ひょろりとした赤い体に、長い手足、頭には六つの赤い瞳――レオンがマロ先生から引き継いだ戦人形です。

「ぼくたちを守れ! そして、リューラ先生の人形を倒すんだ!」

 自分の赤い戦人形に向かって、レオンはそう命じました――。

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