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第19巻「天空の国の戦い」

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79.鳥かご

 一度は正気に返り、フルートに傷を治してもらって喜んでいたグリフィンが、リューラ先生の声を聞いたとたん、また虚ろな目に戻ってポポロを跳ね飛ばしました。ポポロがよろめき、守りの光の外へ飛び出してしまいます。

 とたんにまたリューラ先生の声が響きました。

「よし、かかったな!」

 声と同時に、すさまじい魔力が石の床から湧き上がってきました。魔法の光が無数の灰色の蛇のように石の隙間から飛び出し、一度天井を目ざしてから、ポポロに集中して降りそそいでいきます。

「ポポロ!!!」

 叫ぶ仲間たちの目の前で、魔法はポポロを包み込みました。灰色の輝きが広がり、一瞬何も見えなくなります――。

 

 けれども、輝きはすぐに消え、その後にまたポポロが姿を現しました。

 彼女は鳥かごのような灰色の光の中にいました。魔力の束の中に閉じこめられたのです。

「いかん、補囚(ほしゅう)の罠だ!」

 とマロ先生が叫びました。そこに来た人間を閉じこめてしまう魔法が、床に仕掛けられていたのです。

 グリフィンは守りの光の中でまだ暴れていました。後脚立ちになると、近づいてくるフルートへくちばしを振り下ろします。フルートは盾でそれを防ぎましたが、力負けして倒れました。がしゃん、と鎧が大きく鳴ります。

「この裏切り者!!」

 ゼンは腹をたててグリフィンに飛びつくと、象よりはるかに大きな体を、ぐわっと頭上に持ち上げました。そのまま守りの光の外へ放り投げてしまいます。

 フルートはすぐに跳ね起きました。地響きを立てて墜落したグリフィンを、顔を歪めて眺め、すぐにポポロへ向き直ります。

 彼女も鳥かごのような檻(おり)の中で跳ね起きて、呪文を唱えていました。解放の魔法を使おうとしたのです。

 ところが、呪文は聞こえてきませんでした。彼女は驚いた顔になって何度も呪文を唱えましたが、やっぱり声は出てきません。

「呪文が封じられている! 魔法が使えないんだ!」

 とマロ先生がまた叫びます。

 フルートは駆け寄って檻に切りつけようとしました。ゼンは魔法を解除する胸当てをつけているので、そのままで飛び込んでいこうとします。

 ところが、とたんに全員が弾き返されて、床に倒れてしまいました。守りの光が補囚の鳥かごが触れたとたん、火花のような光が散って、守りの光のほうが弾き飛ばされてしまったのです。

 精霊たちだけがふわりと床に降り立ちます。

「ずいぶん強力な魔法だな」

「魔王が作り出しているのだ。当然だろう」

 こんな状況でも精霊たちは相変わらず冷静です。

 それじゃどうしたら――!? とフルートたちが尋ねようとしたとき、突然すさまじい声がホールを震わせました。グリフィンがほえたのです。

 ただならない声に思わず振り向いた一同は、ぎょっと目を見張りました。金と白の美しい色合いをしていたグリフィンが、いつの間にか全身真っ黒に染まっていたのです。鷲の前半分も、ライオンの後ろ半分も、翼や爪の先に至るまで、本当に黒一色になっています。

 そして、その体がみるみる溶け始めていました。燃えさかる炎に投げ込まれた蝋細工(ろうざいく)のように、体が崩れていきます――。

 

「グリフィンが闇の怪物に変わったんだ!」

 とレオンが言いました。

「リューラに支配されて我々を裏切ったから、体まで闇に堕ちたか!」

 とマロ先生も言います。

「そ、それでなんで体が溶け出すのさ!? 金の石は光を浴びせてないだろ!?」

 とメールが驚くと、精霊の少年は冷静に答えました。

「ここは天空城だ。いたるところが聖なる光で満ちあふれている場所だから、闇の怪物がその中に立てば、消滅するに決まっている」

 そんな話をしている間にも、グリフィンの黒い体はどんどん溶けていきました。翼やくちばしが崩れ落ち、羽毛も毛も流れ、得体の知れない黒い塊(かたまり)に変わりながら、なおいっそう小さくなっていきます。

「金の石!」

 とフルートは思わず言いましたが、精霊の少年は肩をすくめ返しただけでした。代わりに願い石の精霊が言います。

「守護のにグリフィンが助けられるはずはない。あれはすでに闇だ。聖なる石の守護のが手を出しても、あれを救うことはできない」

 一同の目の前でグリフィンはますます小さくなっていきました。元の形がわからないくらい溶けて縮んでしまいます。

 キェェ……

 かすかな鳴き声を残して、黒い塊は完全に消えてしまいました。グリフィンが消滅したのです。

 余韻のように漂った鳴き声に耳をすまして、ポチが言いました。

「ワン、無念だ、ってまた言っていましたよ……」

 誰もが絶句してしまいます。

 

 すると、フルートがうつむきました。ぎゅっと両手を握りしめてつぶやきます。

「……許さない……」

 その低い声に、全員は、どきりとしました。普段は本当に穏やかなフルートが、驚くほど険しい声になっていたのです。握りしめた拳が怒りに震え出しています。

「許さない……。グリフィンはただ操られただけじゃないか。それなのに何故、闇になって死ななくちゃいけないんだ……? そんな――そんな馬鹿なことはない!!」

 フルートは最後にはどなり声になっていました。悔しさと怒りに歪んだ顔で奥の扉をにらみつけ、鳥かごのような檻に閉じこめられたポポロへ言います。

「出てこい、ポポロ! 突入するぞ!」

 はい! とポポロは即座に返事をしました。そんな無理だ! とマロ先生が反論するのを無視してかがみ込み、床に手を触れて呪文を唱えようとします。

 けれども、やはり呪文はポポロの口から出てきませんでした。普通のことばは話すことができるのに、呪文になると、とたんに音がたち消えてしまうのです。

「リューラ先生は魔王になってるんだ。いくらポポロでも無理だよ」

 とレオンが絶望して言うと、ゼンが言いました。

「いいや、そんなことはねえぞ、きっと」

「そうそう。ポポロは、やるときにはやる子だからね」

 とメールも賛同します。

 フルートはポポロを見つめ続けていました。何も言いませんが、まなざしには強い信頼が込められています。

 ポポロはもう一度、両手を床に押しつけました。全身全霊の力を込めて、呪文を咽から絞りだそうとします。

 とたんに本当に声が出てきました。

「ロケダク――ヨナワノウホーマ!!」

 呪文が響き渡ります。

 

 すると。

 床の石の隙間から立ち上がっていた魔法の檻が、根元から壊れ始めました。魔法の光の束が、ばん、と音を立てて砕け、鳥かごの頂上に向かって崩れていって、霧散してしまいます。

 同時に、同じ階の別の場所でも、次々に弾ける音が響き始めました。思いがけない場所で、爆発するように光が弾け、何かが崩れて消えていきます。

 レオンは唖然(あぜん)としました。

「ポポロの魔法が別の魔法の罠まで消滅させている――」

 やがて、弾ける音は彼らの頭上や足元からも聞こえてくるようになりました。音はどんどん増えて、さらに遠くからも押し寄せてくるようになります。

「ポポロの魔法が他の階にも広がった。塔中の罠を破壊しているんだ」

 と金の石の精霊が言います。

「だ、だけど、罠を仕掛けたのは魔王になったリューラ先生なんだろう? それを全部?」

 とビーラーも驚いたので、ポチが答えました。

「ワン、だってポポロの魔法ですからね。ポポロはいつだって、ここぞというときに、すごい力を発揮するんです」

 やがて、塔の中は静かになっていきました。別の階の罠が砕けていく音も、遠ざかって聞こえなくなっていきます。ポポロのまわりからも、鳥かごのような魔法の檻は消えていました。

 ポポロは床から立ち上がり、仲間たちへにっこり笑ってみせました。その目に溜まっているのは嬉し涙です。

 フルートはうなずき返しました。

「よくやった、ポポロ。これでもう罠の心配はない。さあ、魔王からデビルドラゴンを追い出しに行くぞ!」

「はいっ!」

 とポポロは駆けてきました。全員がまた一丸となります。

 

 すると、ホールの奥の扉が突然、自分から開きました。二つに別れた扉が、ばんと音を立てて壁にぶつかります。

 その扉の向こうには運行局があるはずでしたが、入口からは暗闇が見えているだけでした。目を凝らしても、まったく中が見通せません。

 とたんにマロ先生が叫びました。

「いかん、逃げろ! あそこは異空間につながっている!」

 そのことばが終わらないうちに、どっと激しい風がホールに巻き起こり、全員が吹き倒されました。風は平気なはずのフルートまでが、風にあおられて倒れてしまいます。風はますます強まり、扉に向かって吹いていきました。ごうごうと、うなるような音が響きます。

 一同の体が風に押されて扉へ動き出したので、彼らはあせりました。抵抗しようとするのですが、自分の力ではどうすることもできません。

「やだ! なんだい、これ!?」

「こんちくしょう! 黄泉の門の風かよ!?」

 メールやゼンがわめいていると、マロ先生が言いました。

「ぼくたちは異空間に吸い込まれているんだ! レオン、早く全員を止めろ――」

 ところが、その声にリューラ先生の声が重なって響きました。相変わらずリューラ先生の姿は見えません。ただ声だけが、高らかに笑って言います。

「これで一番邪魔なポポロの魔法はなくなった! 暗闇の世界へ吸い込まれて一人残らず死ぬがいい、伝説の勇者ども!」

 青ざめた一同へ、ひときわ強い風が襲いかかってきました。とうとう全員が床から吹き飛ばされ、風と共に扉の中へ転がり込んでいきます。

 フルートたちが一人残らず暗闇に呑み込まれると、扉はまたひとりでに動いて、ぴたりと閉じました。それと同時に風もやみ、ホールは静かな暗がりに包まれてしまいました――。

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