ついに一行は塔の二十五階までやってきました。運行局がある場所です。
入口の扉の前に立って、フルートはポポロとレオンを振り返りました。
「中の様子は見えるか?」
二人は同時に首を振りました。どんなに魔法使いの目を凝らしても、扉の向こうは見えなかったのです。
すると、マロ先生が言いました。
「安全のために、この塔には透視ができない魔法が組み込まれているんだ。外から中の様子を見ることは不可能だよ。扉も、運行局の担当者でなければ開けられないようになっているんだが――」
「でも、ぼくたちには開けられると思います。ぼくたちは天空城のどこにでも出入りが自由ですから」
とフルートは答えると、仲間たちへうなずいて見せました。
「いいか、開けるぞ」
よし! と仲間たちはいっせいに答えました。金の石の精霊が守りの光を強めますが、その中でさらに全員が身構えます。
フルートは扉の前に立って呼びかけました。
「ぼくたちは通行を許されている! ここを通してくれ!」
はたして扉は開いていきました。その向こうに、石の床の階が現れます――。
けれども、予想に反して、襲撃はありませんでした。扉が開いたとたん、いっせいに攻撃を食らうか、敵が飛び出して襲いかかってくるのではないかと思っていたのですが、そんなことは起きません。二十五階は暗く静まり返っています。
「ここはホールだ。運行局はこの奥にある」
とマロ先生が言ったので、フルートたちは慎重に扉をくぐっていきました。灯りのないホールに入ります。
すると、彼らを包む守りの光が、ホールの中を照らし出しました。四方を白い壁が取り囲んでいて、右手の壁には青空の中を飛ぶ天空の国の絵が、左手の壁には白い波が走る海原の絵が描かれています。
「海だ!」
とメールが言うと、マロ先生は言いました。
「これは古い契約を表した絵だ。この世界に空と海がある限り、我々は友だちであり続ける。そんな約束が、はるか昔に、天空の民と海の民の間で結ばれたんだ」
「もちろん、あたいは知ってるよ。だから、海が魔王に襲われたときに、天空の国は助けに来てくれたんだ」
とメールは答え、ちょっと悔しそうな表情になりました。
「天空の国は何度も海を助けに来てくれたのに、あたいたち海の民は天空の国を助けに来られないんだよ。ここは空の上だから」
すると、レオンが言いました。
「いいや、ちゃんと助けに来てくれているじゃないか。だって、君だって海の民なんだろう?」
全員は思わずレオンに注目してしまいました。とても意外なことばを聞いたような気がしたのです。な、なんだよ!? とレオンは面食らって赤くなります。
メールも目を丸くして驚いていましたが、すぐに納得した顔になると、うなずきました。
「そうか――確かにそうだよね。そっかぁ。あたいはここでは海の民代表なんだ」
と嬉しそうに言って、くすくす笑い出します。
「いいこと言うな、おまえ! ますます見直したぞ!」
とゼンがレオンの背中をたたいたので、レオンはまた咳き込んでしまいました――。
すると、ホールの奥の光が届かない片隅で、急に何かが動きました。
笑っていたフルートたちは、たちまち飛び上がり、そちらへ身構えました。ゼンやポチが暗がりへ目を凝らして声を上げます。
「おい、ありゃぁ――」
「ワン、グリフィンだ!」
金の石が守りの光を少し強めると、ほのかに明るくなった隅に、大きな怪物が姿を現しました。体の前半分が金色の鷲、後半分が白いライオンの姿をしています。
その眉間に折れた矢が突き刺さっているのを見て、フルートは言いました。
「さっき戦ったグリフィンだ。ここに逃げ込んでいたんだな」
「でも、ものすごい怪我をしているわよ!」
とルルが驚きました。先ほどの戦闘であちこちに傷を負ったグリフィンですが、今は、そのときよりもずっとひどい怪我を負って、うずくまっていたのです。翼は片方が引きちぎられたようになくなり、体にはえぐれた傷がいくつもあります。目も片方潰れて見えなくなっているようです。ただ、ひとつだけになった目は、しっかりしたまなざしをしていました。先ほどの虚ろな目とは違っています。
「正気に戻っているのかもしれない。ポチ、どうしたのか聞いてみてくれ」
とフルートに言われて、ポチがワンワン、と話しかけると、案の定、グリフィンはそれに応えてきました。ギェェン、という鳴き声ですが、ポチには言っていることがわかります。
「ワン、リューラ先生にやられたんだ、って言っていますよ。役立たず! と叱られたけれど、どうしてそんなことを言われるのかわからない、って。どうやら、自分がリューラ先生に操られていたのを覚えていないみたいですね」
「リューラの野郎、グリフィンが失敗したもんだから、魔法でとっちめたんだな。勝手に操っておいて、ひでぇことしやがる」
とゼンは顔をしかめました。
フルートは金の石の精霊を振り向きました。
「あのグリフィンの傷を治せるか?」
少年はあきれた顔になりました。
「癒してやると言うのか? あいつはさっき戦った敵だ。元気になれば、また襲ってくるかもしれないぞ」
「リューラ先生に操られていただけだ。それに、このまま放っておいたら死んでしまう」
フルートの言うとおり、グリフィンは大量の血を流していました。特に翼をちぎられた傷からは、脈打つたびに血が噴き出しています。
やがて、グリフィンの頭が下がり始めました。もう起こしていることができなくなったのです。床の上に首を伸ばして、キェェ……と力なく鳴きます。
ポチがまた通訳しました。
「ワン、無念だ、って言ってます。自分は城を守る番人なのに、もう守ることができなくなってしまった、って――」
金の光の中の者たちは、怪物を見つめてしまいました。マロ先生がひとりごとのように言います。
「グリフィンは聖なる宝を守る獣だ。だから、ずっと天空城を守ってきた。この城は天空の国で最も大切な宝だからな」
「金の石、グリフィンを癒してくれ」
とフルートは言いました。いつもの、きっぱりした口調です。
精霊の少年は肩をすくめました。
「ぼくは君たちを守っているから、癒しの光を放つことはできないよ。治してやりたかったら、光の中へグリフィンを連れてくるしかない」
それは金の石の最後の抵抗だったのですが、フルートはあっさりと答えました。
「そんなのは簡単だ。ぼくたちがグリフィンのところへ行って、守りの光の中に入れてやればいいんだ」
精霊の少年はもう何も言いませんでした。精霊の女性が、やれやれ、と首を振ります。例え精霊たちであっても、こんなフルートは絶対に止められないのです。
フルートはホールの中をグリフィンに向かって歩き出しました。守りの光はフルートと共に移動していくので、他の者たちも一緒に歩いていきます。
やがて、一同はグリフィンの目の前までやってきました。怪物は床に首を伸ばして、ぐったりと目をつぶっていました。傷口から血はあふれ続けていますが、それももう弱々しくなっていました。心臓も停まりかけていたのです。
フルートは、静かにその近くへ歩み寄っていきました。フルートの歩調に合わせて、金の光も動きます。光が作り出す輪が、グリフィンの体を照らしていきます――。
すると、グリフィンが突然ギェェェ! と大きく鳴きました。苦しそうにあえぎ、片方だけの翼を上下に動かします。
「ど、どうしたんだ……!?」
とレオンやビーラーが驚いていると、メールが、ほら、とグリフィンを指さしました。みるみるうちに血が停まり、傷口から肉が盛り上がっていたのです。ちぎれた翼も根元から再生していって、たちまち金の羽毛でおおわれます。
ものの一分もたたないうちに、グリフィンはすっかり元通りになっていました。眉間の矢も抜け落ち、潰れていた目もまた見えるようになっています。
グリフィンは勢いよく立ち上がると、ぶるぶるっと大きく身震いしました。傷も血の痕もなくなった姿で、キェェ、と喜びの声を上げると、首を曲げてフルートに頭をすりつけてきます。グリフィンが嬉しそうに目を細めているのを見て、フルートも笑顔になりました。
「よしよし、元気になって良かったな」
と鷲の頭を抱いてなでてやります。
その後ろにいた一同は、ほっと胸をなで下ろしました。
「聖守護石の癒しの力はすごいな。ぼくたちの魔法より早くて強力じゃないか」
とレオンはしきりに感心します。
フルートはグリフィンに優しく話しかけました。
「ぼくたちはこれからリューラ先生に取り憑いた闇の竜を追い出す。また巻き込まれないように、早くこの場所から離れるんだ」
すると、グリフィンがまた鳴き、ポチがそれを通訳しました。
「ワン、リューラ先生は運行室に入っていったそうです。自分も一緒に行って戦いたい、ってグリフィンが言ってますよ」
フルートは、またにっこりしました。
「ありがとう。心強いな」
と金と白の大きな生き物を見上げます。グリフィンは、グルルル、と猫のように咽を鳴らしました。一行に従うように、一番後ろに回ります。
その時、ホールに男の声が響きました。
「やれ!」
それはリューラ先生の声でした。姿はどこにも見当たりません。全員が周囲を見回していると、金の石の精霊が叫びました。
「フルート、グリフィンだ!」
傷を治してもらって仲間になったはずの怪物が、呆然と立ちつくしていました。その青い目がまた虚ろになっているのを見て、フルートも叫びました。
「みんな、よけろ!」
全員はグリフィンのまわりから飛びのきました。フルートは逆にグリフィンへ向かいます。
ギェェェェン!
グリフィンはつんざくように鳴くと、大きく羽を開きました。フルートに癒してもらった翼です。すると、翼の先がポポロに当たりました。小柄なポポロは弾き飛ばされてしまいます。
「ポポロ!」
近くにいたメールがとっさに手を伸ばしましたが、間に合いませんでした。
ポポロはよろめき、守りの光の外へ飛び出してしまいました――。