螺旋階段はどこまでも続いていました。フルートたちはそこを駆け下って、天空城の運行局を目ざします。
ところが、やがてゼンが首をひねりました。
「おい。いくら俺たちの突入が早いからって、敵の数が少なすぎるんじゃねえのか? 全然妨害されないじゃねえか」
ゼンの言うとおり、ここまでに現れて立ちふさがったのは、屋上の衛兵たちと金色のグリフィンと七色の霧の福霧だけです。そこを抜けた今は、呆気ないほど簡単に階段を下っていくことができます。
金の石の精霊が一行の前を飛びながら答えました。
「この螺旋階段には嫌と言うほど魔法が仕掛けられている。ただ、ぼくが守っているから何も起きていないだけだ」
すると、ポポロも言いました。
「その通りよ……。この階段には、無限の魔法がかかっているの……。金の石が守ってくれていなかったら、あたしたち……いつまでもここをぐるぐる走り回るだけで、全然先へ進めなくなっていたわ……」
運動があまり得意ではないポポロは、階段を駆け下りていくのにも、息を弾ませていました。それでも、遅れないように必死で走っています。
「ひょっとして、落とし穴や落石の罠なんかもあるのかい? そうでなきゃ、壁や天井が崩れてくる罠とか、爆発する罠とかさ?」
とメールが尋ねました。こちらはこの程度の動きでは汗ひとつかいていません。
レオンが首を振りました。
「そういう罠は見当たらないな。階段にかけられているのは、無限の罠と迷宮の罠、それに恐怖で気が狂う魔法と、突然空気がなくなって窒息する魔法と、全身の水分を吸い取られて枯死(こし)する魔法と、踏んだとたんに怪物に変わって仲間を襲う魔法と、通り抜けたときに体を真っ二つにされる魔法――その程度のものだよ」
「そんだけあったら充分だろうが!!」
とゼンはわめいて、用心する目で周囲を見直しました。ただの螺旋階段に見えていても、至るところが死の魔法で塗り固められているのです。
すると、マロ先生が言いました。
「ここは天空の国の中枢に当たる場所だ。ここが破壊されれば、この国は制御が効かなくなって、世界の空を漂流するようになるし、最悪の場合地上へ墜落する可能性もある。リューラだって、ここを破壊するような馬鹿な罠は仕掛けないだろう」
フルートはその話を黙って聞いていました。考えるような視線を行く手へ向けますが、曲がった壁にさえぎられて、先の様子は見通すことができません――。
やがて、ルルが声を上げました。
「ここ、二十六階って書いてあるわよ!」
階段から出る扉の上に、階の番号のプレートが掲げられていたのです。天空の国の文字で書かれているので、フルートたちには読めません。
「ワン、運行局は二十五階でしたよね!」
「この下の階だ!」
とポチとビーラーが一同の前に飛び出しました。犬の聴覚と嗅覚で行く手の様子を探りながら、先頭を駆けていきます。
と、二匹はぴたりと足を止めました。フルートたちも階段の途中で急停止します。
「ワン、怪物だ!」
「この匂いは竜だ! しかも水の匂いもするってことは――」
ポチとビーラーが言っている間に、階段の下からしゅるしゅると這い上がる音が聞こえてきました。すぐに真っ白い巨大な竜が、ぬっと顔を出します。
「ホワイトドラゴン!!!」
とレオンやポポロやルルは声を上げました。フルートたちも予想外の敵に思わず立ちすくんでしまいます。天空城に来るときに昇ってきた滝の守り主です。
「リューラの奴め! 聖なる竜まで手先にするとは何事だ!?」
とマロ先生が怒ります。
「来るぞ!」
とフルートは叫びました。ホワイトドラゴンが彼らに向かって口を開けたのです。次の瞬間、彼らへ襲いかかってきたのは大量の水でした。階段の下のほうから、どっと押し寄せてきて、守りの光に包まれた一行を、ボールか何かのように押し流してしまいます。
彼らは水に乗って螺旋階段をさかのぼっていきました。その後をホワイトドラゴンが追いかけてきます。
「こんにゃろう!」
ゼンが光の中から矢を放ちました。百発百中の矢は、みごとホワイトドラゴンの眉間に突き刺さりましたが、そのまま抵抗もなく後ろへ抜けました。竜はまったくダメージを受けません。
「無理だよ! ホワイトドラゴンは攻撃するときに、体を水に変えるんだ!」
とレオンが言います。通常の武器は効かないということです。
そのうちに、階段をさかのぼる水の勢いが緩んできました。ついに水が階段を昇りきれなくなると、今度は下に向かって流れ出します。
一行も、金の光に包まれたまま、一緒に階段を下り始めました。流れていく先では、ホワイトドラゴンが大口を開けて待っています。
フルートは炎の剣を抜きました。ボールのような金の光の中で、仲間たちをかばって剣を構えます。
それを見て、マロ先生が言いました。
「無理だ! それは火の魔剣だろう!? 火もホワイトドラゴンには効かないんだ!」
そう言っている間に、もう彼らは竜の前まで来ていました。竜が守りの光にかみついてきます。
すると、光のボールが大きく歪みました。破れるようなことはありませんが、牙が食い込んできて、先頭にいるフルートに届きそうになります。危ない!! と仲間たちは叫びました。ポポロやレオンがとっさに魔法を使おうとします。
とたんにフルートが叫びました。
「魔法を使うな!」
ポポロたちが思わず呪文を止めると、フルートは剣を突き出しました。目の前に迫る竜の鼻面を突き刺しますが、やはり剣はなんの抵抗もなく刺さっていきます。竜は平気な顔のままです。
ところが、フルートはそのまま剣を突き立て続けました。竜が下顎(したあご)を動かして何度もかみついてきますが、絶対に剣を抜きません。
すると、どこからか、ごぼり、と低い音が聞こえてきました。竜はかみつくのを止めて、耳を澄ましました。ごぼり、という音がまた響きます。まるで深い場所から大きな泡が立ち上ってくるようです――。
「あっ、そうかぁ!」
とメールがふいに声を上げました。隣でゼンも膝をたたいています。
「そうだ、水の竜なら、あれと同じわけだぜ! なるほど!」
ごぼり、ごぼりという音はひっきりなしに聞こえるようになっていました。それはホワイトドラゴンの頭の中から聞こえてきます――。
「何が起きているんだ?」
とレオンが驚くと、ポチが答えました。
「ワン、フルートは炎の剣でホワイトドラゴンの体の水を沸騰させているんですよ。昔、そうやって渦王の水蛇も倒したことがあるんです」
ごぼごぼごぼ……煮え立つ音がひっきりなしに響くようになると、ホワイトドラゴンはついに悲鳴を上げました。フルートから飛びのいて剣から頭を引き抜くと、狂ったように首を振り回して周囲の壁にぶつかります。その拍子に体の表面がちぎれました。そこから白い蒸気が噴き出してきます。
キィィィ。
鳥のような鋭い鳴き声を残して、竜は螺旋階段を逃げていきました。長い体が階段をこする音が遠ざかり、やがて聞こえなくなってしまいます――。
マロ先生やレオンやビーラーは、呆気にとられてしまいました。フルートが剣一本でホワイトドラゴンを撃退してしまったのです。
けれども、当の本人や仲間たちは、いたって普通の表情のままでした。
「ホワイトドラゴンって、父上たちの水蛇より根性ないよ。あれっぽっちで降参しちゃうんだからさ」
「まったくだ。あいつが暴れて抵抗したら、俺が手伝いに出ていこうと思ったのに、さっさと逃げやがってよ」
メールとゼンなどは、竜が逃げていったのを残念がるような口ぶりです。
願い石の精霊は金の石の精霊に話しかけていました。
「あの程度の攻撃も充分に防げないとは、どういうことだ、守護の。また力が足りなくなっているのではないか?」
「そんなことはない。フルートが正面の守りを緩めろと言ったから、その通りにしただけだ」
と精霊の少年が冷ややかに言い返します。
そんな仲間たちへ、フルートは言いました。
「さあ、いよいよ運行局だ。リューラ先生がいる。絶対に油断するなよ」
おう! と仲間たちがまた応えます。
一行は、まだ濡れている螺旋階段を踏みしめながら、運行局がある二十五階へと進んでいきました――。