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第19巻「天空の国の戦い」

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76.七色の霧

 螺旋階段は塔の中央を上から下へとつないでいました。

 階が変わるごとに外周の壁に入口が現れますが、扉があるので、階の様子を見ることはできませんでした。反対側には塔の中心を貫く石の柱があるので、階段の下のほうを見通すこともできません。ただ曲がった壁の先から、下りの階段が次々現れるてくるだけです。

 フルートたちはそこを勢いよく駆け下っていきました。下り続けるうちに、自分たちがどのあたりにいるのかわからなくなってしまいますが、目ざす場所の位置はマロ先生が知っていました。

「運行局はこの塔のちょうど真ん中の二十五階にあるんだ。あと十七階ほど下だよ」

 そのことばを頼りに、一同は走り続けました。螺旋階段に彼らの足音だけが響き渡ります。

 

 すると、フルートと並んで先頭を飛んでいた二人の精霊が、急に立ち止まりました。

「みんな、止まれ!」

「どうやら、また敵が来るらしい」

 全員も即座に止まると、下の様子をうかがいました。フルートは剣を、ゼンは弓矢を構えます。

「いつもなら、こういうときには闇の気配が迫ってくるんだけれど……」

 とルルが思わずつぶやきました。行く手から闇の匂いはしていません。ここは天空城の中なので、いくらリューラ先生が魔王になっても、闇の怪物を送り込むわけにはいかないのです。

 代わりに階段の下から現れたのは、光り輝く七色の霧でした。ひたひたと音もなく階段を這い上がって押し寄せてきます。

 ゼンは思わず顔をしかめました。

「なんだ、こいつは。なんだか前にもこんなようなヤツを見た気がするぞ?」

「仮面の盗賊団と戦ったときに出てきた、闇の霧の怪物だよ。禍霧(かむ)っていったっけ? 色は違うけど、なんとなく雰囲気似てるね」

 とメールが答えると、マロ先生が言いました。

「これは福霧(ふくむ)だ。闇の民と共に地上へ下りて闇に転じてしまったものが、禍霧と呼ばれる。こちらの福霧は禍霧と違って人や物を食うようなことはないが、触れたものから力を吸収してしまうから、やはりやっかいだ」

「ワン、触れたものから力を吸収する霧? どうしてそんな危険なものが天空城にあるんです?」

 とポチが疑問に思うと、それにはレオンが答えました。

「魔法がうまくいかなくて暴走したときに、魔力を吸収させるのさ。例の消魔水で魔法が広がっていくのを止めてから、この霧に余計な力を吸い取らせるんだ。ポポロもよく学校でお世話になっていた――あ、ご、ごめん」

 ポポロがたちまち泣きそうになったのを見て、レオンはあわてて謝りました。彼女にさんざん悪口を言っていた彼が、信じられない変わりようです。

 

 フルートは精霊たちに尋ねました。

「霧がこっちに来るぞ。やり過ごせそうか?」

 精霊たちはフルートたちと同じように階段に降り立っていました。金の石の精霊が腰に手を当てて言います。

「難しそうだな。あいつはぼくが張っている守りの光に向かってきている。守りの力を吸収するつもりでいるんだろう」

「魔王はそなたたちから守りを取り去って攻撃するつもりなのだ」

 と願い石の精霊も冷静に言います。

 そこへとうとう霧がやってきました。下の段から上の段へと這い上がりながら、階段を七色の輝きでいっぱいにしていきます。

 ただ、フルートたちの周囲は金の光で包まれているので、七色の霧もその中までは入り込むことはできませんでした。取り囲むように金の光のまわりに集まり、やがて光の表面に這い上がり始めます。

 すると、急に金の光が一回り小さくなりました。霧が迫ってきたので、ゼンやレオンが思わず、おっと声を上げます。

「大丈夫か、守護の」

 と精霊の女性は精霊の少年を見下ろしました。ことばでは心配していますが、表情が冷静なので、なんとなくそらぞらしく聞こえてしまいます。

「もちろん大丈夫だ」

 と金の石の精霊は答えましたが、その体が少しずつ薄れ始めていました。七色の福霧に、守りの力を吸い取られているのです。金の光がまたぐっと縮んでしまいます。

「身動きが取れないな。福霧の中に出ても命まで奪われることはないが、体力を奪われるから、進むことができなくなる」

 とマロ先生が言ったので、ゼンが尋ねました。

「この霧にあっちへ行け、って命令はできねえのか?」

「リューラ先生がぼくたちを襲うように命令しているんだから、この場所からは離れないよ」

 とフルートが言いました。考える顔をしていますが、なかなか名案は思いつかないようです。そうしている間にも、金の光はまた一回り小さくなりました。七色の霧が全員のすぐそばまで迫ってきます。

 金の石の精霊の姿は、いっそう薄くなっていました。幻のように透き通って、今にも消えそうに揺らめきます。同時にフルートの胸の上で、金の石も暗くなり始めました。

 フルートはあせってペンダントを見つめました。金の石が完全に力を失えば、福霧が彼らに襲いかかります。まったく動けなくなって、リューラ先生の思うがままに攻撃されてしまうのです――。

 

 すると、フルートの体内へ、どっと熱いものが流れ込んできました。願い石の精霊がまたフルートの肩をつかんだのです。金の石の輝きが一気に増し、精霊の少年の姿もはっきりします。

 守りの光は狭まっていくのをやめました。福霧が全体を包み込みますが、耐えて中の人々を守っています。

 願い石! と一同は歓声を上げましたが、精霊の女性は、にこりともせずに霧を見ていました。やがて、細い眉をひそめて、冷ややかに言います。

「この霧は、おどろを思い出させる。非常に不愉快だ」

 不愉快といいながらも、精霊の表情はやはり変わりません。次いで、フルートの中へまた熱いものが送り込まれてきました。これまでとは比べものにならないほど大量の力です。

 フルートは体の内側に激しい衝撃をくらって、思わず悲鳴を上げました。ペンダントが爆発するように輝き、同時に守りの光が一気に広がります。その場にいた全員も強すぎる光を浴びて、体中に痛みを感じてしまいます――。

 

 光の爆発がおさまったとき、周囲にはもう七色に輝く福霧はいませんでした。ただ石の壁と螺旋階段が続いているだけです。

 階段の上に全員が座り込んでいました。フルートは自分の体を抱いて、まだ残っている痛みに顔をしかめています。

 その隣に立っていた金の石の精霊が、怒った顔で願い石の精霊をにらみました。

「やり過ぎだ、願いの。フルートを焼き尽くすつもりか」

「私は自分のために自分の力を使える。おどろに似た霧など見ていたくなかっただけだ」

 と精霊の女性は答えました。相変わらず、すましたような表情をしています。

 マロ先生があきれて言いました。

「福霧が呑み込みきれないほど大量の力を放出して、福霧を吹き飛ばしてしまったのか! 君たちが天空の国を攻めたりしたら、リューラ以上の強敵になるんだろうな。本当にとんでもない一行だ。……いや、もちろん冗談だよ」

 一行が本気で怒り出しそうになったので、マロ先生はあわてて手を振りました。

 フルートは強い口調で言いました。

「ぼくたちは金の石の勇者の一行です! 金の石は守りの石だ! ぼくたちの力は守るためにあるのであって、どこかの国や人を支配するためにあるんじゃないんです!」

 自分よりはるかに年上の相手へそう反論してから、フルートは仲間たちを振り向きました。

「行こう! 今ならまだ、リューラ先生も態勢が充分に整っていない。塔の中が手薄なうちに、運行局にたどり着くぞ!」

 よし! と仲間たちはまた駆け出しました。螺旋階段を下っていきます。レオンとビーラーも後を追っていって、マロ先生だけがその場に残ります。

「子どもゆえの無欲さか……。だからこそ、伝説の勇者は大人ではなく、子どもたちだったのだな」

 マロ先生は、ほろ苦く笑ってつぶやくと、一行の後を追って階段を下って行きました。

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