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第19巻「天空の国の戦い」

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第25章 螺旋階段(らせんかいだん)

75.グリフィン

 屋上の入口をくぐったフルートたちは、塔の螺旋(らせん)階段を飛びながら下っていきました。

 すると、その後を大きな火の玉が追いかけてきました。彼らを包んでいる金の光にぶつかってはね返されると、塔の壁や天井を壊します。

「危ない!」

 と一同は叫び、追っ手を振り切ろうと、いっそう速く階段を下っていきました。風の犬や花鳥に乗った彼らの下を、石の階段が飛ぶように過ぎていきます。

 

 ところが、攻撃が追いかけてきたのは、それ一度きりでした。衛兵も後を追ってはきません。

 ゼンがいぶかしそうにふり返りました。

「ヤツら、なんで追いかけてこねえんだ? 城に不審者が入り込んだってのによ」

「確かにおかしい。リューラは我々が来ていることに気づいているんだから、見過ごすはずはないんだが――」

 とマロ先生も言ったとき、先頭を飛んでいたポチが言いました。

「ワン、下から何か上がってきますよ! 気をつけて!」

 リューラ先生の戦人形か!? と一同は瞬時に考えました。思わずレオンを振り向きますが、彼の後ろにマロ先生から譲られた戦人形はありませんでした。レオンはこわばった表情で前方を見つめています。

 すると、行く手の壁の向こうから、曲がったくちばしが現れました。続いて金色の大きな鷲(わし)の頭が出てきます。

「ポチ、このまま行け!」

 とフルートはすぐに叫びました。大鷲を吹き飛ばして進もうとしたのです。

 ところが、鷲の体と翼の後から、今度は巨大なライオンの体が現れました。鷲の頭がくちばしを開いて、ギェェェン、と鳴きます。

 一同は思わず立ち止まりました。彼らの前に現れたのは鷲ではなく、グリフィンだったのです。鷲の部分は金色、ライオンの部分は白い色をしています。

「なんで天空城にグリフィンがいるんだよ!? ありゃ闇の怪物だろうが!」

 とゼンがわめくと、ルルが答えました。

「グリフィンは元々聖なる生き物よ! それが闇の民と一緒に地下に堕ちて、闇のグリフィンになったの。色だって、グーリーとは違うでしょう!?」

 グリフィンは螺旋階段の途中に立ちふさがって、彼らを見上げていました。青い瞳ですが、妙に虚ろなまなざしです。

「やっぱり、リューラ先生に操られているのか!」

 とレオンは歯ぎしりしました。

 フルートは剣を構え直しました。どこをどう攻撃すればここを抜けていけるだろう、と考えます。

 

 すると、グリフィンが金色の翼を広げました。階段に立ったまま、翼を大きく羽ばたかせます。

 とたんに猛烈な風が巻き起こりました。翼の大きさからは想像できないほどの強風です。

 一同は、あっという間に吹き飛ばされてしまいました。石でできた塔の壁にたたきつけられそうになります。

「金の石!」

 とフルートが叫ぶと、金色の光が強まって、全員を受けとめました。見えないクッションで彼らを包み込んで衝撃から守り、ふわりと階段の上へ下ろします。

 とたんにまた猛烈な風が襲ってきたので、全員は身を伏せ、壁や階段にしがみつきました。ポチとルルは風の犬から犬の姿に戻って、仲間たちの体の下に潜り込みました。そうしなければ、吹き飛ばされてしまいそうだったのです。

 メールの花鳥は崩れて花に戻っていました。そのまま風にさらわれて飛んでいってしまったので、あっとメールが声を上げますが、追いかけることはできません。

 ゼンが顔を上げて空中へどなりました。

「おい、おまえら! どうして風を防がねえんだよ!?」

 そこには黄金の髪の少年と赤い髪の女性が浮いていました。強風などまったく関係なく、一箇所に留まりながら、冷静に彼らを見下ろしています。

「ぼくと願いのは魔法攻撃から君たちを守っていたんだ。風は守備範囲外だよ」

 と少年が答えたので、ゼンはまたどなりました。

「んなこと言ったって、これじゃ身動き取れないじゃねえか! 早くなんとかしろよ、唐変木(とうへんぼく)!」

「このままじゃ先に進めない! 風を止めてくれ!」

 とフルートも言ったので、金の石の精霊は、しかたないな、と肩をすくめました。

「願いの、力を貸せ。フルートたちを風から守るぞ」

「全員は不可能だ。契約違反になる」

 と精霊の女性が答えました。金の石の精霊に輪をかけて冷静な声と表情です。

「では、フルートだけを」

「それならばよかろう」

 人間たちには意味のわからない協議をして、願い石の精霊はまたフルートの肩をつかみました。とたんに、どっと熱いものがフルートの中に流れ込み、ペンダントの金の石がいっそう強く輝きました。同時に、フルートに当たっていた風が消えます。

 

 フルートは即座に跳ね起きました。

 見回せば、強風はまだやんでいませんでした。グリフィンが羽ばたき続けているので、仲間たちは石の階段に身を伏せて、必死で飛ばされないようにしています。フルートだけが、無風の中で自由に動けるようになっていました。

 金の石の精霊が空中から話しかけてきました。

「あいつをあまり深追いするな。ここから離れすぎると、他の者を守りきれなくなる。君たちは感じないかもしれないが、ここには至るところに魔法の罠が仕掛けられているんだ。守りの光の外に出れば、たちまち罠にかかって死ぬことになるぞ」

「あまり長びかせるな。私が守護のに貸した力は、せいぜい三分ほどしか持たないのだ。それが過ぎれば、また力を貸さなくてはならない」

 と願い石の精霊も言いました。彼女はいつの間にか金の石の精霊の隣へ移動していました。

 わかった、とフルートは答えて駆け出しました。走りながら炎の剣を銀のロングソードに持ち替え、グリフィンが広げた翼の中へ飛び込んで突き刺します。

 ギェェェン!!!

 グリフィンは翼に傷を負って悲鳴を上げました。羽ばたきが一瞬止まりますが、すぐに前より激しく翼を打ち合わせます。フルートは巨大な翼にたたかれて階段に倒れました。風は平気になっても、直接攻撃は食らってしまうのです。仰向けになったところを鷲の前脚に踏みつけられて、動けなくなってしまいます――。

 ところが、フルートを突き刺そうとしたくちばしが、堅い音と共にはね返されました。魔法の鎧がフルートを守ったのです。どんなにグリフィンがつついても、鎧はびくともしません。グリフィンは鋭く鳴くと、今度はフルートの顔を狙いました。むき出しの顔へくちばしを突き立てようとしますが、それより早くフルートが盾をかざしました。やはり攻撃が防がれてしまいます。

 すると、フルートは右手の剣を握り直して、敵の前脚を突き刺しました。グリフィンが叫んで飛びのくと、即座に跳ね起きて剣をふるいます。

 ばっと金の羽と赤い血が散り、グリフィンがまた悲鳴を上げました。鷲のような怪物の胸が、みるみる血に染まっていきます。

 グリフィンは怒り狂い、また飛びかかってきました。翼を羽ばたかせながら両前脚を持ち上げ、フルートにつかみかかろうとします。

 フルートは素早く飛びのくと、また剣をふるいました。鷲の血が石の壁や階段に飛び散るのを見ながら、さらに剣を突き出します。

 今度はグリフィンが大きく飛びのきました。階段の下のほうで鷲の翼を持ち上げ、ライオンの尾をしゅっしゅと鳴らしてフルートを威嚇(いかく)します。フルートは思わず眉をひそめました。彼の攻撃はすべて命中しているのですが、グリフィンが大きすぎるので、思ったようなダメージを与えられないのです。

 

 すると、フルートの背後で、びぃん、と突然音がして、白い矢が飛んできました。フルートの横を飛びすぎて、グリフィンの眉間に命中します。

 フルートの後ろでゼンたちが立ち上がっていました。ゼンは百発百中のエルフの弓を構えています。

「今だ! やれ、フルート!」

 と言って、また次の矢を放ちます。

 グリフィンは翼を打ち合わせて矢を吹き飛ばしました。押し寄せてきた強風にゼンたちはまた身を伏せますが、フルートだけは平気です。すっくと立ってグリフィンを見据えると、剣を振りかざしていきます。それはいつの間にか黒い大剣に変わっていました。気合いと共に振り下ろすと、切っ先から巨大な炎が飛び出します。

 炎の弾はグリフィンの目の前に激突ました。炎が炸裂して燃え上がり、四方八方に飛び散ります。その威力にすさまじさに、グリフィンは全身の羽毛と毛を逆立てました。尾を犬のように後脚の間へ入れると、じりじりと後ずさります。

 フルートがまた炎の剣を構えると、怪物はふいに後ろを向いて逃げ出しました。あっという間に階段を駆け下りて、姿を消してしまいます――。

 

 ふぅっとフルートは大きく息をして、剣を鞘へ収めました。背後の仲間たちを振り返ります。

「みんな、大丈夫だったか?」

「おう!」

「なんでもないよ」

 と仲間たちは笑顔で立ち上がってきましたが、レオンだけは怪訝(けげん)そうな顔をしていました。

「どうして最初から火の魔剣を使わなかったんだ? そっちで戦えば、グリフィンなんてすぐに倒せたのに」

 フルートは何故か苦笑しました。

「ちょっとね」

 としか答えないので、犬たちがそれを補足しました。

「ワン、フルートはグリフィンを殺したくなかったんですよ。魔王に操られているだけで、元から悪い怪物のわけじゃないから」

「それに、私たちにはグリフィンの友だちもいるのよ。まったく別人だとわかっていても、同じグリフィンだと、やっぱり傷つけたくないと思っちゃうわよね」

 レオンはあきれた顔になりました。

「これだけの状況で、よく敵にそんな情けがかけられるな。ぼくたち天空の民より、君のほうがよっぽど慈悲(じひ)深いじゃないか」

 すると、ゼンが大きく肩をすくめました。

「こいつのこれは、慈悲深いなんて言わねえよ! 単に、世界一お人好しの大甘野郎だ、って言うんだ!」

 そうそう、と仲間たちが大真面目でうなずいたので、レオンやマロ先生たちはまたあきれてしまいます。

 大甘野郎ってなんだよ、とフルートは口を尖らせましたが、すぐに真剣な表情に戻ると、メールに尋ねました。

「君の花鳥は? 呼び戻せそうかい?」

 メールは首を振りました。

「さっきから呼んでるんだけど、ダメさ。風で吹き飛ばされちゃったから、ほとんど戻ってこないんだ」

 花使いの姫のまわりには、確かに、二、三輪の花が蝶のように飛び回っているだけでした。それ以上花が増えていく様子はありません。

「じゃあ、レオンたちは空を飛んでいけないんだな。しかたない、この先は歩いて階段を下りていこう。注意しろよ、みんな」

 そう言うと、フルートはまた先頭になって進み出しました。仲間たちはすぐにそれに従い、全員がまとまって下りていきます。

 どこまでも続く石の螺旋階段を、一行は下へ下へと進んでいきました――。

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