塔の頂上の監視所が迫ってきました。大木の幹のような金の柱が、金の三角屋根を支えている屋上です。
屋上の周囲に巡らされた石の胸壁(きょうへき)のすぐ際に、星空の衣を着た男女が集まり、空へ手を向けていました。衛兵や監視所の担当者です。
彼らが繰り出す魔法は、迫ってくる侵入者にはまったく届きませんでした。侵入者が張った障壁が、魔法をことごとく打ち砕いてしまうのです。空中に巨大な獅子を呼び出して襲わせますが、それも金の光に衝突すると、ちぎれて消えていってしまいました。
それでも、衛兵たちは攻撃をやめませんでした。みるみる迫ってくる侵入者におびえる者もありません。彼らは一様に虚ろ(うつろ)な目をしていました。消されても、打ち砕かれても、次々と攻撃魔法を繰り出します。
そこへとうとう侵入者が飛び込んできました。二匹の風の犬と花でできた大きな鳥が、何人もの人と一匹の犬を運んでいます。
すると、鳥に乗った男が叫びました。
「待て、ぼくは学校の教師だ! 理由があってやってきたんだ! 攻撃をやめろ!」
けれども、衛兵たちはいっせいに手を男へ向けて、攻撃魔法を放ちました。とたんにまた金の光が広がって、魔法を四散させてしまいます――。
「やはり話は通じないか。完全にリューラに心を支配されているようだな」
とマロ先生は渋い顔で言いました。城を守る衛兵たちは、天空の国でも特に優秀な魔法使いなので、できるだけ傷つけたくなかったのです。
魔法攻撃が四方八方から押し寄せるようになったので、金の石は彼らの周囲を守りの光で包みました。願い石の精霊がフルートの肩に手を置いているので、守りの力が弱まるようなことはありませんが、攻撃を振り切って先へ進むこともできませんでした。塔の中へ続く入口は中央の金の柱にあって、その前を衛兵が幾重にも守っていたからです。ポチやルルが風の力で押し切ろうとしても、衛兵が魔法の障壁を張っているので、それを越えることができません。
それを見てレオンが言いました。
「魔法で障壁を消そう! やらせてくれ!」
すると、フルートが首を振りました。
「いや、君はまだだ――。ゼン、頼む!」
「おう、任せとけ!」
ゼンは威勢よく返事をすると、ルルの背中から屋上へ飛び下りました。そのまま走って、守りの光の外へ飛び出してしまいます。
「危ない!」
とマロ先生とレオンとビーラーは思わず声を上げました。衛兵たちがいっせいにゼンへ手を向けて、攻撃を繰り出したからです。ゼンの姿が魔法の集中砲火を浴びて見えなくなります。
けれども、次の瞬間、炸裂する魔法の中からゼンが飛び出しました。まだ魔法の構えをとっている衛兵たちの中へ飛び込むと、にやりとすごみのある笑いを見せます。
「ほんとに、おまえらは魔法に絶対の自信を持ってやがるんだな。そんなだから、魔法が効かねえ相手には手も足も出なくなるんだぞ」
そう言うと、ゼンは衛兵たちの中で大暴れを始めました。殴り飛ばし蹴り飛ばし、むんずと捕まえては遠くへ放り投げてしまいます。衛兵たちは必死に魔法で戦いましたが、ゼンにはまったく効き目がありませんでした。あっけないくらい次々とゼンに倒されていきます。
その様子に、マロ先生とレオンはまた驚いていました。
「彼には魔法が効かないのか! だが、何故? どうやって、あれだけの攻撃を防いでいるんだ?」
「ぼくも不思議だ。ゼンには守備魔法の気配がないんだからな。あの胸当てのおかげだと言ったっけ? あれを作ったのは誰なんだ?」
質問されて、メールは答えました。
「北の峰のドワーフがあれを作って、ノームの鍛冶屋の長(おさ)が強化したんだよ。ピランって言ってね、道具と話ができる、すごい名人なのさ」
そのとき、ゼンに向かって武器が飛んできました。槍(やり)を持った衛兵がいて、ゼンの頭を狙って投げつけたのです。ゼンはとっさにかわそうとしましたが、間に合いません。
すると、緑の蔓(つる)が勢いよく飛んできて、槍に絡みつきました。槍の穂先がゼンの目の前で止まります。
ゼンはすぐにまた、にやりと笑いました。
「ありがとよ、メール」
「どういたしまして。気をつけなよ、ゼン」
とメールは答えると、花鳥から伸びた蔓を上にしならせました。衛兵たちの手の届かない場所まで槍を持ち上げると、蔓の力で真っ二つに折ってしまいます。
ゼンはさらに暴れ続けました。衛兵を殴り倒し、放り投げていくので、さすがの衛兵たちもゼンの前から逃げるようになりました。ゼンの前に誰もいない道ができあがります。
ゼンは仲間たちを振り向きました。
「いいぞ、来い!」
とたんにフルートを乗せたポチが突進してきました。衛兵たちの間を通り抜け、ついでに近くに立っていた兵士を吹き倒して、金の柱の入口へ飛び込んでいきます。
ゼンはやってきたルルの背中に飛び乗りました。ポチの後から、入口をくぐります。
最後にメールが操る花鳥が行きますが、こちらは鳥のほうが大きくて、入口をくぐれそうにありませんでした。それを見て衛兵たちはいっせいに動き出しました。鳥が立ち往生したところで、侵入者を捕らえようとします。
すると、鳥の体が、ざぁっと雨のような音をたてて崩れ出しました。細長い花の川に変わり、さらに別の生き物へと姿を変えていきます。それは大蛇のような体に短い四本脚が生えた、ユラサイの竜でした。背中にメールやレオンたちを乗せたまま、身をくねらせて入口に飛び込んでいきます。
衛兵たちはあわてて後を追いました。なんとか侵入者を止めようとしますが、彼らが繰り出す魔法は、竜を包む金の光にはね返されてしまいます。やがて、竜が塔の中に消えていくと、攻撃魔法は塔本体に当たるようになりました。金の柱や入口が、魔法で壊れていきます。入口の中へ魔法の弾を送り込んだ兵もいて、やがて内部でも爆発が起きます。
すると、どこからか声がしました。
「やめろ、馬鹿ども!」
口調は全然違いますが、それはリューラ先生の声でした。監視所に荒々しく響きます。
とたんに衛兵たちは、ぴたりと魔法を止めました。おびえたような顔で周囲を見回しますが、リューラ先生は姿を見せていませんでした。ただ、声だけがどなり続けます。
「攻撃をやめろ! 塔が壊れる!」
衛兵たちは急にだらりと両手を下ろしました。それきり、もう攻撃しようとも、侵入者の後を追いかけようともしません。虚ろな顔で立ちつくします。
「まったく、いまいましい連中だ――」
リューラ先生の声はそうつぶやくと、それきり聞こえなくなってしまいました。