金の石の精霊が放つ光に照らされたとたん、レオンは全身に痛みを感じました。あまりに強烈なので、光が服を通り抜けて体に突き刺さってくるようです。
同時に首のまわりがひどく熱くなってきました。手をやると、首輪が熱を持っています。じきに触れられないほど熱くなったので、思わず手を離してしまいます――。
すると、何かが壊れる音がして、首輪に衝撃が走りました。すっと熱が引いていって、首のまわりから熱さが消えます。
やったぜ! とゼンたちが叫ぶ声が聞こえてきました。レオンの首輪がひとりでに外れて、落ちていったのです。その輪からは黒い闇の石が消滅していました。首輪も地面に落ちると、崩れるように消えてなくなってしまいます。
金の光が収まると、レオンの体の痛みも収まりました。ほっとして目を上げると、一同が彼を見守っていました。ゼンやメールやポポロは笑顔、犬たちは尻尾を振り、マロ先生は満足そうにうなずいています。
ただ、フルートだけはひどい痛みでも感じているように、顔を大きく歪めていました。歯を食いしばって耐えています。
「フルート!?」
とレオンが驚くと、フルートは顔を上げ、脂汗の浮いた顔で笑いました。
「大丈夫だよ……。願い石が金の石に力を与えるときは、いつもこうなんだ。でも、すぐに収まるから心配ないよ」
表情だけを見てみると、強すぎる光を浴びたレオンより、フルートのほうが苦しそうでした。レオンは思わず絶句します。
けれども、フルートはすぐに普通の顔つきに戻ると、何事もなかったように言いました。
「さあ、これで首輪は外れたよ。魔法は使えるようになったかい?」
レオンは我に返り、ちょっと迷ってから、呪文を唱えてみました。
「レドモヨクフーノイセンセローマ」
とたんに銀の星が散り、マロ先生へ飛びました。戦いでぼろぼろになっていた先生の服が綺麗に直り、壊れていた眼鏡も元通りになります。
おや、とマロ先生は笑いました。
「ありがとう、レオン。気がきくね。助かったよ」
レオンは黙ってぺこりと頭を下げました。彼を首輪から解放するように言ってくれた先生への、せめてもの感謝の気持ちだったのです。
「あとはリューラの野郎を見つけて、ぶっ飛ばしてデビルドラゴンを追い出して、ポポロの母ちゃんを助け出すだけだな!」
とゼンが言いました。それが彼らのやるべきことのすべてでしたが、その場にいる誰にも、リューラ先生の行き先はわかりませんでした。魔法使いの目で先生を見つけることはできないし、この状況で先生が自分の家や学校へ戻っているとも考えにくいので、全員が頭を悩ませてしまいます。
あたりは静かになりました。風が荒野を吹き渡っていきます――。
そのうちに、ポチがふと気がつきました。
「ワン、そういえば、ぼくたちはこんなに派手に戦ったのに、どうして誰も駆けつけてこないんですか? 森ひとつ、すっかり吹き飛んでしまったのに」
ポチの言うとおり、彼らの周囲は一面の焼け野原になっていました。深い霧が漂う森とマロ先生の屋敷があった場所ですが、激突した魔法に完全に吹き飛ばされて、何も残っていません。これだけ激しく戦ったのならば、衛兵や警備隊が駆けつけてきてもよさそうなのの、誰もやってこないのです。
マロ先生が答えました。
「激しい魔法合戦だったから、誰も近づかないんだよ。この国は魔法使いの国だから、ときには魔法の衝突も起きる。それが強力であるほど、後発性の魔法の可能性が高いから――つまり、時間がすぎた後で発動する魔法が使われたかもしれないから、用心して誰も戦場跡には近づかないんだ。この国の森や野原は、一定の時間が過ぎれば、ひとりでに回復する。そうなれば魔法の影響も心配なくなるから、みんなそれを待っているんだよ」
はぁ、とフルートたちは言いました。感心するというよりは、魔法の国の特殊さを見せられたような気分でした。彼らの周囲に広がる魔法の焦土は、まだ少しも回復していません。人々が様子を見にやってくるのは、当分先のことになりそうです――。
ところが、フルートたちと一緒にまわりを見回していたレオンが、ふと空を見上げて首をかしげました。
「先生、どうして今日はいつまでも日が沈まないんでしょう? 天気予告では今日も昼が短いって言っていたから、もうとっくに日が暮れて、夜になっていていいはずなのに」
そう言われて、マロ先生も空を見上げました。太陽はまだ彼らの頭上で輝いています。
「言われてみればそうだな。天空の国は今日も主に東の空へ進んでいくから、昼も夜も短くなるという予告だったのに」
「何か急に進路を変えるような目的ができたんでしょうか?」
「そんな話も聞いていなかったが」
不思議そうなレオンとマロ先生のやりとりに、フルートは眉をひそめました。ポポロへちょっと目を向けてから、またレオンたちに向き直って尋ねます。
「天空の国が空を飛んでいく方向は、魔法で決めていたんだよな? それが急に変えられるっていうは、よくあることなのか?」
レオンは首を振りました。
「いいや。当日の進路は前の日に天気予告局から発表されるけれど、一度発表されたら、よほどのことがない限り変更にはならないよ。だから不思議に思ってるんだ」
「どうした? 何か気になるのかい?」
とマロ先生が尋ねます。
フルートは考えながら言いました。
「もしも――もしもの話だけれど、ぼくがリューラ先生の立場だったら、ぼくはポポロの魔法を警戒します。彼女の魔法は非常に強力で、今までにも魔王やデビルドラゴンを撃退したことが何度もあったからです。ポポロは今日はあと一度しか魔法が使えないけれど、明日の朝になれば魔力が復活して、また二度使えるようになります。ぼくが魔王だったら、それを阻止します。ポポロの魔法が復活してこないように――この国に朝が来ないようにしてしまいます」
話を聞いていた一同は、びっくり仰天しました。
「朝が来ないようにするだぁ!? いったいどうやって、そんなことするっていうんだよ!?」
「いくら魔王でも、太陽を止める魔法なんかは使えないだろ!?」
とゼンやメールが口々に言います。
ところが、マロ先生はじっと考え込んで、いや、と言いました。
「確かに、それは可能だ……。この天空の国を、地上の動きとは逆に進ませて、ずっと昼の場所にとどめておけばいいんだ。そうすれば、太陽はずっと沈むことがない」
「でも、先生、そんな特殊な動きは、運行局の貴族たちでなければできないことですよ!」
とレオンが反論すると、マロ先生は答えました。
「それをさせているのがリューラだ、と金の石の勇者は言っているんだよ。運行局の貴族を脅すか、魔法で自分の言いなりにして、天空の国の進行を変えたんだ。となると、リューラの居場所は判明した――奴がいるのは、城の中の、運行局だ!」
マロ先生はそう言って、すぐ後ろにそびえる山の頂上の、天空城を見上げました。