フルートたちとマロ先生の話は続いていました。
ゼンが先生に尋ねます。
「ポポロの父ちゃんと母ちゃんが昔、貴族だったし、あんたがその仲間だったのはわかったけどよ、肝心の父ちゃんはどこに行ったんだよ? 今、屋敷の中には母ちゃんだけしかいなかったよな?」
「カイは天空王様のところへ行っているんだ」
とマロ先生は答えました。眼鏡をかけた細身の先生ですが、眼鏡のレンズは壊れ、黒い服もあちこちほころびています。
天空王のところへ? とフルートたちはまた驚きました。天空王は今、デビルドラゴンの罠を消滅させるために、家臣を引き連れて地上へ降りています。
「カイは貴族をやめた後も、時々天空王様にお会いして報告をしたり、時には命令を受けて出動したりしていた。今回も何か報告することがあったらしい。内容まではぼくは知らないが、君たちが天空の国に到着したことを知らせに行ったのかもしれないな――。さっきも言ったとおり、カイが不在のときには、ぼくがフレアを守る約束だった。だが、その約束は果たせなかった」
とマロ先生は言って、悔しそうにうつむきました。魔王になったリューラ先生は、ポポロのお母さんを人質にして、どこかへ消えていったのです。
ポチが尋ねました。
「ワン、こちらからポポロのお父さんや天空王に事件を知らせることはできないんですか? リューラ先生は魔王になってしまいました。一刻も早く知らせるべきでしょう」
マロ先生は白い小犬へ目を向けました。
「それは無理だ。地上へ降りた天空王様やその家臣たちへ、天空の国から連絡を送ることはできないことになっているんだ」
「じゃあ、私やポチが風の犬になって、天空王様へ知らせに行くというのは?」
とルルが勢い込むと、マロ先生は首を振りました。
「それも不可能だ。天空王様が今、地上のどこにいるのか、我々にはわからないからな――」
そこまで話して、先生は改めてポチを見ました。
「君はさっき、カロスの息子だと言っていたな。本当なのか?」
カロスというのは、ポチの死んだお父さんの名前です。
「ワン、本当です――本当だと思います。ぼくが生まれたときにはお母さんしかいなくて、ぼくはお父さんの名前も知らなかったんだけど、さっきビーラーと話していて、ぼくとビーラーが従兄弟(いとこ)らしいことがわかったんです」
そうか、とマロ先生は言いました。その顔が初めて少しほころんで、微笑が浮かびます。
「ビーラーの父とカロスは兄弟だったからな――。カロスはとても勇敢で賢い犬だったよ。ぼくを乗せて、どんなに危険な場所にも飛んでいったし、ぼくが単独行動をするときには、積極的に地上を歩き回って、情報収集もしてくれた。君のお母さんの話もカロスから聞いていたよ。結婚したいと強く望んでいたんだが、天空の国の犬と地上の犬の結婚はなかなか難しいから、許可が下りるのに時間がかかっていた。その間にカロスは死んでしまったんだ――。カロスがどういう最後だったかは、聞いたかい?」
「ワン、主人のあなたをトロルから守って、勇敢に戦って死んでいったと聞いています」
「そうだ――。北の大地が目の前に見える、極寒の場所だった。ぼくとカロスはブリザードに巻き込まれて仲間とはぐれて、しかも、古い戦場跡に迷い込んでしまったんだ。そこは古い魔法がまだ生きている場所で、ブリザードはやむことがなかったし、そこで魔法を使うこともできなかった。しかたなく歩いて仲間と合流しようとしていたところを、巨大なトロルに襲われたんだ……。魔法使いの悪い癖は、自分の魔法を当てにするあまり、他の備えをしなくなることだ。ぼくも、自分の魔法以外に、攻撃や防御をするためのものを何も持っていなかった。カロスは、丸腰のぼくを守るために、犬の姿のままトロルに飛びかかっていって、勇猛に戦ってそいつを倒した。そして、ぼくの腕の中で息絶えていったんだよ……。その後、ぼくは仲間たちに救い出されたけれど、もう二度と、他の風の犬は飼わなかった。天空王様に願い出て、貴族から秘密警察に配置換えをしてもらい、リューラを見張る命令を受けて天空城の学校へやってきたのさ」
それだけの話をすると、マロ先生はポチの頭に片手を載せました。
「カロスはぶち犬だったし、君は白い。毛の色は違っているが、君はやはりカロスに似ている気がするな。勇敢で賢いところは、きっとカロス譲り(ゆずり)だろう」
ポチは思わず尻尾を大きく振りました。自分の首輪をマロ先生に見せて言います。
「ワン、この首輪はお父さんの形見だと天空王から言われたんです。本当でしょうか?」
「ああ……そうだ。確かにカロスも緑の風の石をつけていた。そうか、天空王様は君がカロスの息子だとご存じだったのだな。そうか……」
マロ先生はしみじみと言って、ポチの頭をなで続けました。感無量という表情です。
フルートたちも思わず笑顔になってしまいます――。
けれども、事態はいつまでも感激に浸っていられる状況ではありませんでした。
フルートはすぐに真面目な表情に戻ると、胸で光るペンダントへ呼びかけました。
「精霊、出てきてくれ!」
少しの間があってから、淡い金の光が湧き起こり、その中から小さな少年が姿を現しました。黄金そのものを糸にしたような髪に、鮮やかな金の瞳をしています。
少年が出てきたとたん、ゼンが文句を言い出しました。
「おい、めちゃくちゃ遅いじゃねえか、金の石の精霊! 今ごろようやく出てくるなんて、どういうつもりだよ! もっと早く出てきやがれ!」
金色の少年は整った顔の表情を少しも変えませんでした。
「ぼくは精霊だ。むやみと人前に現れたりはしないさ」
「なに言ってやがる! 図書館には小さい精霊どもがいつでも飛び回っていたんだぞ!」
「真理の石の精霊を本の精霊たちと一緒にするな」
精霊の返事はあくまでも冷静です。
すると、そのすぐ横に赤い光も湧き上がり、赤い髪を高く結って垂らし、炎のようなドレスを着た女性が姿を現しました。願い石の精霊です。
「ようやく出てくることができたか。守護のをもっと早く呼び出せば良かったのだ、フルート」
と、こちらは冷静な声でフルートへ文句を言います。
精霊の少年は女性をにらみ上げました。
「何故君まで出てくるんだ、願いの。フルートは君を呼んでいないぞ」
「これほどの騒ぎになっているのに、お呼びもなしとは、つまらぬではないか。それに、久しぶりの天空の国だ。直接自分で見たいとも思う」
フルートは願い石の精霊のことばを聞きとがめました。
「久しぶり? 君は以前にも天空の国に来たことがあるのか?」
「私は人の願いのあるところに生まれる石だ。長い人の歴史の中で、世界中に私がいなかった場所はない」
と精霊の女性は答えました。美しいのですが、表情をまったく外に表さないので、すましているようにも見える顔です。
マロ先生やレオンは、突然現れた少年と女性に、非常に驚いた顔をしていました。
「聖守護石の精霊……? それに、願いのあるところに生まれる石ということは、まさか願い石の精霊だと言うのか……?」
「まさか! 聖守護石はフルートが持っているから当然としても、願い石の精霊ということはないでしょう! あれは破滅の石です!」
「いや、こっちはほんとに願い石の精霊だぜ。いつもはフルートの中に眠ってるんだが、退屈して勝手に出てきやがったんだ」
とゼンが答えたので、マロ先生たちはいっそう驚きました。
「金の石の勇者は願い石も持っているというのか!?」
「それでどうして無事でいられるんだ!? 願い石を手に入れた人間は、必ず願いで身を滅ぼすはずじゃないか!」
「まあ、いろいろとね」
いきさつを詳しく話している余裕はなかったので、フルートは簡単に流して、すぐに精霊たちへ向き直りました。
「リューラ先生がデビルドラゴンに取り憑かれて魔王になった。ポポロのお母さんが人質に取られている。助け出して、デビルドラゴンを追い出さなくちゃいけない。力を貸してくれ」
真剣な顔と声で、フルートは精霊たちにそう言いました――。