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第19巻「天空の国の戦い」

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67.真相・1

 けれども、フルートたちが呆然としていたのは、ほんの少しの間だけでした。

 すぐにゼンが地団駄を踏んでわめき出しました。

「あのリューラの野郎! 何が副校長だ! とんでもないペテン師じゃねえか!」

「お母さん! お母さん――!!」

 ポポロとルルが泣きじゃくるので、メールとポチはそれをなだめました。ビーラーは必死にレオンを揺すって起こそうとしています。

 フルートは少しの間、真剣な顔で考えてから、倒れているマロ先生にかがみ込みました。ペンダントを押し当てて呼びかけます。

「先生、起きてください」

 マロ先生はすぐに目を覚まして起き上がりました。とても細身で、痩せた顔には眼鏡をかけていますが、眼鏡は激戦でレンズが壊れてしまっていました。顔も血で汚れていますが、金の石が癒したので、傷は綺麗に治っています。

 マロ先生はあたりを見回し、リューラ先生とポポロのお母さんがいないことに気がつくと、頭を抱えてしまいました。

「なんということだ……」

 とうめきます。

 

 フルートは金の石でレオンも起こすと、マロ先生へ話しかけました。

「先生……ぼくたちはどうやら、とても大きな間違いをしてしまったようです。ぼくたちは、あなたがぼくたちを戦人形で襲撃して、ポポロのお母さんたちのことも誘拐したんだとばかり思っていました。でも、実際には、ぼくたちを狙っていたのはリューラ先生で、魔王になってポポロのお母さんを連れ去ってしまった……。何故、こんなことになったんでしょう? あなたは何者だったんですか?」

 マロ先生は顔を上げてフルートを見ました。眼鏡のレンズが割れて見えづらいので、まず眼鏡を直す呪文を唱えますが、魔法は発動しませんでした。先生は首にはまった鈍色の輪に気づいて、渋い顔になりました。

「これは闇の首輪か――。リューラめ、とんでもないものを送ってよこしたな」

 フルートたちもその首輪のことはよく知っていました。闇の石がはめ込まれた闇の道具で、はめられた人間の魔力を封じるだけでなく、同化してその人の体の一部になってしまうのです。目を覚ましたレオンが、しゃにむに自分の首輪を引っぱっていましたが、まったく外れる様子はありません。

 すると、ゼンが首をひねりました。

「でもよ、先生もレオンも白くなってないじゃねえか。その首輪がはまると、色もなくなって、真っ白になるはずじゃねえのか?」

「あれは、色のあるものに触れるとそれを破壊せずにはいられなくなる、白の呪いという魔法だよ。闇の首輪とは別のものだ。ゴブリンの魔王は国全体に白の呪いをかけて、外からの侵入者を天空の国の人間に始末させようとしていたんだ――」

 とマロ先生は答え、大きな溜息をつきました。改めてフルートたちを見ると、真面目な声になって言います。

「君たちは伝説の勇者たちだ。どうやら、今回も君たちに助けを求めることになってしまったらしい。ぼくは極秘の任務を受けて行動していたんだが、君たちにはすべてを話して聞かせることにしよう」

「極秘の任務とはなんですか?」

 とフルートはさっそく聞き返しました。あまりにも正体に謎が多いマロ先生です。

 すると、先生は声を落として言いました。

「今、天空王様は闇の竜の罠を消滅させるために、この国を離れて地上へ降りていらっしゃる。天空王の不在は、国内にしばしば不穏を呼ぶ。天空王の座を狙っていた者が動き出すことがあるからだ。ぼくは、そういう危険人物を近くで見張るのが役目だったんだよ」

「危険人物って、リューラ先生のこと!?」

 とメールは声を上げました。

「ワン、それじゃ、あなたは謀反(むほん)を起こしそうな人間を見張る、間者だったんですか!」

 とポチも驚きます。

「この国では、秘密警察と呼ばれているがね」

 とマロ先生は答えました。

「強すぎる力は、しばしば権力の座への渇望を生む――。特に、かつて天空王候補と言われたような人間は、天空王になれなかったときに密かに悔しがって、自分のほうが天空王にふさわしいと思い込みやすいんだ。魔力はずば抜けて優れているから、この国の要職に着くが、心のどこかでは天空王の座を狙い続けている。そういう人間を見張るために、我々秘密警察がそばに配置されるんだ。ぼくは十四年前から、天空城の学校に教師として入り込んで、ずっとリューラを見張り続けていたんだよ」

 レオンとビーラーは呆気にとられました。ポポロとルルも、思わず泣くのをやめて、マロ先生の話に聞き入ってしまいます。彼らが通う学校で、そんな見えない権力闘争が起きていたとは、思ってもいませんでした。

 ゼンが大きく舌打ちしました。

「ったく、どこもかしこも――! 天空の国も、地上の人間の国と全然変わらねえぞ!」

「当然だ。我々天空の民は、天の使いなどではない。魔力こそ強いが、地上の人々とまったく同じ、ただの人間なんだ」

 とマロ先生が答えます。

 

 フルートは考えながら口を開きました。

「つまり、リューラ先生は天空王になれなかったために、いつか天空王になりたいと思い続けていた――ということなんですね。でも、ぼくたちの命が狙われたのは、何故なんでしょう? ぼくたちは、リューラ先生のもくろみなんて、何も知らなかったのに」

「古い予言があったからだ」

 とマロ先生は言いました。

「かつての天空王の中には、占いの力に優れた王もいて、いつか地上の勇者が伝説の階段を昇って、この国を助けにやってくる、と予言をしたし、その勇者たちが天空王の敵を駆逐して、国と正統な王を守るだろう、とも言っていたんだ――。リューラはそれを知っていたから、勇者の君たちを密かに始末しようと、消魔水の井戸から戦人形を盗み出して、君たちを花野で襲撃したんだよ」

「ワン、やっぱりあれはリューラ先生のしわざだったんだ!」

 とポチが言うと、フルートはまた考え込みました。

「でも、花野に現れた人形は、ぼくたちを倒す前に自分から消えた。どうしてだったんだろう……?」

「あの時、レオンの馬車が近づいていたからだよ。戦人形が襲撃しているところを見られたくなかったんだ」

 とマロ先生が言ったので、レオンとビーラーは顔を見合わせてしまいました。思いがけないところで、彼らは早くから事件に関わっていたのです。

 マロ先生は話し続けました。

「君たちは、天空城に到着してから、リューラに会って人形のことを話しただろう。リューラも、自分が警備隊に通報しておく、と言ったはずだ。だが、実際にはリューラは警備隊に人形のことは一言も伝えていない。ぼくは花野の事件は直接見ていなかったが、そんな奴の行動で、奴が君たちを狙っていることを知ったんだよ。だから、ポポロの家に行って、君たちに警告しようとしたんだが――」

 こんちくしょう、リューラの野郎め! と怒っていたゼンも、他の仲間たちも、えっとまたマロ先生に注目しました。

 ポポロが青ざめて言います。

「それって、あの青い光りキノコのことですね……。あたしたちに、今すぐ天空の国を立ち去って地上へ帰れ、そうしないと恐ろしいことが起きるぞ、って警告してきた……」

「でも、どうして私たちの家までめちゃくちゃにしたのよ!? ラホンドックまで倒して、ひどい目に遭わせたりして!」

 とルルが抗議すると、マロ先生は苦笑しました。

「君の家を破壊したのは、ぼくじゃないよ。ぼくはただ、君の家に行って、フレアに、リューラが君たちを狙っているという話をしただけだ。フレアがリューラの人質にされる可能性も高かったから、彼女をぼくの屋敷にかくまって、家の庭には光りキノコを残しておいた。君たちが来たら伝言するためにね。だが、その後で、リューラの送り込んだ戦人形が君の家にやってきて、フレアがいなかったために、家を徹底的に破壊していったんだ――。フレアとカイは、かつてのぼくの仲間だ。カイが不在の時にはぼくが彼女を助けるという約束もしてあったんだよ」

 フルートたちは、思わず目をぱちくりさせました。フレアはポポロのお母さん、カイはお父さんの名前です

「ワン、仲間? じゃあ、ポポロのお母さんやお父さんも秘密警察の人間だったんですか?」

 とポチが尋ねると、マロ先生は首を振りました。

「そうじゃない。ぼくたちは、かつてはみんな天空王様の命令で地上を助けに下りる貴族だったんだ。カイとフレアとぼくは、ずっと同じチームにいたんだよ」

 

 一同は本当にびっくりしました。

 ポポロとルルが顔を見合わせます。

「お父さんとお母さんが貴族だった……?」

「でも、私たち、そんなこと一度も聞いたことがなかったわよ」

 レオンも驚いた顔をしていました。

「ぼくは国中の貴族の名前を覚えているけれど、ポポロの両親は貴族じゃなかったはずです。だから、ポポロもずっと町の学校に行っていたのに」

 すると、マロ先生はまた首を振りました。

「彼らは、特別の任務を天空王様から受けて、貴族をやめたんだよ――。ポポロが生まれたからね」

 自分の名前を出されて、ポポロはまた驚きました。どういうことなのか、さっぱり意味がわかりません。

 けれども、フルートは、そうか、と言いました。

「ポポロは小さい頃から本当に魔力が強かった。自分でも全然制御できないくらいに――。それを抑えて、コントロールできるように指導してくれていたのは、ポポロのお父さんとお母さんだったし、そういうことは、ポポロと同じくらいの力がなければできなかったはずだ。つまり、ポポロのお父さんやお母さんは、本当は、ものすごい魔力を持つ魔法使いたちだったんだ」

 マロ先生はうなずきました。

「そういうことだ。特に、カイはぼくたちのチームでは一番魔力が強かった。チームの紅一点だったフレアと結婚が決まったときには、仲間たちみんなで盛大に祝ったよ。いずれは天空王様の重臣になるだろう、と期待されていたんだが、娘が生まれると、その養育に力を尽くすように、と天空王様から命じられて、フレアと一緒に貴族をやめていったんだ。なにしろ、ポポロの魔力は生まれたときから桁違いの威力だったからな。あまりに強すぎて、周囲に被害を及ぼす可能性が高かったから、片手間で育てることなど、できなかったんだよ」

 ポポロは自分の頬に両手を当ててうろたえていました。確かに、彼女は幼い頃から魔力が強すぎて、しょっちゅう魔法を暴走させていたし、そんな彼女を両親が指導してくれていました。お母さんは優しく、お父さんはとても厳しく。けれども、二人とも本当は同じくらい娘のポポロを愛して、心配してくれていたのです――。

 

 けれども、メールはまだ納得しきっていない顔をしていました。

「要するに、ポポロのお父さんもお母さんも、貴族って肩書きはなくても、実力は貴族と同じだった、ってことなんだね。でも、ポポロたちにずっとそれを内緒にしていたのは何故さ? お父さんの職業を不思議に思わないような魔法までかけたりしてさ。普通じゃないだろ?」

「それは、なんとなくわかるような気がするわ――」

 と言ったのはルルでした。

「ポポロは昔は今以上に泣き虫だったし、ちょっとしたことでもすぐに自信をなくしちゃう、気持ちの弱い子だったから、お父さんたちが自分のために貴族の仕事をやめたんだ、なんて知ったら、きっとものすごくショックを受けていたわよね」

「あたし……今でもとてもショックよ……。あたし……あたしのせいで、お父さんたちはずっと、とても苦労をして……」

 ポポロが涙ぐんでしまったので、フルートはあわててその肩を抱きました。

 すると、マロ先生が言いました。

「カイとフレアは確かに苦労はしたかもしれないが、同時に、とても大きな喜びを感じていたよ。そうやって苦労して育てた娘が、勇者の一員として、世界を助けるために活躍しているんだからね。成長を喜びながら、君を見守っていたんだよ」

 フルートもポポロの肩を抱き寄せて言いました。

「おじさんたちは言っていたよ。親はいつだって子どもの幸せを願っているものだし、ポポロが今、すごく幸せそうにしているから、それで充分なんだ、って」

 お父さん、お母さん……とポポロはまた新しい涙をこぼしました。次々と明らかになっていく真実の中、改めてはっきり伝わってきた、ポポロの両親の愛情でした。

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