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第19巻「天空の国の戦い」

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第22章 真相

66.逆転・2

 レオンを無理やり同調させようとするリューラ先生へ、ビーラーが飛びかかっていきました。レオンの魔法で小さくなったままなので、ネズミほどの大きさしかありませんが、鋭い歯を深々と先生の手に突き立てます。

「このクソ犬!!」

 とリューラ先生はわめきました。いつもの穏やかさが嘘のような、すさまじい形相でビーラーを振り飛ばします。

 ビーラーは空中へ放り出され、その拍子に魔法が解けて元の大きさに戻りました。そこへ稲妻がまともに降ってきて、黒こげになって地面に倒れます。

「ビーラー!!」

 レオンが真っ青になって駆け寄っていくと、後ろからフルートが駆けてきてレオンを追い抜きました。倒れたビーラーの前で身をひるがえし、飛んできた魔法の矢を盾で弾き返します。リューラ先生がビーラーにとどめを刺そうとしたのです。

「リューラ先生は本気であたいたちを殺そうとしてるよ!?」

「ちくしょう! どういうことだよ!?」

 メールやゼンがわめきました。急変したリューラ先生の様子に、何がどうなっているのか、本当にわからなくなってしまいます。

 フルートが盾を構えながら言いました。

「わけを話してください、リューラ先生! あなたはマロ先生を急いで殺そうとしているし、ぼくたちの命まで狙っている! 何故です!? あなたの目的は何なんですか!?」

 その後ろでレオンがビーラーを抱き上げていました。大声で名前を呼びながら、癒しの魔法を送り込みます。

 すると、そのすぐ近くに青い戦人形が現れました。フルートが反応するより早く、レオンとビーラー目がけて切りつけてきます。

 そこへまた赤い戦人形が飛び込んできました。レオンたちを背後にかばって青い人形と切り結び、二体一緒になってどこかへ消えていきます――。

「ワン、レオンまで殺そうとした!」

「どういうこと!? いったいどうしたんですか、リューラ先生!?」

 ポチとルルが驚いていると、ふいにフルートの胸の上で金の石が明滅を始めました。同時に、ガラスの鈴を鳴らすような音が響き渡ります。

 シャラーン、シャララーン、シャラララーン……

 フルートたちは、ぎょっとしました。これはデビルドラゴンが宿主に取り憑き、この世に魔王が生まれてきた知らせです。思わずリューラ先生を見つめてしまいます。

 ところがリューラ先生の姿は変わりませんでした。魔王になれば闇の民のような姿になるはずなのに、以前と同じ、小柄で平凡な姿のままでいます。

「見なさい、奴が魔王に変わった! 君たちが邪魔をしたせいですよ!」

 とリューラ先生が倒れているマロ先生を指さしたので、え、そんな……と一同はまた驚き迷いました。本当に、何がどうなっているのか、今どういう状況にあるのか、さっぱりわからなくなってしまいます。

 ただ、フルートだけは油断なく盾を構えていました。その青い瞳はリューラ先生をにらみ続けています――。

 

 リューラ先生は、ちっと舌打ちすると、急に低い声になってつぶやきました。

「さすがに金の石の勇者はだまされないか」

 全員はいっせいに身構えました。リューラ先生がまばたきをすると、瞳が血のような色に変わったからです。

「こっちが魔王だ!」

 ゼンやメールが叫ぶと、リューラ先生は両手を上げました。そこから四方八方へ黒い光の弾が飛び出します。魔弾です。

 フルートの胸で魔石が輝いて、フルートとレオンとビーラーを包み込みました。同じ光が壁のようになって、その後ろにいるポチとルルとマロ先生も守ります。

 一方、ゼンはメールとポポロの前で両手を広げていました。魔法の胸当ての力で少女たちも守ろうとしたのですが、背の低いゼンには全員をかばいきることはできません。

「あたしが――!」

 とポポロは呪文を唱え始めましたが、とたんに足元が大きく揺れました。地面がひび割れて、ポポロの足が落ち込みます。ポポロは驚いて呪文を途中で止めてしまいました。そこへ魔弾が降りそそいできます――。

 すると、ポポロたちの頭上に金の障壁が広がりました。魔弾を次々砕いて、彼らを守ります。

「やったな、ポポロ!」

 とゼンはすぐに彼女を地割れから引き上げました。メールは頭上で砕けて黒い火花を散らす魔弾を見上げます。

「間に合って良かった。あいつは二つ同時に魔法が使えるんだ。危ないとこだったよね」

 ううん、とポポロは首を振りました。

「あたしの魔法じゃないわ……。誰かが障壁を張ってくれたのよ」

 血の色の目になったリューラ先生がどなっていました。

「またしても邪魔をしたな!? レオンではない! むろんマロでもない! 何者のしわざだ!?」

 その体がみるみるふくれあがっていきました。子どものように低かった背が見上げるように大きくなり、その腕や肩、胸などに隆々とした筋肉が現れます。穏やかだった顔も怒りに歪んで、鬼のような形相になっています。

 すると、いきなりフルートたちの後ろで、マロ先生の屋敷が音をたてて崩れました。ずっと燃え続けていたのですが、ついに倒壊したのです。そこだ! とリューラ先生は鋭い爪の伸びた手を向けました。崩れた屋敷が一瞬で木っ端みじんになり、中から一人の女性が姿を現します。

 

「お母さん!?」

 とポポロとルルは同時に声を上げました。

 吹き飛んだ屋敷の中にいたのは、ポポロの母親だったのです。黒い上着とスカートの星空の衣を着て、長い赤い髪を風に揺らしています。

 すると、お母さんが娘たちに言いました。

「こっちへいらっしゃい! 早く!」

 凛(りん)とした声です。

 それを聞いて、マロ先生がまたわずかに顔を上げました。かすれる声で言います。

「いけない、フレア……君が出てきたら、奴は……」

 それ以上はことばが続かなくて、また地面に突っ伏してしまいます。

「やはりおまえだったのか、フレア! マロにかくまわれていたとはな!」

 見上げるような大男になったリューラ先生が、ポポロのお母さんに向かってどなります。

「ったく、どういうことなんだよ!?」

「何がどうなってんのか、さっぱりわかんないよ!」

 とゼンとメールは文句を言いながら、フルートたちのいるほうへ走りました。ポポロも涙を浮かべながら必死で走ります。金の光で皆を守るフルートの後ろには、お母さんも立っています。

 

 すると、リューラ先生が急に、にやりと笑いました。その口の端から牙がのぞきます。

「魔法使いが魔法を使えなくなったら、ただの人間以下の存在だ。懐かしいこれはどうだ?」

 意味ありげに手を振ると、空中に四つの輪が現れました。鈍色(にびいろ)の金属でできていて、黒い宝石がはまっています。

 レオンが声を上げました。

「闇の石の首輪だ!」

 それを聞いたとたん、フルートやゼンやポチも思い出しました。風の犬の戦いのときに、ゴブリン魔王がすべての天空の民から魔力を奪ってしまった、闇の道具です。

 首輪は空中で回転を始めました。勢いがつくと、おもむろに移動を始めます。首輪が飛んでいく先には、マロ先生、レオン、ポポロ、そしてポポロのお母さんの四人の魔法使いがいました。

「よけろ、レオン!」

 とビーラーは叫ぶと、飛んでくる首輪に向かって飛び上がりました。ビーラーの傷は、レオンの魔法と金の石が放った癒しの光のおかげですっかり治っていました。迫ってくる首輪に飛びついて、たたき落とそうとします。

 すると、首輪がビーラーの目の前で急に向きを変えました。大きく弧を描きながら、レオンへ飛んでいきます――。

 フルートは駆けてきたポポロを捕まえて背後にかばいました。炎の剣で首輪を切り捨てようとしますが、そこへ青い戦人形が現れて襲いかかってきました。フルートはとっさに剣を返しましたが、間に合いませんでした。人形の刃がフルートの顔を突き刺そうとします。

 とたんにフルートの胸元で金の石が輝きました。青い戦人形を吹き飛ばしてしまいます。そこへ赤い戦人形も飛んできました。激しく切り合って青い人形を撃退します――。

 一方、ポポロに迫っていた首輪には、金の星を含んだ魔法が飛んでいました。ポポロのお母さんが発したものです。首輪を弾き返し、はめこまれた闇の石を砕いてしまいます。

 けれども、次の瞬間、そのお母さんに闇の石の首輪が飛んでいきました。防ぐ間もなく首にはまってしまいます。お母さんはその場にばったり倒れました。続けてレオンも倒れます。その首にはやはり首輪がはまっていました。ビーラーが飛びついて首輪にかみつきますが、首輪を外すことができません。

 そして、彼らから少し離れた場所でも、突然赤い戦人形が倒れました。音をたてて地面に崩れ、そのまま動かなくなってしまいます。赤かった体がみるみる白に戻っていくのを見て、ポチが言いました。

「ワン、マロ先生の魔力が封じられたんだ!」

 振り向けば、重症を負って地面に倒れているマロ先生の首にも、鈍色の首輪がありました――。

 

「さあ、観念して死んでいけ!」

 とリューラ先生はまた笑いました。見上げるような大男になった先生は、闇の民のような姿をしています。

 フルートは即座に叫びました。

「金の石、みんなを守れ! ポポロ、光の魔法でリューラ先生からデビルドラゴンを追い出すんだ!」

 たちまち魔石が輝いて、金の光が広がりました。フルートたちを中に包み込みます。ポポロは涙をこらえて両手を上げました。魔王になったリューラ先生をにらみつけながら、呪文を唱えていきます。

「ヨーリカヒレータキーテウオイセンセラーユ……」

 けれども、ポポロは長い呪文を最後まで言い切ることができませんでした。いきなりリューラ先生が姿を消したと思うと、彼らの背後に移動してきたからです。

 そこにはポポロのお母さんが倒れていました。金の石が張った守りの光は、お母さんのところまでは届いていません――。

 リューラ先生は一瞬でポポロのお母さんを小脇に抱えました。血の色の目でフルートたちをねめつけ、にやりとまた牙をのぞかせます。

「フレアを助けたかったら私のところへ来い、勇者ども」

 それだけを言い残して、リューラ先生は消えていきました。その後を追うように、青い戦人形も姿を消します。

「お母さん! お母さん――!!」

 ポポロとルルは泣いて呼びましたが、リューラ先生も、連れ去られたお母さんも、戻っては来ません。

 

 闇の石の首輪をはめられて倒れているレオンとマロ先生、主人にすがりついて呼び続けるビーラー、泣きじゃくるポポロとルル、そして、呆然と立ちつくすフルートとゼンとメールとポチ。

 彼らの周囲に広がる魔法の焦土を、風が吹き抜けていきました――。

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