マロ先生が戦人形を連れて特別室から出てきた、と聞かされて、フルートたちは仰天しました。次の瞬間、背筋をぞぉっと冷たいものが駆け下りていきます。
「馬鹿野郎! 俺たちを捕まえるためにまた人形を出したのかよ!」
「なんであんな危険なものを引っ張り出すのさ!?」
ゼンとメールがわめきました。フルートも真っ青になっています。
ポポロとレオンは勉強室から透視を続けていました。
「マロ先生が戦人形に何か言っているわ……命令しているみたい」
「人形が先生に従っている! やっぱり先生のしわざだったのか!」
ポポロは涙声、レオンは悔しさで歯ぎしりをしています。
すると、いきなりフルートが立ち上がりました。姿が見えるようになるのもかまわず、一人で部屋の出口へ歩き出します。
「ワン、フルート!?」
「フルート、どうするつもりよ!?」
犬たちが驚いて引き止めると、フルートは答えました。
「あの人形が図書館で暴れたら、とんでもないことになる。マロ先生を止めるんだよ」
「おい、自分からマロ先生の前に出るってぇのか!?」
「そんなことしたら、それこそ向こうの思うツボだよ! 待ちなって!」
ゼンとメールも引き止めますが、フルートは止まりません。扉を開けて部屋を出て行こうとします。
その前にポポロが飛び出しました。彼女は姿隠しの肩掛けを払いのけていました。出口の前に立ちふさがり、両腕と背中で扉を押さえてフルートを見上げます。
「だめよ、フルート! これは罠よ! あたしたちが自分から出てくるように仕向けているんだわ……!」
「どくんだ、ポポロ。あの人形が暴れたら、どれほどの人が死傷するかわからない。放っておくわけにはいかない」
フルートは、言い出したら絶対に自分の考えを曲げない、あの頑固な口調になっていました。ポポロがどんなに必死で訴えても聞き入れようとしません。ポポロの目から涙がこぼれ出します。
「この馬鹿!」
とゼンは舌打ちしました。フルートに飛びついて、力ずくで止めようとします。
ところが、レオンが急にまた言いました。
「ちょっと待て! 様子が変だ――! マロ先生が飛ぶぞ!」
「飛ぶって場所移動か? どこへ?」
とビーラーは聞き返しました。
「ワン、人形も一緒ですか!?」
とポチも尋ねます。
「一緒だ! 飛んだ――図書館の外へ出て行く!」
それを聞いたとたん、フルートは動き出しました。
「ごめん、ポポロ」
と言うなり、扉の前のポポロをすくい上げるように抱いて、後ろへ放り投げます。そこには、フルートを止めるためにゼンが突進してきていました。わったっとっ、と驚きながらポポロを受け止めます。
その間にフルートは扉を押し開けました。鍵がかかっていても、内側からは自由に開けられたのです。仲間たちが止める声を背後に聞きながら、図書館の中を駆け出します。
すると、ポチが追いついてきました。
「ワン、フルート! どこへ行くつもりです!?」
「後を追う! 先生は人形を暴れさせて、ぼくたちを誘い出すつもりだ! 止めるんだ!」
「ワン、どうやって!? 先生は魔法で飛んでいってしまったんですよ!」
そこへ妖精のような精霊が飛んできました。図書館の中を走るフルートたちへ、金切り声を上げます。
「あなたたち! 図書館で走っちゃだめよ! 大声もだめ! 静かにできないなら、図書館から追い出すわよ!」
けれども、フルートは止まりませんでした。図書館の出口に向かって走り続けます。そこへ仲間たちが追いついてきました。ゼンがわめきます。
「ったく! おまえはどうしてこうなんだよ!? いつだって、他人が危ないってえと我を忘れて熱くなりやがって! 敵の罠にはまってるって自覚はねえのかよ!?」
「罠でもなんでも、放ってはおけない! 行って止めなくちゃならないんだ!」
フルートの頑固な口調は変わりません。
「待って、フルート! 真っ正面から向かっていったって、きっと勝てないわ! お願い、落ち着いて――!」
ポポロは泣きながら訴え続けますが、やっぱり聞き入れてもらえません。
「なぁに、なぁに!? あなたたち、いったい何を話しているの!?」
「なんの騒ぎ!? 何が起きているのよ!?」
図書館の精霊たちが集まってきました。怒りながら飛び回りますが、その中の一人が、遅れて追いかけてくるレオンを見つけました。
「いた! レオンだわ!」
「やだ、あなたたち、今度は鬼ごっこをしているの!? 図書館で!? とんでもなぁい!」
精霊たちが自分に向かって飛んできたので、レオンは立ち止まりました。ぎゅっと口をへの字に曲げると、すぐに呪文を唱えます。
「ローデエトソー!」
とたんに、フルートたちは図書館の外にいました。精霊を図書館の中に置き去りにして、彼らだけが外に出たのです。
レオンは大きな溜息をつきました。
「まったく、なんて有り様だ。図書館中大騒ぎだぞ――」
「緊急事態だ。しょうがないだろう」
とポケットからビーラーが言います。
メールとゼンはフルートを引き止め続けていました。
「待ちなったら、フルート!」
「行き先もわかんねえのに、むやみと飛び出すな!」
ポポロや犬たちが、そのそばでおろおろしています。
レオンは渋い顔でそれを眺めました。
「本当に、金の石の勇者ってのは、とんでもない奴だな。戦人形をつれたマロ先生を、しゃにむに追いかけようとするんだから……。先生の行き先はぼくが透視したよ。山の麓に下りていったが、人がいる町なんかじゃない」
町じゃない? と一同は驚きました。マロ先生が人形を暴れさせるつもりであれば、人が大勢いる場所へ行くはずです。
「先生はどこに行った?」
とフルートは尋ねました。まだ非常に厳しい声です。
「霧の森、と呼ばれている場所だ。年中深い霧が出ていて、特別な動物や植物の住処(すみか)になっているから、人はほとんど住んでいないんだ」
レオンの返事に、ポチとゼンとメールは顔を見合わせました。
「ワン、そこって、もしかしたら――」
「ああ、隠れるのには絶好の場所だぞ」
「きっと、マロ先生の家があるんだよ! ポポロのお母さんたちは、そこにつかまってるのさ!」
ルルは目を見張りました。ポポロが、お母さん……とまた涙をこぼし始めます。
フルートが言いました。
「マロ先生は、ぼくたちがおじさんやおばさんを助け出しに来ると思って、戦人形を家に運び込んだんだ。レオン、その森へ案内してくれ!」
「だが、これで人形は二体いるはずだぞ。図書館の人形と、井戸の底から盗まれた人形と。一体だけでもすさまじいのに、二体一緒に相手にするっていうのか? いくらなんでも、それは無謀だ!」
「そうだよ! 警備隊に知らせよう!」
レオンとビーラーが反対しますが、フルートは承知しません。
「それでは大ごとになって、逆におばさんたちが危なくなるんだ――! ポポロ、霧の森ってところの場所はわかるな? ぼくたちだけで助けにいくぞ!」
ポチとルルがすぐに風の犬になり、フルートたちがその背中に飛び乗ったので、レオンはあわてて言いました。
「待てよ! 行かないなんて言ってないじゃないか! 案内するから乗せてくれよ!」
そこでポチがレオンたちを背中に乗せました。フルートやポポロと一緒です。
「あっちだ」
レオンが指さした方角へ、犬たちはうなりを上げて飛び始めました――。