「ポポロ、マロ先生は行ったかい?」
「ええ……まだ図書館にはいるけど、別の場所を探しているわよ……」
そんな声がしたのは、さっきまでフルートたちが隠れていた勉強室の中でした。手をつなぎ合って姿を消した一行は、扉に鍵をかけられる前に部屋に引き返して、また中に隠れたのです。姿隠しの肩掛けをつけたポポロが、扉の向こうへ目を向けて、マロ先生の動向を監視していました。
「一度探した場所っていうのは、その後はなかなか探されなくなる。他のどの場所より安全になるんだよ」
とフルートが仲間たちに言います。
ふぅ、とレオンは大きな溜息をつくと、急にフルートたちへ怒り出しました。
「どうしてぼくたちをまた連れていくんだ! 君たちだけで行けって合図したのに!」
「なに言ってんのさ。あんたとビーラーだけ残していけるわけないじゃないか」
「そうだぜ。それに、てめえがいなくちゃマロ先生を追跡できねえだろうが」
とメールとゼンがあきれます。
フルートも、レオンを見ながら言いました。
「君のこともビーラーも、絶対に置いていかないよ。君たちは仲間だからな」
きっぱり言い切られて、レオンは面くらいました。仲間だなんて、そんなもの……と口では文句を言いながらも、顔が赤くなっていきます。そんな主人を見て、ビーラーがポケットの中で尻尾を振ります――。
一同はまた部屋の壁際に座り込みました。床に下ろしてもらったルルが怒りだします。
「マロ先生はやっぱり私たちを狙っているわね! 部屋にいきなり雷を落とすだなんて、どういうつもりよ! とんでもない悪党だわ! ――あ」
ルルはフルートの肩からポチが飛び降りてきたので、急に口ごもりました。マロ先生がポチの父親の飼い主だった、という話を思い出したのです。
ポチはフルートの膝に乗ったまま、苦笑いをしました。
「ワン、いいですよ、気を遣ったりしなくて。ぼくはお父さんのことは全然覚えていないんだし、マロ先生が悪人でも、お父さんまで悪い犬だったってわけじゃないだろうから……。それより、マロ先生はリューラ先生に、ぼくたちのことを秘密にしていましたよね。レオンとぼくたちが一緒に行動していることは知っていたのに、リューラ先生には一言も言わなかったんだから、マロ先生はやっぱり何か企んでますよ。それを実行するのにぼくたちが邪魔だから、ぼくたちを排除しようとしてるんです」
「マロ先生に見つかるのはとても危険だ。追跡するときには、最大限気をつけていこう」
とフルートは言い、ふと気づいたように、レオンに尋ねました。
「さっきこの部屋にかけた魔法はどうなってる? 外に声が聞こえなくなる魔法だったはずだけれど」
「マロ先生に稲妻の魔法を使われたけれど、ぼくの魔法はまだ生きているよ。外に声は聞こえなくなってる」
「あれ? でも、あたいたちの話し声をリューラ先生が聞きつけたじゃないか。部屋に魔法がかかってたはずなのに、どうしてさ?」
とメールが不思議がると、レオンは肩をすくめました。
「リューラ先生の魔力のほうが、ぼくの魔力より上だったからだよ。ぼくはもうほとんどの先生より強い魔法を使えるけれど、さすがにリューラ先生にはかなわないからな」
「へぇ、見た目はあんなふうでも、すげえ先生なんだな」
とゼンが感心すると、ルルが言いました。
「いやぁね、当たり前でしょう? 天空城の学校の副校長っていうのは、天空王様の次に魔力の強い人がなるのよ」
えっ、そうなの!? とフルートたちは驚いてしまいました。リューラ先生の小柄で穏やかな外見からは、ちょっと想像できない実力です。
やがて、部屋の中は静かになりました。話題が尽きたのです。
マロ先生はまだ図書館の中で彼らを捜し回っていました。先生があきらめて引きあげるまでは、フルートたちには、何もすることがありませんでした。身を寄せ合って壁にもたれ、先生の動きを監視するポポロを見守ります。
すると、レオンも同じような遠い目になって、ポポロと同じ方向を眺め始めました。彼もマロ先生を見張り始めたのです。二人の視線が、同じタイミングで同じ方向へ動きます――。
けれども、じきにメールはポポロたちを見守るのにも飽きてしまいました。退屈しのぎに、自分たちが隠れている部屋を見回します。そこにはテーブルと椅子があるだけで、本はまったくありませんでしたが、壁に地図が二枚貼ってありました。一枚はこの天空の国の地図、もう一枚はメールたちが住む地上の地図です。世界地図はフルートも持っていましたが、こちらの地図のほうが色鮮やかで、地形も鮮明に描かれていました。
あれが中央大陸、あれが北の大地、こっちはこの前行った南大陸……とメールは地図を眺めながら考えました。彼らはこれまでに世界中を旅して回ってきたので、地図のいたるところに訪れた場所があります。彼らは、陸上の国々だけでなく、メールの故郷である海にも行ったのです――。
「あれ?」
メールは急に小さく首をかしげました。何かを忘れているような気がしたのです。
なんだったっけ……とメールは考え続けました。海に関係のあることだったようにも思いますが、いくら地図を眺めても、なかなか思い出せません。とても大事なことだったような気がするのですが……。
その時、ポポロが声を上げました。
「マロ先生があの特別室に入ったわ!」
「あんなところにも部屋があったのか! 知らなかった! 書庫なのか?」
とレオンが驚いています。
ところが、次の瞬間、二人は本当にびっくりした顔になりました。
「マロ先生がまた出てきたわ!!」
「先生は戦人形を連れているぞ!!」
「なんだって――!?」
フルートたちは仰天して飛び上がりました。