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第19巻「天空の国の戦い」

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55.先生

 中に誰かいるのか? と言って男性が部屋に入ってきたので、フルートたちはぎょっとしました。マロ先生に見つかった! と全員が身構えます。

 ところが、それはマロ先生ではありませんでした。小柄で穏やかな顔つきの白髪の男性――リューラ副校長です。

 リューラ先生は扉のノブに手をかけたまま、不思議そうに部屋の中を見回しました。

「変だな。確かに今、人の声がここから聞こえたんだが……」

 フルートたちは魔法の肩掛けを着けたポポロに身を寄せていたので、リューラ先生の目には映らなかったのです。

 けれども、精霊と違って、先生はそれで納得はしませんでした。

「私の気のせいではないようだな。誰かいるのだろう。誰だね?」

 と言いながら部屋の中に入ってきて、ぐるりと歩き回り始めます。フルートたちはあせりました。いくら姿を隠していても、体に突き当たれば、そこにいることがばれてしまうのです。先生がテーブルのまわりを歩きながら近づいてきます――。

 

 すると、突然フルートの横でレオンが立ち上がりました。フルートが引き止める間もなく、一歩前に進み出ます。

「リューラ先生!」

 レオンはポポロに触れているフルートから離れたので、姿が見えるようになっていました。リューラ先生が驚いたように振り向きます。

「君だったのか、レオン。私には君がそこにいたことがわからなかったよ。どうやって隠れていたんだね?」

「もちろん魔法でです」

 とレオンは答え、フルートたちから離れていきました。自分が見えるようになることで、フルートたちを先生の目から隠そうとしたのです。

 リューラ先生はまだ不思議そうな顔をしていました。

「この部屋の前を通りかかったら、中から話し声が聞こえたんだよ。誰と話をしていたんだね、レオン?」

「ビーラーとです」

 とレオンはポケットを先生に見せました。ポケットの縁からちょこんと頭と前脚を出している小さな犬に、先生は笑い出しました。

「これはこれは、ずいぶんとかわいらしい。それで? 二人でここで何をしていたんだね? 今は授業中だよ」

 レオンは首をすくめて見せました。

「隠れていたんです。父上に見つかると、叱られてしまうから」

「叱られる? 何故だね?」

「ちょっと……昨日、家に帰らなかったんです……」

 そんな話をしながら、レオンは背中の後ろでそっと手を振っていました。見えなくなっているフルートたちへ、今のうちに外へ出ろ、と合図を送っていたのです。フルートたちならば、この隙に外へ脱出することができます。リューラ先生に見つかってしまったレオンとビーラーは、残念ながらここでリタイアでした。

「家に帰らなかった? 何故?」

 とリューラ先生はレオンに質問を続けていました。とても背の低い先生なので、レオンを見上げる恰好です。えぇと、とレオンは口ごもりました。なんと言えばフルートたちのことがばれずにすむだろうか、と必死で考えます――。

 

 その時、誰かがレオンの腕をつかみました。そのまま、ぐいと引っぱります。

 同時に、リューラ先生が驚いた顔になりました。

「レオン、どこだね!?」

 と自分の前へ手を出しましたが、レオンはもうそこにはいませんでした。先生が開けっぱなしにしていた扉から、部屋の外へ連れ出されてしまったのです。

 レオンの腕をつかんでいたのはフルートでした。ポポロたちとまた手をつないでいたので、レオンの姿も再び見えなくなったのです。フルートは、何も言うな、と目で仲間たちに合図を送ると、逃げ場所を探して図書館の中を見回しました。背後の部屋からはリューラ先生が出てくる気配がします。

 すると、出しぬけに彼らの目の前にマロ先生が現れたので、一同はぎょっとしました。危なく声を上げそうになって、あわてて歯を食いしばります。

 マロ先生は外から入ってきただけで、彼らに気がついたわけではありませんでした。図書館の中を見渡し、勉強室からリューラ先生が出てきたので尋ねます。

「副校長、どうなさったのですか?」

「ああ、マロ先生」

 とリューラ先生は、ほっとしたような顔になりました。

「レオンを見かけませんでしたか? たった今までこの部屋にいたのに、急に姿を消してしまったのです」

「レオンが?」

 マロ先生は眉をひそめました。

「副校長の目をくらまして、姿を消したというのですか? 信じられない話ですね」

「私もですよ。他の場所ならばともかく、この学校の中で私から隠れることができるというのは、相当のことです。レオンはまた魔力が強くなったようですね」

「それはそうなのかもしれませんが……」

 マロ先生は疑わしそうに勉強室をのぞき込み、いきなり呪文を唱えました。

「リナミカローデニカナノヤーヘ!」

 とたんに猛烈な音が響き渡り、勉強室から閃光があふれました。どどーん、と激しい音がして、図書館中に響き渡ります。

「誰もいませんね」

 マロ先生が閃光の消えた部屋をのぞいてそう言ったので、リューラ先生はあきれました。

「やり過ぎでしょう、マロ先生。部屋に雷を降らせるなんて。万が一、中にまだレオンたちがいたら、どうするつもりでした?」

「たち? レオンの他にも誰かいたのですか?」

「彼の犬ですよ。ビーラーと言いましたかね。親に叱られるので、二人でここに隠れていたと言っていたんです」

 

 二人の先生がそんな話をしているところへ、蝶のような羽根の図書館の精霊たちが集まってきました。

「マロ先生、今の音はなんだったの!?」

「図書館が壊れるかと思ったわ!」

「利用者たちも驚いて怖がっているわよ!」

 マロ先生は精霊たちに手を振りました。

「驚かせてすまないね。どうやら、この図書館でかくれんぼうをしている生徒がいるようなんだ。君たちも知っているだろう? レオンだよ。姿を隠して逃げ回っているらしい。他の利用者の迷惑になるから、探し出して、私に知らせなさい」

 まぁ、と図書館の精霊たちは言いました。

「レオンって、あの生意気な男の子ね」

「頭はいいし、魔法もうまいんだけど、あまり本を大事にしないのよね」

「図書館は遊び場じゃないわ」

「見つけて、とっちめなくちゃ」

 そんな話をしながら、図書館中へ散っていきます。

 マロ先生はリューラ先生へ深々と頭を下げました。

「副校長はお忙しいでしょう。レオンのことは私にお任せください。見つけ出して、家に帰るように言い聞かせますから」

 ことばこそ丁寧ですが、マロ先生は副校長を追い返そうとしていました。それでもリューラ先生は迷うような顔をしていましたが、お任せください、とマロ先生に強く繰り返されて、とうとう折れました。

「レオンはなんだか気になる様子をしていました。心配なので、彼が見つかったら、私にも知らせてください」

 とマロ先生に言い残して、図書館から姿を消していきます。

 

 後に残ったマロ先生は、一人になると、がらりと口調を変えました。

「まったく、なんて連中だ! 金の石の勇者たちはレオンと一緒にいるに決まっている! いったいどうやって隠れているんだ!?」

 とひとりごとを言います。

 その右の中指には、紫の石の指輪がはまっていました。ポポロの母親の指輪です。先生はその手を振って勉強室の扉に鍵をかけると、レオンたちを探しながら、図書館の中を歩き出しました――。

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