中に誰かいるのか? と言って男性が部屋に入ってきたので、フルートたちはぎょっとしました。マロ先生に見つかった! と全員が身構えます。
ところが、それはマロ先生ではありませんでした。小柄で穏やかな顔つきの白髪の男性――リューラ副校長です。
リューラ先生は扉のノブに手をかけたまま、不思議そうに部屋の中を見回しました。
「変だな。確かに今、人の声がここから聞こえたんだが……」
フルートたちは魔法の肩掛けを着けたポポロに身を寄せていたので、リューラ先生の目には映らなかったのです。
けれども、精霊と違って、先生はそれで納得はしませんでした。
「私の気のせいではないようだな。誰かいるのだろう。誰だね?」
と言いながら部屋の中に入ってきて、ぐるりと歩き回り始めます。フルートたちはあせりました。いくら姿を隠していても、体に突き当たれば、そこにいることがばれてしまうのです。先生がテーブルのまわりを歩きながら近づいてきます――。
すると、突然フルートの横でレオンが立ち上がりました。フルートが引き止める間もなく、一歩前に進み出ます。
「リューラ先生!」
レオンはポポロに触れているフルートから離れたので、姿が見えるようになっていました。リューラ先生が驚いたように振り向きます。
「君だったのか、レオン。私には君がそこにいたことがわからなかったよ。どうやって隠れていたんだね?」
「もちろん魔法でです」
とレオンは答え、フルートたちから離れていきました。自分が見えるようになることで、フルートたちを先生の目から隠そうとしたのです。
リューラ先生はまだ不思議そうな顔をしていました。
「この部屋の前を通りかかったら、中から話し声が聞こえたんだよ。誰と話をしていたんだね、レオン?」
「ビーラーとです」
とレオンはポケットを先生に見せました。ポケットの縁からちょこんと頭と前脚を出している小さな犬に、先生は笑い出しました。
「これはこれは、ずいぶんとかわいらしい。それで? 二人でここで何をしていたんだね? 今は授業中だよ」
レオンは首をすくめて見せました。
「隠れていたんです。父上に見つかると、叱られてしまうから」
「叱られる? 何故だね?」
「ちょっと……昨日、家に帰らなかったんです……」
そんな話をしながら、レオンは背中の後ろでそっと手を振っていました。見えなくなっているフルートたちへ、今のうちに外へ出ろ、と合図を送っていたのです。フルートたちならば、この隙に外へ脱出することができます。リューラ先生に見つかってしまったレオンとビーラーは、残念ながらここでリタイアでした。
「家に帰らなかった? 何故?」
とリューラ先生はレオンに質問を続けていました。とても背の低い先生なので、レオンを見上げる恰好です。えぇと、とレオンは口ごもりました。なんと言えばフルートたちのことがばれずにすむだろうか、と必死で考えます――。
その時、誰かがレオンの腕をつかみました。そのまま、ぐいと引っぱります。
同時に、リューラ先生が驚いた顔になりました。
「レオン、どこだね!?」
と自分の前へ手を出しましたが、レオンはもうそこにはいませんでした。先生が開けっぱなしにしていた扉から、部屋の外へ連れ出されてしまったのです。
レオンの腕をつかんでいたのはフルートでした。ポポロたちとまた手をつないでいたので、レオンの姿も再び見えなくなったのです。フルートは、何も言うな、と目で仲間たちに合図を送ると、逃げ場所を探して図書館の中を見回しました。背後の部屋からはリューラ先生が出てくる気配がします。
すると、出しぬけに彼らの目の前にマロ先生が現れたので、一同はぎょっとしました。危なく声を上げそうになって、あわてて歯を食いしばります。
マロ先生は外から入ってきただけで、彼らに気がついたわけではありませんでした。図書館の中を見渡し、勉強室からリューラ先生が出てきたので尋ねます。
「副校長、どうなさったのですか?」
「ああ、マロ先生」
とリューラ先生は、ほっとしたような顔になりました。
「レオンを見かけませんでしたか? たった今までこの部屋にいたのに、急に姿を消してしまったのです」
「レオンが?」
マロ先生は眉をひそめました。
「副校長の目をくらまして、姿を消したというのですか? 信じられない話ですね」
「私もですよ。他の場所ならばともかく、この学校の中で私から隠れることができるというのは、相当のことです。レオンはまた魔力が強くなったようですね」
「それはそうなのかもしれませんが……」
マロ先生は疑わしそうに勉強室をのぞき込み、いきなり呪文を唱えました。
「リナミカローデニカナノヤーヘ!」
とたんに猛烈な音が響き渡り、勉強室から閃光があふれました。どどーん、と激しい音がして、図書館中に響き渡ります。
「誰もいませんね」
マロ先生が閃光の消えた部屋をのぞいてそう言ったので、リューラ先生はあきれました。
「やり過ぎでしょう、マロ先生。部屋に雷を降らせるなんて。万が一、中にまだレオンたちがいたら、どうするつもりでした?」
「たち? レオンの他にも誰かいたのですか?」
「彼の犬ですよ。ビーラーと言いましたかね。親に叱られるので、二人でここに隠れていたと言っていたんです」
二人の先生がそんな話をしているところへ、蝶のような羽根の図書館の精霊たちが集まってきました。
「マロ先生、今の音はなんだったの!?」
「図書館が壊れるかと思ったわ!」
「利用者たちも驚いて怖がっているわよ!」
マロ先生は精霊たちに手を振りました。
「驚かせてすまないね。どうやら、この図書館でかくれんぼうをしている生徒がいるようなんだ。君たちも知っているだろう? レオンだよ。姿を隠して逃げ回っているらしい。他の利用者の迷惑になるから、探し出して、私に知らせなさい」
まぁ、と図書館の精霊たちは言いました。
「レオンって、あの生意気な男の子ね」
「頭はいいし、魔法もうまいんだけど、あまり本を大事にしないのよね」
「図書館は遊び場じゃないわ」
「見つけて、とっちめなくちゃ」
そんな話をしながら、図書館中へ散っていきます。
マロ先生はリューラ先生へ深々と頭を下げました。
「副校長はお忙しいでしょう。レオンのことは私にお任せください。見つけ出して、家に帰るように言い聞かせますから」
ことばこそ丁寧ですが、マロ先生は副校長を追い返そうとしていました。それでもリューラ先生は迷うような顔をしていましたが、お任せください、とマロ先生に強く繰り返されて、とうとう折れました。
「レオンはなんだか気になる様子をしていました。心配なので、彼が見つかったら、私にも知らせてください」
とマロ先生に言い残して、図書館から姿を消していきます。
後に残ったマロ先生は、一人になると、がらりと口調を変えました。
「まったく、なんて連中だ! 金の石の勇者たちはレオンと一緒にいるに決まっている! いったいどうやって隠れているんだ!?」
とひとりごとを言います。
その右の中指には、紫の石の指輪がはまっていました。ポポロの母親の指輪です。先生はその手を振って勉強室の扉に鍵をかけると、レオンたちを探しながら、図書館の中を歩き出しました――。