天空城があるクレラ山には、麓から頂上へさかのぼっていく滝がありました。音を立てて地面から噴き出した水が、崖になった山肌に沿って、高くどこまでも昇っていきます。
水が噴き出す場所のまわりは淵(ふち)になっていて、木の桟橋(さんばし)が延び、小舟がつながれていました。大きな荷物を担いだ女性が桟橋に来て、小舟の船頭に声をかけます。
「お城の台所に野菜の追加分を届けに来たの。上まで送ってちょうだいよ」
「そりゃそりゃ。ご苦労さん」
半白髪の船頭はすぐに舟に乗り込み、農婦が乗りやすいように舟を寄せました。
「レツウヨツモニー!」
と農婦が呪文を唱えると、担いできた荷物は一瞬で舟に移っていきました。舟が大きく揺れます。
「ずいぶん重そうだな。担いでくるのは大変だっただろう」
と船頭は農婦に手を貸しながら言いました。
「しょうがないよ。町に麦を届けるのに、うちの旦那が荷馬車を持ってっちゃったからね。それに、このくらいなら、あたしの魔法でも担げるさ。それよか、舟は大丈夫?」
「馬鹿言っちゃいけない。この舟は最大十一人まで客を乗せられるんだ。このくらいの荷物はなんてことないさ」
そんな話をするうちに、小舟は桟橋を離れました。ひと漕ぎふた漕ぎでもう滝のところまで来ると、流れに乗って、上へと運ばれ始めます。まるで巨大な噴水に押し上げられていくおもちゃの舟のようです。
途中、舟のすぐ横を巨大な生き物が通りすぎていきました。蛇のように長い体に短い四本の脚の、純白の竜です。
竜はすぐに引き返してくると、小舟と並んで泳ぎ出しました。竜の大きな目が舟の中を見回します。
「ホワイトドラゴンがこんな近くに」
と農婦は驚き、船頭は竜に話しかけました。
「どうした、滝の守り神。この舟に怪しい客は乗っていないぞ。心配ない」
それでも白い竜はしばらくの間、小舟のそばから離れませんでした。確かめるように何度も舟のまわりを泳ぎ回り、やがて、ようやく納得がいったのか、舟から離れていきました。音を立てて上へ流れる滝の内部へ潜って、見えなくなっていきます。
やがて小舟は滝を完全にさかのぼって、山の頂上に着きました。ぐるりと巡らされた城壁の向こうに、金と銀の天空城がそびえています。
「ありがとう」
と農婦は言って舟から下りました。すぐに呪文を唱えて、荷物も岸に下ろします。
すると、小舟が急に大きく揺れました。おっとっと、と船頭はあわてて舟のバランスを取り、苦笑いして農婦を見ました。
「見た目によらず重い荷物だったな。人間の五、六人分もあったんじゃないのか?」
「まさか。そこまではないよ」
と農婦は答えると、呪文で荷物を肩に担ぎ上げました。そのまま、すたすたと城の入口へ歩き出します。
船頭はあきれたように頭を振ると、また舟を漕ぎ出しました。山頂に広がる淵の中央へ進んでいきます。
すると、ふいに舟が見えなくなりました。吸い込まれるように水の中へ消えていってしまいます――。
「おい、舟が沈んだぞ!? 大丈夫なのか!?」
誰もいないはずの淵の岸で声がしました。別の声が、それに答えます。
「心配ないよ。滝を昇った渡し舟は、あそこから戻っていくんだ。山の中を通り抜けて、また滝の下の渡し場に出るんだよ」
けれども、やっぱりその声の主の姿も、目には見えません……。
そこにいたのは、フルートたちの一行でした。他の人の目には映りませんが、自分たち同士では互いの姿がよく見えています。姿隠しの肩掛けをつけたポポロを中心にして、右側にはフルートとレオンが、左側にはメールとゼンがいて、全員が手をつなぎ合っていました。手をつなげないポチはフルートの肩にしがみつき、ルルはゼンに抱えられています。ビーラーに至っては、レオンの魔法でネズミほどの大きさになって、レオンのポケットに入っていました。
「ホワイトドラゴンが舟につきまとったときには、どうなることかと思った。ぼくたちの気配を感じたのかな?」
とビーラーがポケットから頭と前脚を出して言うと、レオンが答えました。
「怪しいと思ったのかもしれないけれど、結局見つけられなかったんだ。ホワイトドラゴンの目もごまかせるんだから、肩掛けの威力はすごいな」
先に天空城から隠れ家へ行くときには、レオンの魔法でひとっ飛びだったのですが、逆に天空城へ戻るのは、そう簡単なことではありませんでした。クレラ山全体が強力な魔法で守られているので、直接天空城や山頂へ移動することができなかったのです。山頂へ行くには、空飛ぶ犬や馬車に乗るか、エタ滝をさかのぼる渡し舟に乗るしかありませんでした。ポチやルルに乗ったのでは、手がつなげなくて見つかってしまうので、彼らは滝の下で渡し舟に乗る人が来るのを待ちかまえ、客や船頭に気づかれないように一緒に舟に乗り込んで、山頂までやってきたのでした。
フルートは崖の下から噴き上がってきては、淵に呑み込まれていく滝を眺めていました。
「地上とはまったく逆の動きだ……。魔法のしわざだとわかっていても、やっぱりすごく不思議だな」
「ワン、さっき近づいてきたホワイトドラゴンは、ユラサイに棲む竜と同じ種類でしたよ。ユラサイには白竜は神竜一頭しか存在しなかったけれど、この天空の国には普通に白竜がいるんですね」
とポチが言うと、フルートと手をつないでいたポポロが答えました。
「あの竜の祖先は、二千年前の光と闇の戦いの後で、地上からこの天空の国に移り住んだと言われているの。きっと、ユラサイから来たのね……」
地上と、空を飛び続ける天空の国。まるで無関係の場所に存在して見える二つの世界ですが、やはりつながりはあるのです。
一方、メールは城壁を見上げていました。
「ねえさぁ、この先はどうやって城に入るつもり? 魔法で城壁を飛び越えるのかい?」
レオンは首を振りました。
「それは絶対に無理だ。城壁にはものすごく強力な守備魔法がかけられているからな。門を通って入るしかないよ」
「舟の次は門かよ。大丈夫か?」
とゼンが言いました。先に城の中に入ったときに、金の門から名前を問いただされたことを思い出したのです。
「きっと大丈夫だ。ぼくたちは、この城のどこにでも入っていい、って天空王様から許可されているんだからな」
とフルートは答え、改めて仲間たちに言いました。
「城の内側に入ったら、ぼくたちは図書館へ向かう。ぼくたちの姿は見えなくなっているけれど、声を聞きつけられたら見つかるから、城内に入ったら、みんな何も話すな。まっすぐ図書館へ行って、隠れるのに適当な場所を見つけて、マロ先生を待ち伏せよう。――いいな?」
おう、と仲間たちはいっせいに返事をしました。聞きつけられることを心配して、声は抑えています。
「よ、よし」
「わかったよ……」
レオンとビーラーも、とまどいながら、一緒に言います。
「行くぞ」
フルートの合図で、全員は手をつないだまま城門へと歩き出しました――。