「どう、レオン? 見えるかい?」
メールの声が部屋に響きました。
別空間にあるレオンの隠れ家の中です。部屋にレオンとビーラーは立っていますが、フルートたちの姿はどこにもありません。それなのに、メールの声は聞こえるのです。
レオンは驚いた顔で首を振りました。
「全然見えないよ……。魔法で姿を消されたって、ぼくには気配や影みたいなものが見えるんだけど、それもまったく見えない。声を聞かなければ、そこにいるなんて、まったくわからないよ。いったいどうやっているんだ?」
ビーラーのほうもびっくりして、あたりの空気をかいでいました。姿が見えないだけでなく、匂いもまったくしなくなっていたのです。
すると、それまで何もなかった場所に、急にフルートが姿を現しました。その肩には小犬のポチがしがみついています。
「ヒムカシの国でポポロがオシラからもらった、姿隠しの肩掛けの力なんだよ。オシラはエルフの末裔(まつえい)だから、非常に強い魔力を持っていたんだ。ポポロがこれをつけると、ポポロだけでなく、ポポロが触っている人まで姿が見えなくなるんだ」
すると、少し離れた場所から、メールとゼンも姿を現しました。ゼンはメールと手をつなぎ、もう一方の腕にルルを抱いていました。
メールが空いている手をレオンに見せて言いました。
「あたいは今、ポポロと手をつないでいたんだよ。そうすると、あたいと手をつないでいたゼンやルルまで、誰からも見えなくなるし、気づかれなくなるんだ。ただ、声や物音だけは聞こえちゃうんだけどね」
「これで学校に乗り込んで、マロ先生を調べようっていう作戦だな?」
とゼンがフルートに言い、すぐに腕の中のルルを揺すぶりました。
「おい、いいかげん泣くのをやめろって。泣いてばかりいても、おまえらの母ちゃんは助けられねえんだぞ」
「わ、わかってるわよ。もう泣かないわよ――。ゼンったら、本当に涙嫌いなんだから」
ルルは文句を言いながら泣きやんでいきました。
フルートの肩の上から、ポチが言います。
「ワン、ルルは笑っているか、怒っているほうがいいですよ。いつものルルらしいし、そっちのほうが美人だもの」
ルルはうろたえました。
「ま――な、なによ、ポチ。笑っているのはともかく、怒っているほうがいいなんて――まるで、私がすごい怒りん坊みたいじゃないの」
「その通りだろうが」
とゼンが言ったので、ルルはガウッと牙をむいて怒りました。全員が思わず笑ってしまいます。
笑いが収まると、フルートはまた話し出しました。
「レオンには、ぼくたちを図書館へ送り込んでもらいたいんだ。マロ先生は図書館の管理者だ。一日の終わりにはきっと確認にくるし、そこから自分の家にも帰るだろう。それを張り込みたいんだよ。で――」
フルートは急に口ごもると、すまなそうな口調に変わりました。
「ぼくたちを送った後、レオンとビーラーには、もうしばらくここに隠れていてほしいんだ……。君たちがすぐに家に戻ると、君のお父さんや先生が君たちを問いただして、ぼくたちのことを知られてしまうかもしれない。そうなると、ポポロのお母さんたちを助け出すのが、ひどく難しくなるんだよ」
レオンはたちまち不愉快そうな顔になりました。
「つまり、君たちが戻るまで、ここから一歩も出るな、と言うわけか? そんな不自由な想いをするのはごめんだな」
「でも、そうしないと、あんたたちは問い詰められちゃうじゃないか! あたいたちのことがばれたら、ポポロのお母さんたちの命に関わるかもしれないんだよ!」
とメールが言ったので、ルルは、びくりと身をすくめました。またこぼれそうになった涙を、懸命にこらえます。
すると、それまで何も見えなかった空間に、ポポロが姿を現しました。姿隠しの肩掛けを外したのです。レオンに向かって言います。
「お願い! フルートたちの言うとおりにして……! あたしたちがお母さんたちを助け出すまでの間だけだから。お願いよ……!」
ポポロは必死になっていました。真剣すぎて、レオンを怖がることも、泣くことさえも忘れてしまっています。
レオンは短い銀の前髪をかき上げると、ふん、と鼻を鳴らしました。
「嫌だと言っているんだよ。ずっとここにいろだなんて、冗談じゃない――。君たちはポポロの両親を助けにいくっていうのに、ぼくたちだけ残るなんてさ」
フルートたちは目を丸くしました。
「なんだ、俺たちと一緒に行きたいって言うのかよ?」
とゼンが聞き返すと、レオンはいっそう不満そうな顔になりました。
「どうしてぼくたちが一緒に行きたがらないと思うんだ、って言っているんだよ。ここまで関わってきたのに、いまさらぼくたちだけ留守番はないだろう」
フルートは首を振りました。
「危険なんだよ、レオン、ビーラー。向こうは戦人形を操るんだ。これ以上、危険な目に遭わせたくない。ぼくたちを図書館に送ってくれたら、それで充分さ」
レオンはまた、ふん、と鼻を鳴らしました。
「そうやって図書館でマロ先生を見つけた後、どうやって先生をつけるつもりだ。先生はきっと魔法で移動する。君たちには追いきれないぞ」
フルートは言い返せなくなりました。レオンの言うとおりだったのです。
すると、仲間たちが口々に言いました。
「フルート、レオンたちを巻き込みたくねえ気持ちはわかるが、正直、レオンが一緒に来てくれたほうが心強いぞ。こいつの魔法は相当強力だからな」
「そうだよね。マロ先生が相手となると、きっと魔法が山ほど必要になるのに、ポポロは二回までしか魔法が使えないんだからさ」
「ワン、レオンはさっき、戦人形を魔法で停止させました。消魔水の中でさえなければ、きっと人形にも対抗できますよ」
フルートはさらに絶句してしまいました。仲間たちの言うことはもっともなので、反対することができません。
レオンは、にやっと笑うと、足元の犬に尋ねました。
「おまえはどうする、ビーラー? ここに残ってもいいんだぞ」
「一緒に行くさ。ぼくは君の犬だからな、レオン」
とビーラーは答えました。当然、という口調です。
それを聞いて、ルルがゼンの腕の中で尻尾を振りました。
「やっぱり来てくれるのね、ビーラー! きっとそう言ってくれると思っていたわ。ありがとう!」
とたんにビーラーはばつの悪そうな顔になりました。口の中で何かをつぶやきますが、他の者には聞こえません。そんな雄犬をメールが見つめ、ゼンはルルを叱ります。
「おい、やめとけって言ってるだろうが」
「な、なによ。私はただ、ありがとうって言っただけよ!」
とルルが反発します。
フルートは、自分の肩にしがみついている小犬を見上げました。
「ポチ?」
と尋ねるように声をかけますが、小犬はそっぽを向いたまま、知らん顔を続けていました――。