休憩にしよう、とフルートに言われて、仲間たちはそれぞれに一息入れました。お茶の残りを飲む者もいれば、また魔法の木から実を取っておやつをほおばる者もいます。
ポポロとルルは先ほどからほとんど何も言わずに、しょんぼり座り込んでいました。行方不明になっているお母さんを心配しているのです。見かねてポチが言いました。
「ワン、どうにかしてお母さんを捜しに出られるといいんだけどなぁ」
けれども、ポチが外に出て探し回れば、敵に見つかる可能性があるので、そういうわけにもいきません。
すると、ビーラーが言いました。
「レオン、君の魔法で外の様子が見られるんじゃないのか? それで彼女たちのお母さんを捜せないか?」
「家の様子ならいつでも見られるけれどね。そこからもっと遠い場所を見るには、少し手間と時間がかかるな」
とレオンは答え、呪文と共に手を振りました。テーブルの上に現れたのは、四角い石の板です。
「ぼくはいつも、この石板で家の様子を見ているんだ。父上のお説教が終わるタイミングを見はからったり、必要なものを取りに行ったりするのにね。外の目の近くに誰もいなければ、見る場所を移動できるんだけれど、どうかな……」
レオンが石板に手を触れると、その表面に景色が映りました。青い絨毯を敷き詰めた広い廊下や、石造りの壁が見えています。
「ここがレオンの家かい?」
「ずいぶん立派な家じゃねえか」
とメールやゼンが興味津々でのぞき込んできました。
「これは、廊下に飾った肖像画に仕込んだ目から見てるんだ。家のあちこちに、こういう目を隠してある。こっちが台所で、こっちは広間、これが客間――」
レオンが言うたびに石板の景色は次々に切り替わり、違う部屋の様子を映し出しました。どの部屋にもほとんど人影はありませんでしたが、玄関の景色に切り替わったとたん、急に男性の声が聞こえてきました。
「レオンはまだ戻っていないのですか!? どこに行ったのかわからないんですか!?」
責めるような声に一同はびっくりしました。石板を見ていなかった者も、あわてて駆け寄ってのぞき込みます。
そこには半分開いた大きな扉と、二人の男の人が映っていました。一人は黒い服を着て背中を向けていますが、もう一人の眼鏡をかけた男性には、フルートたちも見覚えがありました。
「マロ先生だ。父上と話をしている……」
とレオンが言いました。
「レオンが行方不明になっているのが、学校にも知られたのか?」
とビーラーも言います。
一同は石板に映る二人を、息を詰めて見守りました――。
彼らには背中を見せているレオンの父親が、マロ先生に反論していました。
「どこに行ったのかわからないのか、だと!? 冗談ではない! レオンはまだ学校から戻ってきていない! 学校にいる間は、君たち教師がレオンを保護する義務を負っているではないか! レオンは迎えの馬車を呼んだが、うちの御者が学校に着いたときには、レオンはどこにも見つからなかったのだぞ。君たちこそ、うちの息子をどこにやったのだ!?」
マロ先生は眼鏡の下で眉をひそめました。
「では、レオンはずっと家に帰ってきていないのですね? 学校に、彼の気配はありません。この家にもいないのだとしたら、彼はどこに行ったんでしょう? 彼らは非常に危険な者たちと一緒にいるようなのです」
「非常に危険な人物!? 誰だ、それは!?」
「地上から来た、金の石の勇者の一行です。お宅の犬も一緒のようです。彼らと行動を共にしてはいけないというのに――」
それを聞いて、フルートたちは顔を見合わせてしまいました。
「なんで俺たちが危険なんだよ!?」
とゼンがわめき、フルートは考え込みます。
「どうしてレオンたちがぼくたちと一緒に行動しているとわかったんだろう? どこでも見られたりしていなかったのに」
「あたいとビーラーは、フルートたちを待っている間にマロ先生と会ったよ。適当にごまかしておいたんだけど、あの時にばれたのかもしれないなぁ」
とメールが言うと、レオンは首を振りました。
「マロ先生は、残された足跡から、そこに誰がいたか知ることができるんだよ。だから、こっそり授業をさぼっても、足跡を残してしまうと、必ず見つかって叱られるんだ――。今回も足跡で君たちと一緒なのが知られたのかもしれない。ただ、ここは光の通路に近い場所だから、いくらマロ先生でも足跡を追って来ることはできないよ。ここへ飛んだ痕跡も、ちゃんと消してきたからな」
「ワン、魔法って、なんでもできるように見えるけど、けっこういろいろ気配りが必要なんですねぇ」
とポチが感心します。
石板の中では、二人の大人の話が続いていました。レオンの父親がマロ先生をどなりつけています。
「このままうちのレオンが見つからなかったら、君たちはどうするつもりだ!? 万が一、レオンに何かあったら!? あれは我が家の大事な跡取りだぞ! どう責任を取るつもりだ!?」
「むろん、彼の能力の高さは学校も充分承知しています。だからこそ、誰にも知られず学校を出ていくことだって、できるのです。彼は写し身に授業を受けさせて、教室を抜け出していました。学校としても、そんな真似をされては保護監督のしようがありません。そちらこそ、天空王様直属の貴族なのですから、もっと息子さんの言動に気を配っていただきたいものです。最近のレオンの反抗ぶりには目に余るものがありました」
「私はレオンを厳しく育てている! レオンも私の命令にはちゃんと従うぞ! 学校の力不足を棚に上げて、私のせいだと言うつもりか!?」
「そちらこそ、最近のレオンの様子をご存じない。普段の息子さんの言動に、もっと目を配る必要があったでしょう――」
二人の大人が言い合う様子に、フルートたちは思わず溜息をついてしまいました。レオンの行方を心配するのではなく、お互いの責任を追及し合っているのです。
ゼンが舌打ちしました。
「大人どもってのは本当にどうしようもねえな。そんな話より、レオンの心配をしたらどうなんだよ。曲がりなりにも行方不明なんだぞ」
「あたいの父上もけっこうやかましかったけど、あんな感じじゃなかったなぁ。あんたが周囲に怒ってた気持ち、わかる気がするよ。あれじゃあね」
とメールも言います。
レオンは石板から目をそらして唇をかんでいました。そんな主人の脚に、ビーラーがそっと体をすりつけています。
すると、テーブルに伸び上がっていたルルが、突然大きく身を乗り出しました。石板に鼻先を押しつけるようにしてのぞき込み、振り向いて言います。
「ポポロ、見て! マロ先生の右手の指にあるの――お母さんの指輪じゃない!?」
えっ!? とポポロは声を上げ、ルルと一緒に石板をのぞき込みました。レオンのお父さんと言い合うマロ先生に、じっと目を凝らし、たちまち青ざめます。
「本当だわ! あれ、お母さんの指輪よ!」
フルートたちはいっせいにまた石板をのぞき込みました。とたんに、ごつんと頭がぶつかり合い、全員が悲鳴を上げてしまいます。
「ゆ、指輪って……あの紫の石がはまっている、あれ?」
とフルートは尋ねました。
「でも、マロ先生は右手の中指にはめてるよ。お母さんは女なんだから、指輪はもっと細いんじゃないのかい?」
とメールも尋ねると、ポポロとルルはいっせいに首を振りました。
「あれはお母さんの指輪よ! 婚約したときにお父さんから送られたものなの! 見間違えないわ!」
「あの指輪には特別な魔力があるから、どんな太さの指にでもはまるのよ! でも、お母さんは絶対あれをはずさなかったの! どうしてマロ先生があれをつけているのよ!?」
「ってことは――あのマロ先生の正体はポポロの母ちゃんってことか? マロ先生に化けているのか?」
とゼンがとんでもない予想をして、たちまちメールやポチから叱られました。
「なに馬鹿なこと言ってんのさ! そんなわけないだろ!?」
「ワン、常識で考えてください! お母さんの指輪がマロ先生に奪われたのに決まってますよ!」
すると、レオンがまた反論しました。
「そんな馬鹿な! どうして先生がそんなことをしなくちゃいけないのさ!? ありえないだろう!」
その足元でビーラーもうなずいています。
いや、とフルートは考えながら言いました。
「思い当たることがある。マロ先生は本当にポポロのお母さんを誘拐したのかもしれないぞ――」
フルートのことばは隠れ家に重く響きました。