結局フルートたちは半日以上も眠り続けました。
メールとビーラーも、することがないので一緒に昼寝をしましたが、目を覚ましてもまだ仲間たちが寝ていたので、さすがに起こすことにしました。
「フルート、ゼン、ポポロ――そら、ポチもルルも、もう起きなよ」
「レオン、目を覚ませ。これ以上寝ると、また夜になってしまうぞ」
仲間たちは次々に目を覚まし、まだ眠そうな顔を見合わせました。
「あたた。テーブルなんかで寝たから首が痛ぇぞ」
とゼンがぼやきながら立ち上がり、大きく伸びをします。
レオンは目をこすりながら部屋の隅へ行き、うん、と一人うなずくと、ベトーエクターヨクシー、と呪文を唱えました。とたんにテーブルの上に一本の鉢植えの木が現れます。高さは五十センチほどですが、緑の葉の間に小さな丸い実が鈴なりになっています。
「食事の前に植えておいたんだ。ちょうど食べ頃になってる。これでお茶にしよう」
「お、これって食えるのか?」
「おいしいのかい!?」
ゼンとメールがさっそく身を乗り出すと、ビーラーが言いました。
「それはおやつの木と呼ばれている植物だよ。その実の一つずつに、いろいろなお菓子が魔法で閉じこめられていて、割れば中から出てくるんだ」
それは本当に楽しい木でした。全員は好きな実をもいでは殻を割り、中から飛び出してくる菓子をわいわい言いながら食べました。レオンが魔法でお茶も出してくれます。
「気がきくぞ、おまえ!」
とゼンに背中をたたかれて、レオンは咳き込んでしまいました――。
やがて全員が少し落ち着いてくると、フルートはおもむろに切り出しました。
「さあ、それじゃ話し合いを始めよう。しばらく寝てしまったけれど、おかげでみんな頭がすっきりしたと思う。状況はかなり複雑になっている。みんなで話し合って、何が起きているのか、きちんと整理してみよう」
仲間たちはうなずきました。レオンやビーラーも同様で、ゼンたちと一緒にフルートを見つめます。
フルートは話し始めました。
「ぼくたちは、一昨日、この天空の国にやってきた。ポポロの家に一晩泊まってから、町を見て、花野に行って、それから天空城に行った。その間に、ぼくたちは三度も戦人形に襲われた。そこから考えてみるぞ」
「君たちは花野や図書館でも襲われたって言っていたな。そこで何をしていたんだ?」
とレオンは尋ねました。
「あたいたちはデビルドラゴンを倒す手がかりをつかむために、この天空の国にやってきたんだよ。花野では、天空城に行こう、って話し合っていただけだったんだけど、図書館には、光と闇の戦いについて書かれた本を探しに行ったんだ。ところが、特別室に案内されてみたら、肝心の戦いの本はほとんどなくなってた。きっと、あたいたちに戦いを調べられたくないヤツがいるのさ」
とメールが答えると、ゼンも言いました。
「それでも、概論とかいう本は残っていたから、そいつを読んでいたら、飾ってあった戦人形が襲ってきやがったんだよな。――フルート、あの図書館の人形と、花畑の人形と、井戸の中の人形は、全部違ったヤツなのか?」
「違う人形のはずだよ。図書館のは最初から展示してあった戦人形。井戸でぼくたちを襲ってきたのは、二千年間の戦いの後で集められて保管されていた人形。そして、花野に現れたのは、そこから盗み出された人形だ」
すると、ポチが思い出すように言いました。
「ワン、あの戦人形は、天空の民の力を使って動き出すみたいでした。レオンが触れたら、魔力が人形に移動して動き出したんです。そいつが殴ったら、殴られた人形にも力が引き渡されて動き出したし。でも、そいつらはレオンを襲ってきたんです。ただ魔力を与えただけでは、人形に言うことを聞かせることはできないってことだと思います」
それを聞いて、メールは身を乗り出しました。
「ってことは、犯人は天空の民で、しかも戦人形の操り方を知っている、ってことだよね? そうでなければ、井戸の底から人形を盗み出せなかったわけだもん」
「誰だよ、そいつは? どうして俺たちの邪魔をしやがるんだ!?」
とゼンがわめきます。
フルートは腕を組み、片手を口元に当てながら考え続けました。
「天空の国には二種類の住人がいるけれど、ここが空を飛ぶ国だと知らずにいる人たちは、対象から外れる。だって、彼らはデビルドラゴンも光と闇の戦いのことも、まったく知らずに暮らしているんだからな。もちろん、金の石の勇者のことだって、まったく知らない。だから、ぼくたちを狙う犯人は貴族の中にいる、ってことになる」
とたんにレオンが反論してきました。
「そんな馬鹿な! 貴族は光と正義のために、天空王様と一緒に戦っているんだぞ! もちろん、闇の竜の恐ろしさだって、奴の復活を阻止しなくちゃいけないことだって、充分によく知っている! 金の石の勇者の一行が闇の竜と戦っていることだって、ちゃんと知っているんだぞ! それを支援することはあったって、妨害するなんてことは――」
「でも、おまえは俺たちの妨害をしてきたじゃねえか」
とゼンが言ったので、レオンはたちまち真っ赤になりました。
「ぼ――ぼくはまだ貴族じゃないよ――。そ、それに、今はもう、君たちの邪魔をする気なんて、まったくないんだ!」
「それはちゃんとわかっているよ、レオン」
とフルートは穏やかに言い、また考える顔に戻って続けました。
「確かに天空の国の貴族は、志の高い立派な人たちが揃っているんだと思う。実際にぼくたちを助けてもらったことも、何度もあるからね……。ただ、いくら正義の貴族だって、絶対に間違いや悪いことをしでかさない、ということはないはずだ。人知れず良くないことを考えている人だって、中にはいるだろう。ぼくたちの存在を目障りに感じている人だって、きっといるんだよ」
すると、ゼンが急に声を上げました。
「おい! まさか、またデビルドラゴンがこの天空の国に来てるんじゃねえだろうな!? あいつに魔王にされたヤツが、その辺に潜んでるんじゃねえのか!?」
一同は、どきりとしました。それまで考えたことはありませんでしたが、言われてみれば、可能性はありました。
「ワン、貴族の誰かが魔王にされているってことですか?」
「そいつが、あたいたちの命を狙っているってわけ!?」
とポチやメールが口々に言います。
レオンだけはむきになって反論を続けました。
「ありえない! ここは天空の国だぞ! よりによって、闇の竜や魔王がこの国にいるだなんて、そんなことは――!」
「なに言ってやがる! 四年前にここはゴブリン魔王に襲われたじゃねえか! それに、二千年前の光と闇の戦いだって、デビルドラゴンがこの国にいたから始まっちまったんだぞ!」
レオンは言い返せなくなりました。ゼンに指摘されたとおりだったからです。
けれども、フルートは首を振りました。
「それは違うだろう。少なくとも、魔王が現れたわけじゃない。それなら金の石がぼくたちに知らせるはずだ」
と鎧の胸当ての下からペンダントを引き出します。守りの魔石はその中央で静かに光っているだけでした。ガラスの鈴のような音で鳴ったり、明滅して闇の敵の接近を知らせたりはしていません。
うぅん、と一同は頭を抱えてしまいました。状況をきちんと整理しようと思うのに、やっぱり混乱して、わけがわからなくなってしまいました。誰が彼らを狙っているのか。なんのために天空の国から追い出そうとしているのか――。いくら考えても謎は解けません。
「ちょっと休憩しよう」
まだ何かを考える顔で、フルートはそう言いました。