風の犬になったルルがポチに飛びついて泣いている横を、花鳥が通り過ぎていきました。少年たちがいる井戸端へ舞い下りてきます。すると、鳥は崩れて花に戻りました。あとには二人の少女が立っています。
ポポロがルルと同じように泣きじゃくっているのを見て、フルートは驚きました。駆けつけて尋ねます。
「どうしたの!? 何があったんだ!?」
すると、ポポロはフルートに抱きつきました。そのまま、わぁっと声を上げてまた泣き出してしまいます。
メールは、ほっと溜息をつき、ゼンやレオンやビーラーが駆け寄ってくるのを見て言いました。
「良かった、井戸から戻ってきてたんだね。でも、レオンはどうしてそんな恰好でいるのさ?」
上半身裸のままでいたレオンは、赤くなって、あわてて自分に魔法をかけました。また黒いシャツに黒いズボンという恰好に戻ります。
「何事だよ? どうしてポポロもルルも泣いてるんだ?」
とゼンは尋ねました。
メールが真剣な顔になって答えます。
「ポポロたちの家がめちゃくちゃにされていたんだよ。ラホンドックは折れて動かなくなってたし、ポポロのお母さんもどこにもいないんだ。しかも、庭に変な青いキノコが現れてさ――今すぐ天空の国を立ち去って地上へ帰れ、さもないと恐ろしいことが起きるぞ、って、あたいたちを名指しして警告してきたんだよ」
何故そんなことが起きたのか、誰のしわざなのか、ポポロのお母さんはどこへ行ったのか。いくら考えてもわけがわからなかったので、メールは泣きじゃくるポポロとルルを花鳥に乗せて、とにかくこの場所まで戻ってきたのでした。
「天空の国から立ち去れと、ぼくたちを名指しで?」
とフルートはまた驚き、泣いているポポロをのぞき込みました。
「落ち着いて、ポポロ。何があったのか、もっと詳しく話してくれ」
「わ――わからないの――」
とポポロはむせびながら言いました。
「あ、あたしたちが着いたときには、家はもうめちゃくちゃで――い、いくら呼んでも、お母さんが返事をしてくれないのよ――」
そこへ空からポチとルルが舞い下りてきました。
「ポポロは、天空の国の中なら、どんなに離れていてもお母さんと話ができるのよ! だから、ずっとお母さんを呼んでいるのに、返事がないの!」
ルルはそう言いながら犬の姿に戻りました。同じく小犬に戻ったポチに頭を寄せ、震えながら涙を流します。ポチは一生懸命その涙をなめてやりました。大丈夫、大丈夫だよ、と声をかけて励まします。
そんな様子に、ビーラーが急に首をかしげました。おやっ、という表情でポチとルルを眺めます――。
フルートは、泣き続けるポポロを抱いて考え込みました。
ゼンも難しい顔になって言います。
「こりゃぁ、いよいよ本当にそういうことか?」
「なに? 思い当たることがあるわけ?」
とメールは聞き返しました。
「大ありだ。こりゃ本気でやばい状況になってるのかもしれねえぞ」
「ちょっと、何さ、その話!? もっと詳しく話しなよ!」
メールがゼンへ説明を迫ると、さえぎるようにフルートが言いました。
「その前にここを離れたほうがいい――。ぼくたちはさっきからここで、かなりの大騒ぎをやらかしている。きっと、間もなくここに人が来るだろう。ぼくたちは、ここにいないほうがいい」
フルートは自分たちが誰かから狙われていることを、はっきりと感じていました。この場にぐずぐずしていたら、また戦人形が襲ってくるかもしれない、そうなれば集まってきた人たちまで巻き込んでしまう、と考えます。いかにもフルートらしい心配でした。
「だが、どこに行く? ポポロの家はめちゃくちゃになってるんだぞ」
とゼンは腕組みしました。ここは天空の国です。他に行く場所が思いつきません。
すると、レオンが言いました。
「誰にも知られない場所に行きたいわけだな? 誰にも見つからなくて、居場所がわからないところに。――それなら、思い当たるところがある。一緒に来い」
よし、とフルートとゼンは即座に答えました。ワンワン、とポチもほえます。意外そうな顔をしたのはメールでした。
「なんだい? レオンったら、いやに協力的になってるじゃないか。井戸の中で何があったわけ?」
「ちょっと、いろいろとな。それも後で話して聞かせてやるよ」
とゼンが答えます。
「みんな、集まれ」
とレオンが言ったので、全員はその回りに集まりました。フルートとポポロ、ゼンとメール、ポチとルル、そしてビーラー。ポポロはまだ涙の溜まった目で、びっくりしたようにレオンを見ていました。意地悪ばかり言っていた彼が、今は本当に真剣な顔で、皆の中心に立っています。
「ベトーエヨシバノイーレ!」
レオンが呪文を唱えたとたん、銀の星が散って降りかかってきました。次の瞬間には、全員がその場所から消えてしまいます。井戸端が急に静かになります。
すると、そこへ一人の人物が姿を現しました。眼鏡をかけた中年の男性――マロ先生です。あたりの気配を探るように見回し、厳しい表情になって言います。
「あれは確かに魔法の稲妻だったぞ。彼らはこんなところにいたのか。どうやって気配を隠していたんだ?」
先生は地面にかがみ込みました。そこに残されていた足跡に手を触れて、またひとりごとを言います。
「レオンと彼の犬が、金の石の勇者の一行と行動を共にしているな……。味方になったのか。なんということだ」
マロ先生はひどくいまいましそうな顔をしていました。立ち上がると、明るくなってきた空を見上げます。
「一刻も早く連中を見つけ出さねば。人手がいる」
そうつぶやくと、先生も姿を消していきました。どこへ行ってしまったのか、もうその場所には戻ってきません。
そこへ朝の光が差してきました。ついに夜が明けたのです。誰もいなくなった井戸端や庭園を、朝日が明るく照らします。
夜の間のあの騒ぎが嘘のような、静かな朝の訪れでした――。