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第19巻「天空の国の戦い」

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45.撃退

 ついにフルートたちは井戸の外へ脱出しました。

 彼らを乗せたポチが空に舞い上がり、すぐに地面へ下ります。

 少年たちが次々に降り立つと、白い犬が飼い主に飛びついてきました。

「レオン、無事で本当によかった! もうだめなんじゃないかと何度も思ったよ!」

「ビーラー」

 とレオンは目を丸くしました。犬がこんなに自分を心配してくれるのが、とても意外なことのように思えます。

 ゼンとフルートは井戸をのぞき込んでいました。

「さすがにもう上がってこねえだろうな?」

「たぶんね。あの体でここを上がるのは、いくらなんでも無理だろう」

「ったく、馬鹿頑丈なヤツだったぜ。二千年前の戦いでは、あんなヤツらが大勢戦っていたのか」

「あの洞窟にいた人形が全部動いていたんだろうからね。とんでもない戦いだったはずだ――」

 その時代に想いをはせるように、フルートが考え込みます。

 一方、ポチは小犬に戻って、周囲を見回していました。夜明けが近づいて空が白々と明るくなってきたので、ポチにはあたりの景色がよく見えました。綺麗に手入れされた生け垣が続く庭園ですが、メールやポポロやルルの姿は見当たりません。

 ポチは、まだレオンの顔をなめているビーラーへ尋ねました。

「ワン、みんなはポポロとルルの家の様子を見に行ったって言いましたよね? 家で何があったんですか?」

「あ、いや――初めは、お母さんが心配しているだろうから知らせてくる、と言ってルルとポポロが出かけたんだ。その後、彼女たちに呼ばれてメールも飛んでいったんだよ。もう一時間半くらいになるな」

 とビーラーは答えました。

「ワン、ぼくたちが井戸の中に行ったとわかっていたのに、そんなに? 本当に、何かあったんじゃないかな、フルート?」

 小犬にそう言われて、フルートは考え事から覚めました。すぐに未明の空へ呼びかけます。

「ポポロ、聞こえるかい!? ぼくたちは戻ってきたよ。家で何かあったのか――!?」

 

 その時、井戸の近くにいたゼンが音に気がつきました。カツン、カツン、と石をたたくような硬い音が、井戸の中から聞こえてきます。

 ゼンはぎくりとして、井戸に駆け寄りました。のぞき込むと、井戸の下のほうから上がってくるものが目に入ります。

 それは半分にちぎれた戦人形でした。両手の刃を伸ばして石壁に突き立て、井戸をよじ登ってきます。カツン、カツンというのは、人形が壁の石の隙間を刃で探している音でした。ごぼり、どどどど、という人形自身の音も聞こえてきます。

 ゼンは青ざめて井戸から飛びのきました。

「やべぇぞ! ヤツがまた追いかけてきた!」

 本当に、恐ろしいほどの執念深さです。

「逃げよう、レオン!」

 とビーラーが主人の服をくわえて引きました。ポチもまた風の犬に変身します。

 けれども、フルートは逆に井戸へ駆け寄りました。のぞき込み、剣へ手をかけて叫びます。

「みんな、早くここから離れるんだ!」

「馬鹿野郎! おまえはどうするんだよ!?」

 とゼンも井戸へ駆け寄りました。フルートの返事は聞かなくてもわかるような気がします。

「あいつが外へ出てきたら、天空城がめちゃくちゃになる。ここであいつを迎撃して倒す」

 とフルートは言いました。予想通りの答えです。

 ゼンは舌打ちすると、背中から弓を外しました。百発百中の矢をつがえて、登ってくる人形を狙います。フルートを残して逃げるつもりなど、さらさらありませんでした。ポチもうなりを立てて井戸へ飛んできます。

「レオン、早く! 今のうちに逃げよう!」

 とビーラーは主人の服を引っぱり続けました。彼が立ちすくんだまま動かないので、反対側に回り、頭で押して動かそうとします。

 すると、レオンが言いました。

「だめだよ。ぼくたちだけ逃げるわけにはいかない」

「レオン!?」

 ビーラーは驚き、少年が今まで見せたこともなかった表情をしていることに気がつきました。少し生意気そうな顔つきは相変わらずですが、ひどく真剣なまなざしで井戸と身構えるフルートたちを見つめています。

 

 その井戸から、ごぼりごぼり、どどどど、という音が聞こえてきました。

「こんちくしょう! さっさと戻りやがれ!」

 とゼンが井戸の中へ矢を放ちますが、とたんに大きな炎が噴き上がってきました。押し返された矢が火の中で燃えてしまいます。

「ワン、戦人形が火を吐いた!」

「水から出たからだ!」

 とポチやフルートが言い、ゼンはあわてて飛びのきました。ゼンが着ている防具は魔法を打ち消しますが、炎を防ぐことはできなかったのです。

 フルートはポチに飛び乗りました。剣を構え、井戸の中へ飛び込んでいこうとします。

「待て! ぼくにやらせろ――いや、やらせてくれ!」

 レオンは叫んで駆け出し、走りながら黒いシャツを脱ぎ捨てました。上半身裸になった恰好で頭を振り、短い髪からしぶきを飛ばして、両手をかざします。

「ベトーキフヨキテー!」

 すると、銀の星が散って、レオンの指先から光の弾が飛びました。井戸の中に飛び込み、どん、と激突する音をたてます。

 フルートたちは驚きました。レオンがまた魔法を使えるようになったのです。

 けれども、少年は悔しそうに頭を振りました。

「魔法が小さい! まだ完全に乾いてないのか!」

 彼は消魔水の影響を振り払うために、濡れたシャツを脱ぎ捨てたのですが、ズボンも髪もまだ濡れていたので、思ったほどには魔力が発揮できなかったのでした。

 井戸の中からまたごぼごぼと音が迫ってきました。戦人形はレオンの魔法に耐えたのです。白い頭が井戸の上に現れ、続いてつるりとした白い上半身が出てきます。

 すると、人形は彼らに背中を向けました。後頭部に一つだけになった目で彼らを見回し、もう一度魔法を使おうとしていたレオンに視線を止めると、突然飛び跳ねます。人形はちぎれた腹部の下から水を勢いよく噴き出していました。水の力で飛び上がっているのです。

 半ば溶けた人形の頭が、丸い口が開きました。レオンへ大きな炎を吹きかけます。

 

 そこへフルートがポチの上から飛び下りてきました。体を反転させ、緑のマントをレオンの前に広げます。フルートのマントは炎をはね返しました。火に強いので燃え上がることはありません。

 吹き抜けていく熱い風に、レオンの髪とズボンがはためきました。炎の熱気がレオンの全身を乾かしていきます。

 よし! と少年は叫びました。両手を上げて声高く呪文を唱えます。

「ローデリナミカローデ!」

 それはポポロが雷を呼ぶときの呪文によく似ていました。次の瞬間には本当に頭上に暗雲がたれ込め、雷鳴と共に稲妻が降ってきます。

 とたんに、レオンは両手をさっと人形へ振り下ろしました。

「セメーノチウー!」

 稲妻は呪文と同時に向きを変え、戦人形を直撃しました。人形が吹き飛び、どぉん、と音を立てて地面にたたきつけられます。

 レオンはフルートの後ろから駆け出し、再び人形へ手を突きつけて言いました。

「レマート!」

 その呪文も、フルートたちはよく知っていました。動くものを停止させてしまう魔法です。

 銀の光がほとばしり、戦人形を包みました。とたんに、ごぼごぼ、どどど、という音が止まります。次の瞬間、人形はごろりと地面に転がりました。それきり、もう動かなくなります。

 レオンは肩で息をしながらフルートたちを振り向きました。

「もう、大丈夫だよ……。こいつはもう、動けない……」

 ゼンは、ひゅうと口笛を吹きました。

「やるな、おい」

「すごい魔力だね」

 とフルートも感心しました。ワンワンワン、とポチが同意します。

 すると、レオンは顔をしかめました。尊大な口調になって言います。

「そんなことは当然だ。それに、君たちだけになんて任せておけるか。ここは天空の国なんだからな。地上の君たちに戦わせておいて、天空の民のぼくが何もしないだなんて――そんな馬鹿な」

 それは少年の精一杯の照れ隠しでした。反論してから、ふん、とそっぽを向きます。

 フルートとゼンとポチは顔を見合わせると、思わず笑い出してしまいました。

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