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第19巻「天空の国の戦い」

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第15章 撃退

44.脱出

 風の犬に変身したポチは、つむじを巻いて井戸を駆け下りました。

「ワン、みんな早く乗ってください!」

 と水面に浮いている仲間たちへ呼びかけます。

「よっしゃ! まずおまえだ!」

 とゼンがレオンを捕まえて持ち上げたので、レオンは驚きました。

「む、無理だよ! ぼくはポチの飼い主じゃないから、背中には乗れない――」

 けれども、ゼンはかまわずレオンを放り投げてしまいました。全身ずぶ濡れになった少年がポチに向かって飛びます。

 すると、その体がポチの上に乗りました。あわててしがみついたレオンの手に、暖かい背中と毛並みの感触が伝わってきます。

 また驚いたレオンに、ポチが笑うように言いました。

「ワン、ぼくには飼い主なんかいませんからね。ぼくの友だちだったら、誰でもぼくに乗れるんですよ」

「と、友だち……?」

 レオンは思いがけないことばに目を丸くしました。急に気恥ずかしくなって、うろたえてしまいます。

 

 一方、水面ではゼンとフルートが足元を見ていました。ごぼり、どどど、という奇妙な音が、暗闇の中から近づいていたのです。

「人形の野郎だな。だが、なんだこの音?」

「わからない。追いかけてくる速度も、さっきよりずっと遅いんだ。今のうちに早くポチに乗ろう」

「よし」

 ゼンは今度はフルートをつかんで放り上げました。ポチが上手にそれを受け止めます。

「ゼン、つかまれ」

 とフルートはポチの背中から身を乗り出しました。ゼンの手を捕まえて引っぱり上げようとします。

 ところが、その目の前で、いきなりゼンが水に沈みました。まるで何かに水中へ引きずり込まれたような動きです。

「ゼン!?」

 少年たちは驚いてのぞき込みましたが、水の中は暗くて見通すことができません。

 フルートはすぐに剣を抜いて水中へ飛び込もうとしました。ゼンは戦人形に襲われたのに違いない、と思ったのです。

 すると、そこへまたゼンが浮いてきました。手を振り回してどなります。

「ここだ! 早く上げてくれ!」

 フルートはあわててその手をつかみました。右手に剣を握っていてゼンを引きあげることができなかったので、ポチへ言います。

「そのまま上昇しろ! 井戸の外に出るんだ!」

「ワン、わかりました!」

 ポチは井戸の出口に向かって上昇を始めました。井戸の中に風が巻き起こり、水面に波を立てます。

 

 水の中から、ゼンが上がってきました。レオンやフルートと同じように全身ずぶ濡れになって、髪や服からしずくを垂らしています。

 ところが、その左脚に白い物がしがみついているのを見て、フルートたちは、ぎょっとしました。戦人形がゼンを捕まえていたのです。ゼンは右脚で蹴りつけて払い落とそうとしていましたが、人形は離れません。ポチが上昇するにつれて、人形までが上がってきます。

 すると、レオンが叫びました。

「あいつ、下半分がないぞ!」

 戦人形は腹から下が失われていて、頭と胸と両腕だけの姿でゼンの脚にしがみついていたのです。人間ならば間違いなく死んでいる状態なのに、人形はまだ動き続けていました。ちぎれた腹の下からは、ごぼごぼ、と水があふれるような音が響き、白い胸の奥からは、どどどど、という音が聞こえてきます。

「ワン、穴につかまった体を爆発で吹き飛ばして追いかけてきたんだ……」

 とポチは言いました。その執念のすさまじさに、レオンは震え上がります。

 すると、人形が急に片手をゼンから離しました。その手首から剣のような刃が飛び出します。ゼンを突き刺そうというのです。

 フルートは叫びました。

「レオン、ゼンを引っぱり上げろ!」

 レオンは弾かれたように飛び出して、フルートと一緒にゼンの腕をつかみました。懸命にゼンを引き上げ始めます。

 ところが、フルートは逆にゼンを放しました。驚くレオンの腕に、ゼンの体重が一気にかかってきます。

「そのまま頼む!」

 とフルートは言い残すと、ポチの背中からすべり降りていきました。自分の剣を構え直して、戦人形へ飛びかかっていきます。

 人形はフルートを見て、刃の狙いを変えました。落ちてくるフルートを串刺しにしようとします。

 フルートはその刃を蹴りつけ、炎の剣を振り下ろしました。人形の顔に残っていた目を突き刺します。

 すると、人形の力がゆるみました。ゼンが思いきり蹴飛ばすと、人形が離れて井戸の中へ落ちていきます。つかまるところがなかったフルートも一緒です。

「フルート!!」

 とポチとレオンが叫びます――。

 

 とたんに、フルートの落下が止まりました。フルートの腕をゼンが捕まえたのです。

 戦人形だけが井戸に落ちて水しぶきを上げ、すぐに沈んでしまいます。

「ゼン」

 と見上げたフルートを、ゼンがどなりつけました。

「ったく! 後先考えずに飛び出すんじゃねえ、って何度言えばわかるんだよ! このすっとこどっこい!」

「なんだよ、そうしなければ、君がやられたじゃないか!」

 助けた相手から文句を言われてフルートが反論すると、ゼンがまた言い返しました。

「俺はやられねえ! おまえこそ、ヤツと一緒に水に落ちたら、しがみつかれて、上がって来られなかったかもしれねえんだぞ!」

「そんなことはないって――!」

 二人が言い争っていると、ポチが声をかけてきました。

「そんな話はいいから、早く上がってきてくださいよ。もうレオンが持ちませんよ」

 ポチの言うとおり、レオンは片手でゼンの腕をつかみ、もう一方の手でポチの毛をつかんで、必死でこらえていました。真っ赤な顔で歯を食いしばり、フルートとゼンの二人分の体重を支えています。

 おっと、とゼンは言って、まずフルートをポチの上へ放り上げました。次にレオンの腕をつかみ直して、自分もポチの背中に上がってきます。

 とたんにレオンはポチの上へ仰向けに倒れてしまいました。ぜえぜえと激しくあえぎます。

「ありがとう、レオン。助かったよ」

「やっぱりやるじゃねえか。意気地なしは返上だな」

 フルートとゼンからそんなふうに言われても、レオンは息が切れて返事をすることができませんでした。あえぎながら二人に向かって思いきり顔をしかめ返し、すぐに、にやりと笑って見せます。

 フルートとゼンも笑顔になりました。少年たちの間に、目に見えない温かいものが通い合います。

「ワン、外に出ますよ」

 とポチは言うと、三人を乗せて井戸を上昇していきました――。

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