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第19巻「天空の国の戦い」

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42.穴

 通路を埋めた瓦礫の下で大きな爆発が起きていました。岩が粉々になって吹き飛び、その下から白い戦人形が姿を現します。

 人形は正面の左目と頭の上の目をフルートたちに潰されていました。残った四つの目をぎょろぎょろと動かして周囲を見回し、やがて、フルートたちが逃げていったほうを見ると、ふわりと水中に浮き上がります。

 すると、二本の脚の先で水流が湧き起こりました。周囲の水を一度体内に取り込み、それを足の裏の穴から噴出しているのです。人形は勢いよく通路を進み始めました。その両腕にはまた剣のような刃が伸びています――。

 

 金の光に包まれたフルートたちは、爆発が起こした激流に乗って、通路をどんどん運ばれていきました。やがて勢いが衰えて、ゆっくりと止まりますが、その時にはもう彼らは通路の端に近い場所まで来ていました。向こうに通路の行き止まりが見えています。

「もう少しだ! 井戸に戻るぞ!」

 とフルートは行く手の壁を指さしました。一面水草でおおわれた岩の壁ですが、井戸に通じる穴があって、触れれば広がって出口に変わるのです。

 金の光が消えると、今度はゼンが先に飛び出しました。レオンを抱えて泳ぎ出しますが、すぐにその手を放して言います。

「もう一人でも大丈夫だな。急ぐぞ」

 レオンはとまどいました。そんなに速くは泳げないよ、と言おうとしましたが、本当にゼンと同じくらいの速度で進んでいたので、自分で自分に驚きます。

「ワン、すっかり泳ぎが上手になりましたね、レオン」

 とポチが声をかけ、飛び跳ねて、今度はゼンの背中にしがみつきました。とたんにゼンの背中が大きく揺れたので文句を言います。

「ワン、ゼンの泳ぎは安定感がないですよ。レオンのほうが上手なくらいだ」

「るせぇ。そんなこと言うなら自分で泳げよ」

 とゼンは言い返しました。水をかくたびに背中が大きく揺れています。

「ワン、力が入りすぎなんですってば。泳ぎに無駄が多いんです。メールから上手な泳ぎ方を教わればいいのに」

「るせぇって言ってんだよ! あいつに聞いたってうまくなるもんか! 生まれつき泳げる連中に、泳ぎは教えられねえんだからな!」

 ゼンとポチは口喧嘩をしながら泳いでいました。その横を、レオンがとまどいながら泳いでいきます。ゼンより泳ぎがうまい、とポチに言われたことが、なんだか信じられません――。

 すると、フルートの声が追いかけてきました。

「もう来たぞ! 急げ!」

 背後から、うなるような音が近づいていたのです。

 レオンは真っ青になると、夢中で泳ぎ出しました。ゼンも口喧嘩をやめて必死に泳ぎます。目の前に行き止まりの壁が迫ります。

 

 先に壁にたどり着いたのはレオンでした。

 それを見てフルートが言います。

「穴を見つけて触れ! 出口を開くんだ!」

 レオンは壁に飛びつきました。光る水草の間に小さな四角い穴を見つけて、手を差し込みます。

 ところが、穴は広がりませんでした。急いで穴に指を這わせましたが、どこにもスイッチのようなものはありません。

「もしかして、向こう側か!?」

 とレオンは穴にもっと手を入れました。厚さ三十センチほどの壁なので、すぐに手が向こう側に通り抜けます。その恰好で向こう側の壁もまさぐりますが、やっぱり穴は広がりません。

「開かないよ!」

 とレオンは叫びました。どうしていいのかわからなくて、泣き声になってしまいます。

 そこへ通路の奥から戦人形が姿を現しました。壁の手前にフルートたちがいるのを見て、速度を上げてきます。

「来る!」

 とフルートは叫んで盾を構え、突撃してきた人形を受け止めました。が、そのまま人形と一緒に後ろへ弾き飛ばされてしまいました。人形に勢いがありすぎて、止めることができなかったのです。

 それを止めたのはゼンでした。通路に足を踏んばって立ち、飛んできたフルートをがっしり受け止めます。

 フルートはすぐに剣を振りました。目の前の人形の頭を真横から突き刺すと、剣が左横の目から右横の目へ突き抜けます。

「やったぜ!」

 とゼンは歓声を上げましたが、フルートは叫びました。

「まだだ! こいつは頭が急所じゃない!」

 人形の頭は炎の剣に刺されたところから溶け出していました。それなのに人形は両腕の刃を振り上げ、フルートとゼンへ振り下ろそうとしていたのです。

 フルートは急いで剣を引き抜き、そのまま仰向けに倒れました。勢いあまったのではありません。体でゼンをかばったのです。片方の刃はフルートの鎧に跳ね返されましたが、もう一方の刃はフルートの顔を斜めに切りつけました。水中に、ばっと赤い血が散って広がります。

「フルート!!」

「大丈夫だ」

 フルートは友人に答えると、また切りつけてきた人形の刃を剣で打ち返しました。顔の傷は金の石の力でたちまち治っていきます。

 

 一方、ゼンの背中から飛び下りたポチは、突き当たりの壁へ走っていました。レオンはフルートたちの戦いにおびえながらも、懸命に壁の穴を探っていました。どこを触っても、どんなに押しても、穴はびくともしません。

「ワン、そんな馬鹿な。さっき、ぼくがくぐったときには、内側からでもちゃんと開いたんですよ」

 とポチは言ってレオンの背中へ飛びつきました。肩に乗り、身を乗り出して鼻面を穴に突っこみます。

 とたんに、壁の穴が大きく開きました。人の背丈ほどに広がると、通路の水を勢いよく吸い込みます。

 流れる水に巻き込まれて、レオンとポチは穴に吸い込まれました。同じ流れがフルートとゼンも呑み込み、さらってしまいます――。

 

 気がつくと、彼らは暗い水の中にいました。先ほどの通路とは別の場所です。フルートやレオンには何も見えませんが、ゼンとポチは歓声を上げました。

「井戸だぞ!」

「ワン、出られた!」

 夜目が効く彼らには、水草でおおわれた丸い井戸の壁が見えていたのです。

「ど、どうして……? ぼくがやったときには、穴は全然開かなかったのに……」

 とレオンが驚くと、フルートが言いました。

「ポチが触れたからかもしれないな。きっと、あの穴は天空の国の中でも特別な人にしか開けられない場所だったんだ。ただ、ぼくたちは天空王から、この国のどこへでも自由に出入りしていい、という許可をもらっていた。だから、あの穴もポチには開いてくれたのかもしれない」

 そんな話をしてから、フルートは金の石に、頼むよ、と声をかけました。すぐに魔石が光り出して、暗い井戸を照らします。水草が生えた壁に囲まれた、直径二メートルほどの丸い場所です。底は大小の岩でおおわれています。

 そこを見下ろしたとたん、フルートは、ぎょっとしました。その気配に同じ場所を見たポチが声を上げます。

「ワン、戦人形がいる!」

 頭が半分溶けて前後に一つずつ目が残るだけになった人形が、上半身をこちら側に出して、穴のところにいたのです。フルートたちはあわてて数メートル上昇しました。その場所からまた見下ろしますが、人形は穴から出てきませんでした。壁を押して抜け出そうとしているのですが、元に戻った穴に挟み込まれて動けなくなっていたのです。

「あいつ、穴に詰まってやがるぞ!」

 とゼンは声を上げました。

「ワン、人形は天空王の許しを受けているわけじゃないから、穴がすぐに閉じちゃったんですね」

 とポチも言います。

 けれども、フルートは油断しませんでした。

「あいつは驚くほど強力だ。あそこからも抜け出してくるかもしれない。急いで上がろう」

 そこで彼らはまた泳ぎ出しました。今度は水面に向かって垂直に上っていきます。フルートは一番後ろを泳いでいました。時々振り向いては、底の様子をうかがいます。

 光がなくなったので、井戸の底はまた闇に沈みました。戦人形の様子は見えませんが、音だけは聞こえ続けています。刃で周囲の石壁をたたいているような音です。

 

 すると、その音が突然ぱたりとやみました。井戸の底が急に静かになってしまいます。

 フルートは、ぎくりと底を見下ろし、すぐに声を上げました。

「金の石、もう一度ぼくらを守れ!」

 とたんに、底のほうから、ずぅん、と振動が伝わってきました。次の瞬間、猛烈な水の流れが押し寄せてきて、金の光に包まれた一行を押し上げていきます。

「また爆発を起こして壁を壊したんだ! 追いついてくるぞ!」

 とフルートは言いました。

「いい加減にしやがれ! めちゃくちゃしつこいぞ!」

 とゼンが腹をたててどなりますが、敵には通じません。

 爆発の激流に押されて、彼らは井戸の中を急上昇していきました――。

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