戦人形が腹から打ち出した銀色の物体は、床に当たったとたん、大きく破裂しました。通路が激しく揺れ、ゼンとレオンは強い水流に巻き込まれて押し流されてしまいます。
その目の前で通路の天井が崩れていきました。爆発でにごった水が煙のように広がってきて、たちまちあたりが見えなくなります。
「こんにゃろう!」
ゼンはわめくと、腕を伸ばして壁の石の隙間につかまりました。もう一方の腕にはレオンを抱いています。
そこへにごった水が押し寄せてきました。水に混じった小石や砂が、突き刺さるような勢いで二人にぶつかります。ゼンはレオンを引き寄せました。押し流されたりしないように、がっしり抱きかかえます――。
やがてにごった水は通り過ぎ、またあたりが見えるようになってきました。かなりの距離を流されたようで、崩落した天井はそこからは見えません。ゼンとレオンは真っ青になった顔を見合わせました。
「なんだよ、今のは? ここは魔法が効かねえ水の中なんだろう? なんであの人形は爆発の魔法が使えたんだ?」
「た、たぶん、魔法じゃないんだよ……。魔法で作った物かもしれないけれど、魔法を使わなくても爆発するようにできているんだ。しょ、衝撃か何かがきっかけになって……」
とレオンは答えました。シーサー、戦人形、そして爆発と猛烈な水流――今まで経験したこともなかった出来事の連続に、声も体も震えていて、止めることができません。
けれども、ゼンのほうは震えてなどいませんでした。通路の奥を見て、厳しい声で言います。
「あの人形も吹っ飛ばされているのを期待するしかねえな。戻るぞ。フルートとポチを探すんだ」
嫌だ、戻りたくない、とレオンが言ったら、ゼンはレオンを放り出して引き返すつもりでいましたが、予想に反して、レオンは何も言いませんでした。ゼンが泳いで戻り始めると、また一緒に脚を動かします。
「なんだ、やけに素直だな?」
とゼンが言うと、レオンは顔を歪めました。だって、とつぶやいて、うつむいてしまいます――。
やがて、彼らはさっきの場所まで戻ってきました。爆発の衝撃で天井も壁も崩れて、通路は半分以上埋まっていました。煙が漂うようににごった水の中に、瓦礫(がれき)の山が見えています。フルートたちは見当たりません。
「おぉい、フルート! ポチ! どこだ!?」
とゼンは瓦礫へ呼びかけました。何度も何度も呼ぶのですが、返事はありません。
すると、レオンが急にその場にしゃがみ込んでしまいました。背中を丸め、顔をおおって、うめくように言います。
「呼んだって答えるわけないよ――。さっき、爆発で彼らが壁にたたきつけられたのを見たんだ。その後に天井も崩れてきた――。彼らは下敷きになっちゃったんだよ。もう助からないんだ――」
「あのなぁ、おまえ」
とゼンは両手を腰に当ててレオンをにらみつけ、少年がうずくまったまま背中を震わせているのに気がついて、目を丸くしました。
「なんだ、泣いてんのか? なんでおまえが泣くんだよ?」
「あ――あたりまえだろう!」
とレオンは顔を上げてどなり返しました。やはり、泣き顔になっています。
「ぜ――全部、ぼくのせいなんだから! ぼくが首輪を投げ込んだりしなかったら――人形に触ったりしなかったら――彼らは、死んだりしなかったんだ――!」
レオンは、わぁっと声を上げると、また顔をおおってしまいました。しゃがみ込んだまま、わんわん声を上げて泣き続けます。
ゼンは驚き、レオンが泣きやまないので、困ったような顔になりました。頭をかいて言います。
「意外と根は素直だな、おまえ……。安心しろ、フルートたちはこのくらいのことで死んだりしねえよ。場数が違わぁ」
それでもレオンは泣きやみません。
ゼンはまた頭をかくと、瓦礫の山を振り向いて呼びかけました。
「おぉい、フルート、ポチ! 早く返事しろよ! レオンが心配してるぞ! ――フルートたちが返事できねえなら、おまえが返事をしろ、金の石!」
すると、山になった瓦礫の左端から、急に光が洩れてきました。
「そこか!」
とゼンは光へ駆け寄り、積み重なった岩に手をかけました。あれよあれよと言う間に瓦礫をどかしていきます――。
すると、大きな岩の下から金の鎧を着たフルートが出てきました。体を丸めて岩の隙間に収まっていたのです。その周囲を金の光が包んでいました。フルートが立ち上がると、吸い込まれるように光が消えていきます。
フルートが抱えていた胸の中から、小犬が飛び下りてきました。元気に尻尾を振って言います。
「ワン、やっと出られた! 窮屈で声が出せなかったんですよ!」
「ありがとう、ゼン。金の石があるから潰される心配はなかったんだけど、どうやって外に出たらいいかわからなかったんだ」
とフルートも言いました。かすり傷ひとつない、元気な姿です。
ゼンは肩をすくめました。
「なぁに、いつものことだ。でも、レオンがえらく心配してよ。泣きやまねえから、そっちのほうが困ったぜ」
それを聞いて、フルートとポチはレオンを見ました。たった今まで泣いていた少年は、しゃがみ込んだまま、ぽかんと彼らを見上げていました。
フルートは穏やかに笑ってみせました。
「心配かけてごめんね。ぼくたちは金の石が守ってくれているから大丈夫なんだよ」
「ワン、でも心配してくれて嬉しいな。ありがとう、レオン」
とポチが駆け寄ってレオンの顔をなめます。少年はたちまち真っ赤になって立ち上がりました。
「ぼ、ぼくは別に心配なんて――」
と、いつもの反発をしようとします。
その時、通路の瓦礫が、がらりと音を立てました。中ほどの岩が、下から押されるように動き出しています。
レオンは飛び上がり、フルートやゼンも青ざめました。
「戦人形だ!」
「こんちくしょう! やっぱりまだ生きてやがるのか!」
岩はゆらゆらと動き続けていました。今にも転がって、下から人形が姿を現しそうです。
「逃げるぞ!」
とフルートは叫び、レオンの手をつかんで泳ぎ出しました。ポチが追いかけて、フルートの背中に飛び乗ります。 ゼンはフルートたちを救出するのに動かした大岩を、もう一度持ち上げていました。動き続ける岩の上へ、ずしんと積み重ねてどなります。
「もうしばらく、そこで漬け物になってろ!」
「ワン、ゼン、急いで!」
とポチがフルートの背中から呼んだので、ゼンも後を追って泳ぎ出しました。湾曲した通路を進み、やがて瓦礫が壁の陰に隠れます。
すると、ポチが急に耳を動かしました。
「ワン、音がした! また爆発が来ますよ!」
小犬の言うとおり、通路の奥から低い地響きが伝わってきました。フルートは立ち止まって叫びました。
「ゼン、来い! 金の石、ぼくらを守れ!」
とたんにフルートの胸でペンダントが輝き、フルートやゼンたちを金の光で包みました。
そこへ、通路の奥から激流がやってきました。戦人形がまた爆発を引き起こしたのです。にごった水は煙のように押し寄せ、金の光に包まれた一行を押し流してしまいました――。