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第19巻「天空の国の戦い」

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40.逃走

 洞窟から通路へ逃げ出したフルートとゼンは、いくらも進まないうちに、レオンとポチに追いついてしまいました。レオンは慣れない泳ぎに疲れ果て、通路の壁に寄りかかって、泣いていたのです。

「も、もうだめだ……絶対に逃げられないよ……殺されてしまうんだ……」

「ワン、そんなこと言っちゃだめです、レオン! 逃げないと!」

 ポチが懸命に励まし、服をくわえて引っぱるのですが、レオンは動こうとしませんでした。通路の壁に生えた光る苔が、少年の泣き顔を照らしています。

「ったく、情けねえヤツだな!」

 とゼンは言って、レオンを捕まえました。荷物のように脇に抱えて、全力で通路を泳ぎ出します。

「ポチ!」

 とフルートも小犬を抱き上げると、ゼンの後を追って泳ぎました。そうしながら、レオンに話しかけます。

「前にも言ったよね――自分でだめだと思い込んでしまったら、本当はできる力があったって、絶対にできるようになんてならないんだ。最後の最後まで、あきらめるな。どんなに無理に見えていたって、チャンスがあるならそっちへ向かうんだ。絶対に負けちゃいけない敵っていうのは、外にいるんじゃない。本当は、自分自身の心の中にあるんだよ――!」

 それでもレオンのすすり泣きは止まりませんでした。ゼンの腕の中で震え続けています。

 ゼンはフルートに言いました。

「こんなヤツにいくら言っても無駄だぞ。魔法だけに頼って、自分じゃ何一つしてこなかったヤツなんだ。魔法が使えなくなれば、赤ん坊と同じなんだよ」

 そこまで言われても、レオンはもう反発しませんでした。すすり泣きの声だけが大きくなります。ゼンは、ふん、と鼻を鳴らすと、話すのをやめて泳ぎに専念しました。目ざす井戸までは、まだかなりの距離があったのです。

 すると、ふっとその速度が上がりました。何故かゼンの泳ぎが急に速くなっています。

「ワン、フルート」

 とポチが言いました。レオンが、ゼンに抱えられたまま、脚を動かしていたのです。まだ泣き声は聞こえていますが、それでも泳ぎ始めています。

 うん、とフルートは思わず笑顔になりました。自分でも逃げようとし始めたレオンを見守りながら、泳ぎ続けます――。

 

 ところが、じきにポチがぴくりと耳を動かしました。水中の音に聞き耳を立ててから、フルートに言います。

「ワン、来ましたよ」

 フルートは泳ぐのをやめて止まりました。今来た通路を振り向きます。

「どっちだ?」

「ワン、人形のほうです……もうすぐ追いつきます」

 彼らはレオンを怖がらせないように、ささやくような声で話していました。ゼンとレオンは気がつかずに先へ泳いでいきます。

 フルートはポチを床に下ろすと、背中からまた剣を抜きました。

「ポチも早く行くんだ。ここはぼくが食い止めるから」

「ワン、それはだめですよ。ぼくも残ります。風の犬になれなくても、隙を見て、人形の目を潰してやることくらいはできますからね」

 と小犬は言いました。四本の脚を床に踏んばり、尾を力強く振っています。

 フルートはあとはもう何も言いませんでした。ポチと通路に並んで立ち、武器を握って敵を待ちかまえます。

 すると、通路の向こうから白いものがやってきました。片目をフルートに潰された戦人形です。今は頭の頂上の目で行く手を見ながら、驚くほど速く進んできます。

「水中に合わせた動きに変わったな――」

 とフルートはつぶやきました。腕に剣のような刃を仕込んでいた人形です。他にも戦いに有利な仕掛けが隠されていたのに違いありません。

「ワン、来ますよ!」

 とポチが言いました。ゼンとレオンは湾曲した通路の向こうに見えなくなっています。

 フルートは剣を構え、飛ぶようにやってきた人形の刃を受け止めました。同時に叫びます。

「よけろ、ポチ!」

 人形のもう一方の腕から伸びた刃が、小犬を切り裂こうとしていたのです。ポチは大きく飛びのき、刃は床にぶつかりました。ちょうど石と石の継ぎ目に刺さって、動きが止まってしまいます。

 フルートは人形の刃を受け流し、腕の下をかいくぐって、もうひとつの刃へ向かいました。床に突き立てられた刃へ、鎧をつけた脚で蹴りを食らわせます。

「せぃっ!」

 すると、刃が音を立てて折れました。戦闘用の人形ですから、武器も丈夫なはずなのですが、フルートの魔法の鎧のほうが強度で勝っていたのです。人形の右腕の刃が半分の長さになってしまいます。

 フルートは素早く反転して人形に向き直りました。左腕の盾を構えて、人形の左の刃を受け止めます。その痕をフルートのマントがなびいていきました。フルートの動きに合わせて綺麗な円を描きます――。

 

 すると、ポチが急に動き出しました。床を蹴ってフルートの背中に飛びつき、さらにそこを蹴ってフルートの右腕に飛び乗ります。

 ポチ、何を――? とフルートが驚くより早く、ポチは人形に飛びかかっていきました。流れていくマントを目隠しにして、その陰から飛び出したのです。人形の頭の上に飛び乗ると、赤い一つ目に牙を立てようとします。

 人形は素早く右腕を振り上げました。折れてもまだ鋭い刃を、ポチ目がけて振り下ろします。

「ポチ!!」

 とフルートが叫びます。

 とたんにポチは人形の頭を蹴りました。あっという間にそこから飛び下りてしまいます。

 人形の折れた刃は、頭の上に突き刺さりました。自分で自分の目を潰してしまったのです。フルートに切りつけた刃の力がゆるみます。

 フルートは人形の腹を蹴って飛びのきました。人形のほうも大きく後ずさります。

「ポチ!」

 とフルートが呼ぶと、小犬はすぐに駆けてきました。

「ワン、ほらね? あいつの目を潰してやりましたよ」

 と得意そうに言って、しゅっしゅと尾を振ります。

 

 戦人形は頭に突き刺した剣を引き抜きました。目はまた減りましたが、人形なので痛がることも血が出ることもありません。水で充たされた通路に立ち、考えるようにフルートたちを見つめています。

 フルートとポチも敵を見つめました。攻撃されたらすぐ応戦できるように身構えます。

 すると、背後で声がしました。

「気をつけろ! やばいのが来るぞ!」

 ゼンでした。青ざめたレオンも抱えられたまま一緒にいます。

「ワン、戻ってきちゃったんですか!?」

 とポチは驚きましたが、フルートはゼンが首筋に片手を当てているのを見て、はっとしました。とっさに小犬に飛びついて抱きかかえると、さらに床を蹴って、転がりながら飛びのきます。

 すると、戦人形の腹に突然丸い穴が開きました。そこから丸い銀色の物体が飛び出してきて、今までフルートたちがいた場所にぶつかります。とたんに、物体は弾けて爆発しました。どどぉん、という音と共に衝撃と水流が湧き起こり、フルートたちに激突します。

 フルートとポチは弾き飛ばされて岩壁にたたきつけられました。ゼンとレオンも水流に巻き込まれて押し流されてしまいます。

 同じ衝撃は通路にも広がっていきました。壁や天井が激しく揺さぶられ、大きなひびが広がっていきます。

 湧き上がる煙のようににごっていく水の中で、通路は地響きを立てて崩れ始めました――。

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