洞窟の中央に山と積み上げられていた戦人形の一体が、レオンとポチの目の前に立ち上がりました。頭の回りにいくつもある赤い瞳で、彼らを見据えています。
「ワン、レオン! 逃げて!」
とポチは叫び、レオンの背中に身を伏せました。戦人形の腕がいきなり横からやってきて、ポチを殴ろうとしたのです。拳は空振りをして、別の戦人形を殴りつけてしまいました。どぉん、と音がして、人形の山が揺れ、頂上から何体かが落ちてきます。
すると、落ちてきた人形も、ぎしぎしと音を立て始めました。つるりとした頭で六つの目が開き、次の瞬間には跳ね起きてきます。
「ワン、また目覚めた――全部で五体いる!」
ポチは素早く人形を数え、レオンに言い続けました。
「逃げるんです! このままだと殺されますよ!」
レオンは手足をじたばたさせて逃げ出しました。必死で泳ぐのですが、泳ぎがあまりうまくないので、思うようには進みません。と、そこへ銀色のものが漂ってきました。ポチが取り落とした首輪が、レオンの背中からも落ちてしまったのです。沈んでいく首輪を、レオンはとっさにつかみました。そのまま懸命に泳ぎ続けます。
ポチはレオンの背中にしがみついて後ろを見ていました。目覚めた五体の人形が次々と水中に飛び出し、人のように泳ぎながら後を追ってきます。フルートの剣やルルの風の刃でも傷ひとつつかなかった人形です。襲われたら、ポチもレオンもひとたまりもありません。
「早く、レオン! 早く!」
とポチは言い続けましたが、
レオンはやはり速く泳げませんでした。洞窟の入口にたどり着く前に、人形に追いつかれてしまいます。
すぐ後ろに人形が迫ってきたのを見て、ポチは毛を逆立ててうなりました。レオンを先へ逃がすために人形に飛びかかろうとします。
すると、レオンがいきなり、うわぁっ、と悲鳴を上げて止まりました。ポチは驚いて振り向き、行く手に大きな獣が立ちふさがっているのを見て仰天しました。フルートたちと戦っていたシーサーが、騒ぎを聞きつけてやってきたのです。レオンやポチをぎょろりとにらみつけて、ウォォーッと大声でほえます。犬のように鳴くシーサーですが、咆吼(ほうこう)はライオンに似ています。
シーサーが突進してきたので、ポチはまた叫びました。
「レオン、かわしてください!」
けれども、レオンは水の中ですくんだまま、動けなくなっていました。逃げることができません。
ポチはレオンの背中から飛び下りると、少年の袖をくわえて懸命に下へ引っぱりました。小さなポチがレオンを動かすことは不可能でしたが、おかげでレオンは我に返りました。必死で手足を動かしたので、体が沈み、かろうじてシーサーをかわします。
シーサーは立ち止まって振り向き、ウゥゥーッとうなりました。今度は犬のような声です。ポチはレオンの服をくわえたまま、短い足を動かして、レオンと泳ぎ続けました。シーサーは彼らを泥棒と思って怒っています。襲われたら絶対に命はありません。
そこへ五体の戦人形が追いついてきました。人形は人も獣も区別がないようでした。目の前をふさいでいるシーサーへいっせいに飛びかかっていきます。
シーサーは一体を殴り飛ばし、もう一体を足の下に踏みつけました。人形の丸い頭にかみつきます。
そんなシーサーへ他の人形が襲いかかっていきました。人形の両腕がぎらりと光って鋭くなり、シーサーの体に振り下ろされます。すると、水中に、ばっと赤い血が広がりました。人形の両手首から長い刃が現れて、シーサーの体を切り裂いたのです。
「ワン、戦人形の腕には剣が仕込んであるんだ!」
とポチは驚きました。巨大なシーサーが、また人形から切りつけられて、ギャンと悲鳴を上げます。
そこへもう一匹のシーサーが駆けつけてきました。戦人形の山の上を飛び越えてこちら側に着地すると、仲間と一緒に人形と戦い始めます。すぐに二体の人形が一匹のシーサーと戦う形になりました。人形はシーサーに切りつけ、シーサーは人形を前脚でたたき落とします。
ところが、その戦いに加わらない、もう一体の人形がありました。両手に長い刃を伸ばして、じっとレオンとポチを見ています。
ポチは、ぞっとして叫びました。
「ワン、逃げて、レオン! 襲われますよ!」
けれども、やっぱりレオンは速く泳ぐことができません。 戦人形がふわりと水中に浮き上がりました。たちまち追いついてきて、長い刃を振り上げます――。
その時、フルートの声がしました。
「ゼン、投げろ!」
声はいくらか遠いところから聞こえていました。洞窟の少し奥まった場所です。
ところが、次の瞬間、剣を構えたフルートが矢のような勢いで突進してきて、あっという間にレオンとポチの頭上までやってきました。素早く体を回転させ、逆さまの恰好から剣を振り上げます。がきん、と刃と刃がぶつかり合う音が水中に鈍く響きました。フルートが戦人形の刃を剣で受け止めたのです。
「ぃよっしゃぁ!」
と右側の壁際でゼンが歓声を上げていました。ゼンはフルートの指示で、フルートを思いきり投げ飛ばしたのです。
フルートは人形の刃を押し返して離れると、体をねじって着地しました。また剣を構えて、背後の仲間に言います。
「外の通路に出るんだ、レオン、ポチ! 井戸に向かえ!」
洞窟の出口はすぐそこに見えていました。
「ワン、急いで! 逃げますよ!」
とポチがまたレオンの服を引きます。
レオンは必死で泳ぎ続けました。ようやく洞窟の出口にたどり着き、外の通路へ飛び出します。
フルートにゼンが追いついてきました。フルートと戦う人形を背後から攻撃しようとすると、人形の片腕が思いがけない方向に動き、ゼンへ切りつけてきます。ゼンは、おっと、と頭を下げ、一度横へ飛んでから、フルートの隣に駆けつけました。
「前にも後ろにも攻撃できるヤツだってのを忘れてたぜ。ったく、やっかいなヤツらだ」
「戦闘用に作られた人形だからだよ。でも、他の奴らはシーサーと戦っている。今のうちにこれを追い払って逃げるぞ」
とフルートは言いました。この人形を倒して逃げるぞ、とは言えません。戦人形の強さは、花畑と図書館で嫌と言うほど思い知らされています。
そこへ人形がまた切りかかってきました。フルートは剣で刃を受け止め、石の床に踏んばりました。人形の力が強すぎて、押し返すことができません。
すると、もう一本の人形の腕が、別の角度から切りつけてきました。剣がふさがっていたフルートは、刃を左の肩で受け止めました。魔法の鎧には傷ひとつつきませんが、すさまじい力が両脚にかかって、膝が崩れそうになります。
そこにゼンが飛び出しました。素早くかがみ、フルートと戦う人形の片脚をつかんで引っぱります。
人形がバランスを崩して仰向けに倒れたので、フルートは剣で人形の右目を突きました。次に左目も突こうとしますが、人形にかわされてしまいます。
すると、ゼンがまた人形の脚をつかみました。ぐるんぐるんと水中で振り回し、洞窟の壁に思いきりたたきつけます。人形の体は岩壁にめり込んで動けなくなりました。もがいても壁から抜け出せません。
それを見てゼンが言いました。
「今のうちだ! 行こうぜ!」
と洞窟から通路へ飛び出していきます。
フルートも、ちらりと洞窟の中の様子を見てから、後を追いました。洞窟ではシーサーと戦人形が戦い続けていたのです。どちらもとんでもない強敵なので、このまま相討ちになってくれることを願ってしまいます。
フルートとゼンが通路を逃げていく様子を、戦人形が壁の中から見ていました。右目はフルートの剣で潰されてしまっています。
すると、人形は音を立てて震え出しました。やがて壁全体がびりびりと震え出し、人形の周囲にひびが広がっていきます。人形が腕の刃を引っ込めて壁を押すと、どぉん、と音を立てて周囲の岩が砕けました。人形が壁から抜け出してきます。
戦人形は通路を見据えました。その頭には、まだ五つも目が残っています。
人形は両手からまた剣のような刃を伸ばすと、逃げていったフルートたちの後を追って、洞窟から通路へ飛び出していきました――。