フルートとゼンは、ポチとレオンが首輪を取り戻す隙を作るために、派手に立ち回っていました。二匹のシーサーを惹きつけながら走ります。
すると、フルートの背後にシーサーの息づかいが迫ってきました。ウゥゥーッという犬そっくりなうなり声も聞こえます。
フルートは立ち止まると、振り向きざまシーサーへ切りつけました。炎の剣がシーサーの鼻先をかすめて、高温の泡を生み出します。シーサーがたじろいで身を引くと、フルートはまた走りました。ポチとレオンがいる入口とは反対の、洞窟の奥へ向かっていきます。
ゼンにももう一匹のシーサーが追いついてきました。全長が五メートルあまりもある大きな獣です。走る速度では絶対にゼンより優っています。
ゼンも振り向くなりシーサーへ矢を射かけました。矢羽根をむしった矢がまっすぐ飛んでいきます。先に前脚に矢を受けたシーサーは、すぐにひらりとかわしました。矢はそのまま天井へ飛んでいってしまいますが、その間にゼンも洞窟の奥へ走っていきます。
そして、二人の少年は洞窟の一番奥で出会いました。半球形の洞窟は、そこで行き止まりでした。フルートはゼンと背中合わせになり、迫ってくる二匹のシーサーを見ながら言いました。
「もう少しだ。ポチから合図があるまで時間を稼ぐぞ」
「おう。こっちのヤツは俺が引き受けたから、そっちを頼まぁ」
とゼンが答えて弓を背中に戻し、近づいてくるシーサーに身構えます。
ガゥン!
ウォンオンオン!
二匹のシーサーがほえながら襲ってきました。一匹はフルートへ、もう一匹はゼンへ飛びかかります。
フルートは前に飛び出すと、牙をむく顔に剣で切りつけました。刀身にかなりの水圧を感じますが、負けずに振り抜きます。
シーサーはとっさによけようとしましたが、かわしきれませんでした。剣の切っ先がシーサーの顔を傷つけ、じゅっと音を立てます。シーサーは悲鳴を上げて飛びのき、頭を振りました。水中なので傷は火を吹きませんでしたが、顔に火傷を負ったのです。
一方、ゼンにも、もう一匹のシーサーが襲いかかっていました。武器を持たないゼンを押し倒して、かみ殺そうとします。
ゼンは横へ飛ぶと、シーサーの前脚を横抱きに捕まえました。とたんにシーサーの巨体が宙に停止します。ゼンが受け止めてしまったのです。
驚いて目をむいたシーサーを、ゼンは大きく振り回して投げ飛ばしました。巨体が奥の壁に激突して、洞窟全体が震えます――。
「な、なんだ……!?」
突然、シーサーの悲鳴が響き、ズズン、と洞窟が揺れたので、レオンは仰天しました。フルートたちの様子を確かめようとしますが、目の前には山積みの戦人形があるので、見ることができません。
すると、ポチがなんでもなさそうに言いました。
「ワン、フルートとゼンがシーサーを攻撃したんです。驚かなくていいですよ」
そう言われても、レオンはやっぱり驚きました。相手は象のように巨大な獣で、しかも二匹もいます。フルートとゼンがそれと互角に戦っていることが信じられませんでした。彼らは地上の人間だというのに――。
すると、ポチがせかしました。
「ワン、レオン、ぼーっとしないで。泳ぎが遅くなってきてますよ」
「ぼーっとなんかしてない!」
とレオンは言い返すと、また泳ぐ手足に力を込めました。戦人形の山が近づいてきます。
フルートに火傷を負わされたシーサーが、怒り狂ってうなり声を上げました。また飛びかかろうと低く身構えます。フルートは剣を構え直しました。シーサーが襲いかかってくる方向を見極め、剣で突き刺そうとします。
すると、シーサーはフルートの予想よりはるかに高い位置へ飛び上がりました。フルートの頭上を飛び越え、その向こうにいるゼンへ向かっていきます。
「ゼン、気をつけろ!」
とフルートは叫びました。シーサーへ切りつけますが、剣が届きません。
ゼンは驚いて振り向き、きわどいところで敵をかわしました。着地したシーサーの牙がすぐ目の前でかみ合わされます。
「この野郎、てめえの相手はフルートだろうが!」
とゼンはどなると、シーサーの顔の真ん中を殴りつけました。シーサーが吹き飛ばされて尻もちをつきます。そこへフルートが切りつけました。背中に火傷を負って、シーサーがまた悲鳴を上げます。
すると、フルートがいきなりシーサーの背中に飛び乗りました。たてがみをつかんで頭の上まで駆け上がり、さらに頭を蹴って水中高く飛び出します。
そこにはもう一匹のシーサーがいました。自分を壁にたたきつけたゼンへ、背後から襲いかかろうとしていたのです。
フルートが切りつけてきたので、シーサーは飛びのきました。湧き起こった泡にマントをはためかせて、フルートがゼンの後ろに着地します。
おっ、とゼンは振り向きました。
「ありがとよ、フルート」
「選手交代だ。君はそっちのシーサーを相手にしろ」
とフルートが言います――。
レオンとポチは、フルートたちが戦う声や音を聞きながら、戦人形の山を泳いで上っていました。眼下に人形や得体の知れない道具を見ながら、頂上へ向かいます。
すると、銀色のものが見え始めました。ポチが嬉しそうな声を上げます。
「ワン、首輪です! あとちょっとですよ、レオン!」
レオンは慣れない泳ぎに疲れ始めていましたが、それを聞いてまた元気が湧いてきました。懸命に水を蹴って山頂を目ざします。
ポチの首輪が近づいてきました。変な恰好に倒れて積み重なった戦人形の上に、ちょこんと載せられています。ポチはレオンの背中の上に立ち上がりました。
その拍子にポチの頭が山の上に出て、洞窟の奥で戦うフルートとゼンが目に入りました。二人は、自分たちよりはるかに大きなシーサーを相手に身構えていました。シーサーたちのほうも、むやみに飛びかかるのはやめて、フルートたちの隙をうかがっています。フルートたちが手強いことを知って、用心しているのです。こちらを振り向く気配はありません。今のうち、とポチは考え、レオンの頭に前脚をかけて、精一杯伸び上がりました。風の首輪をくわえようとします。
その下で、レオンは戦人形を観察していました。本当に、数え切れないほどの人形が積み重なって、大きな山を作っています。生まれて初めて実際に見た戦人形は、手足が細長く、いやに生白い感じがして、あまり強そうには見えませんでした。こんなものが二千年前に戦っていたのか、とレオンは拍子抜けしました。力なく投げ出されている腕を持ち上げて、もう少しよく観察してみようとします。
ポチの口がついに首輪に届きました。細い銀の首輪をしっかりとくわえると、そのまま身を引いて首輪を取り戻します。
「レオン――」
ポチは喜んで首輪を見せようとしました。あとは洞窟の入口へ引き返し、奥にいるフルートやゼンへ、首輪を取り戻したと知らせればいいのです。
ところが、ポチの下で、レオンは戦人形へ手を伸ばしていました。一番上にある人形に触れようとしています。
ポチは、ぎょっとして、思わず大声を上げました。
「ワン、だめだ、レオン!!」
けれども、その時にはもう、レオンは人形をつかんでいました。細い腕を持ち上げた恰好で、え? とポチを見上げます。
その背中に首輪が落ちました。叫んだ拍子にポチが取り落としたのですが、ポチはかまわず叫び続けました。
「放して、レオン! 早く――!」
とたんにレオンの手から銀の光が湧き起こり、戦人形の腕へと伝わっていきました。人形の体全体が淡い銀色に光り出します。
驚くレオンとポチの前で、戦人形が、ぎしぎしと音を立て始めました。細い手足がゆっくりと動き出します。
「ワン、ここから逃げるんです! 早く、急いで!」
ポチが叫び続ける中、淡い光が人形の中に吸い込まれていきました。ぎぎぎ、ときしむ音がさらに高くなり、頭の回りで六つの目がいっせいに開きます。
戦人形がレオンとポチの目の前に立ち上がりました――。