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第19巻「天空の国の戦い」

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37.奪回・1

 消魔水の水路の奥には、水で充たされた洞窟があり、数え切れないほどの戦人形を二匹のシーサーが見張っていました。ポチの首輪は、その戦人形の山の上に載っています。

 こっそり首輪を取り戻そう、とフルートは言って、仲間たちに作戦を話しました。及び腰のレオンにも無理やり話を聞かせます。

 レオンはたちまち青くなりました。

「無茶だ――! そんな作戦、危険すぎるじゃないか! 正気じゃない!」

「いや、悪くねえぞ」

 と言ったのはゼンでした。

「ここは消魔水の中だからな。魔法の攻撃なんかはできねえはずだから、シーサーも普通に襲ってくるしかねえだろう。だとしたら、こっちに勝算がある」

「ワン、ぼくだけであそこまでたどり着くのは大変だけど、レオンがいてくれたら、なんとかなりそうな気がしますね」

 とポチも言ったので、レオンはますます青ざめました。

「無理だ……! ぼ、ぼくは泳げないんだぞ! 絶対に無理だ!」

「静かに」

 とフルートはたしなめ、シーサーがいる洞窟の様子をうかがってから、話を続けました。

「レオン、何であっても、自分で無理だと言っている限り、それは絶対にできるようにならないんだよ。だから、やってみる前からだめだと決めつけるのは、一番やっちゃだめなことなんだ――。君は自分が泳げないと言うけれど、ここまでぼくたちと来る間に、ずいぶん泳ぎ方が上手になっている。だから、きっともうあそこまで泳いでいくことだってできるんだ。ポチをよろしく頼むよ」

 そんなふうにフルートから信頼されて、レオンは目を白黒させました。ポチが当然のことのように足元に来たので、ますますうろたえます。

 ゼンは矢筒から矢を抜いて、矢羽根を引きむしっていました。そうしながらフルートへ尋ねます。

「どっちがどっちのシーサーを相手にするんだ? で、どっちが先攻だ?」

「まずぼくが手前の奴の気を引く。そいつが動いたら、後ろの奴を頼む」

 とフルートは答えました。フルートは、自分とゼンとでシーサーを誘い出すから、シーサーたちが離れている間に、ポチとレオンで首輪を取り戻すように、と言ったのです。

 よし、とゼンは矢を矢筒へ戻すと、おもむろに背中から弓を外しました。フルートも背中から剣を引き抜きます。黒い柄に赤い石がはめ込まれた炎の剣です。

「行くぞ」

 とフルートは言うと、先頭に立ってまた洞窟へと引き返していきました――。

 

 洞窟の中央のくぼみでは、二匹のシーサーが先ほどと同じように、うずくまって眠っていました。相変わらず、ごぅごぅといびきをかいています。

 フルートはレオンとポチに洞窟の入口で待つように合図をすると、ゼンと一緒に中へ入っていきました。人工的に作られた洞窟はかなりの広さがありますが、身を隠す場所がどこにもありません。フルートは入口に近い右の壁際に進み、ゼンは反対側の左の壁際に立ちます。

 そうして、二人の少年はうなずき合い、フルートが声を上げました。

「シーサー! おまえたちの宝を奪いに来たぞ!」

 とたんに二匹のシーサーは目覚めて跳ね起きました。立ち上がった姿を見ると、体つきといい、赤いたてがみのある頭といい、大きなライオンにそっくりです。ただ、その顔は押しつぶされたように扁平(へんぺい)で、いやに大きな目玉をしていました。口も大きく裂け、中から舌がだらりと出ています。

 シーサーがウゥーッとうなり声を上げたので、フルートは駆け出しました。レオンたちのいる通路ではなく、逃げ場のない洞窟の奥に向かって走っていきます。

 すると、手前のシーサーがくぼみから飛び出してきました。体の幅は一メートルあまり、頭から尾の先までは五メートル以上もある獣が、フルートへほえかかります。

 ウォンオンオンウォン!!

 犬そっくりの鳴き声に、フルートもゼンも、入口で待つレオンたちも驚きました。

「ワン、シーサーって犬の仲間だったんですか……?」

 とポチが言います。

 シーサーはひと飛びでフルートに追いつくと、牙をむいて襲いかかりました。フルートの何倍もある巨大な獣です。レオンは思わず目をつぶってしまいました。フルートの悲鳴が聞こえるのが怖くて、耳もふさいでしまいます。

 すると、フルートは向きを変えました。シーサーを振り向き、剣でシーサーの顔に切りつけます。とたんに、ばっと水中に泡がわきたちました。水圧に邪魔されて剣が外れ、水を切り裂いてしまったのです。フルートが握っていたのは炎の剣でした。一瞬で蒸発した水が泡になって、シーサーとフルートの間をさえぎります。

 すると、反対側からもう一匹のシーサーへ矢が飛んでいきました。シーサーの体をかすめて飛び過ぎてしまったので、ちっ、とゼンが舌打ちします。

「水の中じゃ矢も百発百中にならねえな。狙いをつけるのが難しいぜ」

 とつぶやき、自分を振り向いたシーサーへすぐに次の矢を放ちます。矢は水の抵抗を減らすために羽根をむしってあったので、小さな銛のように飛んでいきました。魔法の矢筒から取りだしたので、撃ってもすぐまた同じ矢が矢筒に補充されます。

 二本目の矢は見事シーサーの前脚に突き刺さりました。シーサーが、ギャン、と犬そっくりの悲鳴を上げて立ち止まったので、その間にゼンも洞窟の奥へ駆け出します――。

 

 フルートとゼンがシーサーを惹きつけて洞窟の奥へ走っていくのを見て、ポチはレオンに言いました。

「ワン、怖がってる場合じゃないですよ! 今のうちに首輪を取り戻さなくちゃ!」

 レオンはずっと目をつぶり両手で耳をふさいでいましたが、ポチにズボンの裾を引っぱられて、ようやく目を開けました。フルートとゼンがシーサーに追われて逃げていくのを見て、また真っ青になります。

 そんなレオンにポチは言い続けました。

「ワン、早く! 首輪を取り戻しますよ! ――それとも、天空の民っていうのは、魔法が使えないと、怖くて何もできないものなんですか?」

 ポチはわざと意地の悪いことを言っていました。案の定、青ざめていたレオンの顔が、かっと赤く染まります。

「そ、そんなことあるか! ち、地上の彼らにできるなら、ぼくにだってできる!」

「ワン、じゃあお願いします」

 とポチはすかさず言うと、さっさとレオンに飛びつき、背中にしがみついてしまいました。さあ、行きましょう、と頭でレオンの肩を押します。

 レオンは、ごくりと生唾を呑み込むと、思い切って床を蹴りました。水の中に体が浮き上がり、両脚を動かすと、ゆっくり前に向かって進み出します。

「ワン、戦人形の山の陰に隠れながら進みましょう。シーサーに見つかりにくくなりますよ」

「簡単に言うなよ。こっちはやっと泳げるようになったばかりの初心者だぞ」

 レオンはポチとそんなことを言い合いながら、洞窟の中へ泳いでいきました。初めはひどくゆっくりした動きでしたが、思いついて手も動かすと、速度が上がってきました。レオンは何度か試すように手足の動きを変え、それなりに速く進める泳ぎ方を発見すると、あとは黙って進んでいきました。ポチも、レオンが安定して泳ぎだしたので、少しでも水の抵抗を減らせるように、彼の背中の上に伏せました。

 洞窟の中央のくぼみには無数の戦人形が高く積み上げられ、その頂上でポチの首輪が光っていました。山の向こうでまたフルートが水を切り裂いた泡が湧き起こり、ゼンの矢が天井に向かって飛んでいきます。

 シーサー相手に派手に立ち回っているフルートたちの様子を感じながら、一人と一匹は首輪に向かって泳いでいきました――。

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