フルート、レオン、ゼンの三人の少年は、井戸の底につながっていた水路を進み出しました。
消魔水で充たされたトンネルが、彼らの前に延びています。その中を泳いで進もうとしたのですが、じきにレオンが遅れ始めました。うまく泳げないので、フルートたちと同じ速度で進むことができなかったのです。
「ちょっと待て。このままじゃレオンを置いてっちまう」
とゼンが言い出して、荷袋から細いロープを出しました。
「そっちの端をフルートが握れ。で、こっち側は俺が持つ。レオンは間につかまれよ」
魔法使いの少年はたちまち反発しました。
「嫌だ。そんなみっともない真似できるもんか!」
「馬鹿野郎、見た目なんか気にしてる場合か。おまえだけ遅れたところに獣が襲ってきたら、どうするつもりだよ?」
「君だってそのうちにうまく泳げるようになるさ。それまでの間だけだよ」
とゼンとフルートは言って、ロープの両端を握りました。水中にロープを張り渡します。レオンは、獣が襲ってくるかもしれない、という話に震え上がって、すぐにそこにつかまりました。同じ速度で泳ぐフルートとゼンに挟まれて、トンネルの中を進み始めます。
トンネルは緩やかに曲がりながら、どこまでも続いていました。壁や天井は光る水草におおわれていますが、下は相変わらず石の床がむき出しになっています。
それを見ながらフルートが言いました。
「どうして床だけこんなに綺麗なんだろう? 水草が生えない魔法がかけられているんだろうか?」
いや、とゼンは答えました。
「これが獣の痕なんだよ。獣がひんぱんに通っているから、そこだけ水草が生えてねえんだ。水の中の獣道(けものみち)ってところだな。獣道は普通、生き物の体の大きさにあわせてできていくから、かなりでかい生き物なのは間違いねえぞ」
そう言われて、フルートとレオンは改めて足元を見ました。トンネルの床は一メートルあまりの幅で水草がなくなっています。ゼンの言うとおりであれば、体の幅が一メートル以上もある生き物がいる、ということです。
「床が綺麗だってことは、そいつは今もここを使っているってことだな。いったい何がいるんだろう?」
とフルートは真剣な表情で行く手を眺めました。ポチの安否を気づかっているのですが、口には出しません。
「水中を泳ぐんじゃなく、這い回るヤツだってことだろうな。ここは天空の国だし、どんな生き物なのかは、ちょっと見当がつかねえ」
とゼンが言うと、レオンがまた青くなって反発しました。
「水の中を這い回る大きな生き物なんて、この国にはいないよ! 聞いたこともない!」
「聞いたことがなくたって、現にここに痕跡が残ってるだろうが。いいか、レオン。びびって敵をいないことにしてると、本当に敵に襲われたときに何もできなくなるぞ。いるもんは、いる。そこだけはしっかり認めろ」
とゼンは言いました。まるで大人のような口調です。
フルートも言いました。
「敵が襲ってきたら、ぼくとゼンが戦う。君は君にできることをするんだ」
「できることってなんだ!? ぼくは魔法が使えないんだぞ!」
情けなさと憤りで少年がどなり返すと、フルートは大真面目な顔で振り向いてきました。
「全力で安全な場所へ逃げることだ。これだけは絶対にやってくれ」
それのどこが、できることだ!? とレオンはまたどなろうとしました。フルートたちから完全に馬鹿にされているように感じます。
すると、後ろからゼンがフルートに話しかけました。
「おまえ、レオンを井戸に連れてきたのを後悔してやがるな?」
「まあね……。まさかこんなに奥が深くて、大型の生き物までいるとは思わなかったからな。危険に巻き込むつもりはなかったんだ」
とフルートが答えます。
レオンは急に何も言えなくなってしまいました。フルートの声に、はっきりと、彼を心配する響きを聞き取ったからです。
そして、彼はようやく自分の位置の意味を知りました。前にはフルート、後ろにはゼン。前後どちらから敵に襲われてもレオンをかばえる場所に、彼らはいるのです――。
少年たちはロープで一列につながりながら、さらに奥へと進んでいきました。淡い光に充ちたトンネルは、どこまでも続いています。途中で分岐(ぶんき)している場所もありません。長い長い一本道です。
すると、ゼンが急にロープを放して、壁に泳いでいきました。水草がはがれた場所をつくづくと見て言います。
「これはポチだな。後脚で壁を蹴った痕が残ってるぞ」
「ということは、ポチは無事でいるんだな!」
とフルートは歓声を上げました。いつまでもポチが見つからないので、本気で、何かあったのではないかと心配になっていたのです。
「ああ。あいつの小さい体でここまで泳ぐのは大変だったはずだ。疲れてきて壁にぶつかりそうになったから、あわてて蹴った、ってところかもしれねえな」
「とすると、この近くにいるかもしれない。急ごう」
とフルートは泳ぐ速度を上げました。つられてレオンやゼンの速度も上がります。
すると、曲がった通路の先から生き物が飛び出してきました。幅が一メートルもある大型の獣ではありません。真っ白な体に黒い瞳の小犬です。
「ポチ!!」
とフルートとゼンはまた歓声を上げました。
小犬のほうでも尻尾を振り、飛び跳ねるようにしながらトンネルを駆けてきました。
「ワン、やっぱりフルートとゼンだった! 声が聞こえた気がしたんですよ! 追いかけてきてくれたんだ!」
ポチは元気いっぱいでした。怪我もありません。フルートはロープを放り出すと、飛びついてきたポチを受け止めました。フルートの顔をなめる小犬を夢中で抱きしめます。
「よかった、ポチ! 無事で本当によかった!」
「ワン、首輪を探して、ここまで来ていたんですよ。ぼくがここだって、よくわかりましたね?」
とポチは答え、ゼンが持つロープにつかまっているレオンに気づいて、目を丸くしました。
「あれ、レオンじゃないですか。一緒に探しに来たんですか?」
「無理やり引っぱってきたんだ。首輪を井戸に放り込んだ責任を取ってもらうのにな」
とゼンが皮肉っぽく言ったので、レオンは、ばつの悪い顔で後ずさりました。狭いトンネルの中なので、すぐに壁に突き当たってしまって、それ以上下がることができなくなります。
「それで、首輪は? 見つかったのかい?」
とフルートは尋ねました。ポチの首に風の首輪はありません。
「ワン、見つかりました。井戸の底になかったから、きっと水と一緒に穴に吸い込まれたんだろうと思って、こっち側に来たんです。それでもなかなか見つからないから、おかしいな、って思っていたら――とんでもない場所にありました」
「とんでもない場所?」
と少年たちは聞き返しました。レオンも思わずつり込まれています。
「ワン、ぼくについてきてください。それと、絶対に大声を出しちゃだめですよ」
小犬はそう警告すると、ぴょんとフルートの腕から床に飛び下り、水の中を飛び跳ねながら、少年たちの先頭に立って進み始めました――。